34話 小さな叫び
三年生の卒業パーティまで後一ヶ月となった頃。
ラントレー貴族学院では、教師主導で卒業パーティのための催しの企画や卒業パーティに出席する生徒の名簿を作るために、三年生の生徒のパートナーの確認がされようとしていた。
「話したいことがある」
教師によるパートナーの確認。
それがあと三日に迫った時のことだった。
イーサンが決意したように、エレノアに声をかけた。
エレノアはイーサンと共に、人の通りの少ない裏庭のベンチへと腰掛けた。
「サンドリーヌ殿下に卒業パーティのパートナーに誘われた」
その告白にエレノアは首を傾げた。
なぜ、その報告をエレノアにするのか理解できなかったからだ。
えーと、と言葉を紡ごうとするエレノアを遮るように、イーサンがその場から立ち上がった。
イーサンの用は終わったようだ。
エレノアも何か声をかけた方がいいのかと言葉を紡ぐ。
「楽しんで?」
エレノアはイーサンがサンドリーヌと踊ることを自慢したいのかと思い、その言葉をかけた。
じゃなければ、なぜ自分にその事を報告したのか意味が分からなかったからだ。
その言葉を聞いたイーサンは小さく、そしてまるで寂しそうに返事をした。
「俺は何をしたかったんだろう」
立ち上がったイーサンが、そう零す。
イーサンは自分のした事に対して、自分でも理解が出来ていない様子だ。
イーサンは髪を掴むようにかき上げて、苦虫を噛み潰したように苦しそうだ。
そんなイーサンを見て、エレノアはある結論に至った。
「嫌‥‥だったの?」
エレノアはその言葉に、イーサンは反論しなかった。
イーサンは、はっきりとサンドリーヌのことを嫌っていないと言っていた。
だが、本当はどうなのだろうと思えるほど、今のイーサンは可笑しい。
なぜ、サンドリーヌとパートナーになったのかをエレノアに報告するまでにこんなにも時間を要したのだろう。
なぜ、それをエレノアに言うのだろう。
小さく抗っていたのだろうか。
それを本人は理解できずとも。
「俺が、嫌がっていた?」
イーサンは、はっとしたように口元を押さえた。
「彼女は俺の恩人で‥‥サンドリーヌ殿下にこんな気持ちを抱いては駄目だというのに。彼女は王女で俺は――」
イーサンの自問自答は続かなかった。
エレノアの存在が、彼を現実に戻してくれるきっかけとなったのだ。
そして、青ざめた顔をエレノアから逸らした。
急に体調が悪くなったように脂汗をかいたイーサンは、その後、エレノアを避けるようにその場から何も言わず立ち去った。
エレノアはイーサンの後ろ姿を追い、イーサンの手首を掴んだ。
イーサンは無理やり振りほどこうとはせず、その場で立ち止まった。
「ごめん、私――」
「放っておいてくれないか」
「でも」
「卒業パーティの日まででいい。その後はいくらでも話しかけてきても構わない。だから――」
自然とエレノアの手が、イーサンの手首から離れた。
イーサンはエレノアの手が離れるとすぐにこちらを見もせずに歩き始めてしまった。
イーサンともう一度話そうと追いかけたエレノアの目がイーサンを捉えることはなかった。
足早に立ち去ったイーサンの、行き先が分からず、途方に暮れていたエレノアは分かれ道である、校舎と寮の廊下で立ち止まった。
そんなエレノアは校舎の方から歩いてくる足音が聞いて、そちらへと目をやった。
「ジルベール殿下」
「奇遇だね。エレノア嬢。こんなところで会うなんて」
その後ろから顔を出したのはシルヴィだ。
ジルベールの婚約者であり、魔法学部の生徒だ。
「こんにちは、エレノア嬢」
「こんにちは。ジルベール殿下。シルヴィ様」
「そんなに汗を流して何か探し物ですか?」
シルヴィが、エレノアの頬を伝っている汗を見て、きょとんと首を傾げて聞いてきた。
「イーサンを探していまして」
「イーサン様、ですか」
シルヴィがジルベールへと目をやる。
ジルベールは首を横に振った。
「生憎、私たちは見ていません」
「そうですか。ありがとうございます」
校舎ではないのならば、寮だろうかとエレノアは手を顎に当てて考えた。
もしかしたら、外にまだいるかもしれないという考えも浮かんだ。
「イーサン様と何かありましたか?」
「いえ、あったというか、なかったと言いますか‥‥」
歯切れの悪いエレノアの答えを聞いて、二人は目を合わせてにこりと笑った。
「どうせ、しばらくイーサンがそわそわしていた理由と何か関係があるのだろう」
「そうなのですか?」
なぜバレるのだろうとエレノアが苦笑しているのを見て、嬉しそうにシルヴィが口を挟んだ。
ジルベールもエレノアの様子を見て、自分の考えが当たっていたのだと確信する。
「それで、なんの用事だったんだい?」
有無を言わさないと、ジルベールが食い気味に聞いてきた。
「いえ‥‥あの」
「ジルベール殿下、エレノア嬢が困っているではありませんか。そういう言い方はなしですよ」
ジルベールを諌めるように、シルヴィが咎めた。
ジルベールは大人しく「分かった」と零す。
エレノアはジルベールを抑え込められる存在がいたことに驚きを隠せなかった。
ジルベールはシルヴィに尻を敷かれているようだ。
「エレノア嬢、イーサン様を探しているのなら私たちに構わず行ってください」
「でも」
「何か理由があるのでしょう。校舎に向かう途中で私たちはイーサンに会いませんでした。いるのなら、寮か、前庭か湖、訓練場でしょうから。寮は、ジルベール殿下にお願いします。私たちは男子寮には行けませんから。私も一緒にイーサン様を探します」
「分かったよ」
ジルベールは不満を零すことなく、了承した。
「なぜ、そこまでしてくださるんですか」
「あまりにも放っておけない様子だったので。そこまで切羽詰まった様子で探すということは、余程のことなのでしょう。ならば、手を貸すだけです。だって、私たち、お友達ですから」
にこりとシルヴィが笑いかけた。
エレノアはその真摯な言葉を聞いて、イーサンの言葉を思い返した。
「いえ、やはり大丈夫です」
「そう、ですか?」
困惑した顔でシルヴィがエレノアの顔を覗いた。
イーサンにあれほど釘を差されたというのに、もう一度会って話す気にはなれなかった。
シルヴィとジルベールもエレノアが遠慮で言っているわけではないと分かると、大人しく引き下がった。
「ありがとうございます」
「いえ」
エレノアはその場から立ち去るように離れた。
エレノアは体に脂汗が出てくるのを感じた。
自分が余計なことを言ったのだと。
だから、イーサンは姿をくらましたのではないかと。
困惑と後悔、そして、疑問。
なぜ拒絶されたのか、口下手ではない、イーサンの少ない言葉から情報を引き出そうとしても何も分かりっこなかった。
くしゃりと髪を掴んだエレノアの手を誰かが掴んだ。
それは、シルヴィの手だった。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
シルヴィのその声にエレノアは髪を掴んでいた手を緩めた。
そして、ふうとと深く息を吐いて落ち着きを取り戻していった。
だが、どうしても、胸のつかえは取れない。
卒業パーティの日まで、エレノアはイーサンと話すのをやめようと決意した。
そんな時間制限をつけて意味があるのかイーサンに問おうとは、今の状態では思えなかった。
ただ、イーサンがあそこまで懇願する姿を見て、わざわざ話しかけようとは思えなかっただけだ。




