31話 談笑
色づいた葉っぱが地面へと落ちる頃、ラントレー貴族学院では、三年生の先輩方が浮足立っているのを見かけるようになった。
「卒業パーティの季節だもの。そりゃあ、皆浮き足立つわ。今は恋愛結婚する方も珍しくはないし、婚約者でも、愛を育むものよ」
第二談話室で、最近の学院が変だなと話していたら、パトリシアがやれやれと、その理由を教えてくれた。
その場にいたエレノア、セザール、リュカがぱくりとクッキーを口にしながら、その話を聞いていた。
「あなた達はそういうのには疎そうね」
パトリシアは三人を見てため息をついた。
三人とも恋愛のれの字すらないのは見て取れる。
浮足立った噂もなしに、訓練に明け暮れているこの三人に恋バナなどできそうにない。
「人の恋路ばかり気にしてもしょうがないでしょう」
「リュカは、イーサン一筋で女性に興味などないでしょ」
リュカは恥ずかしそうに顔を染めた。
そして、イーサンへとリュカが振り向いた。
「こ、これは違います!僕は主君としてイーサンのことを!」
「ああ」
リュカの焦り具合とは相対的に、静かに返事をするイーサンを見て、リュカも落ち着きを取り戻していった。
「卒業パーティかあ。私たちは参加しないんだよね」
「そうね。三年生だけが参加で、一年生と二年生はその日は休みみたい」
先生も卒業パーティに参加するため、その日は休みとなるのが決まっている。
「でも、二か月後だぜ。誘うだけでそんな急ぐ必要あるか?」
「セスは何も分かってないのね」
パトリシアがため息をついた。
そして、熱のこもった目でよく理解していない、おこちゃまな三人に説明をする。
「人気な方は売り切れてしまうし、相手に合わせた衣装も用意するのよ。誘い始めていいのは、剣舞が終わった後だと決まっているし、時間はむしろ足りないくらい」
パトリシアの説明に圧倒されて、セザールは少し体を後ろに向けた。
「パトリシアはよく知ってるね。そういうのどこから仕入れてくるの?」
「兄さんよ。もう卒業しているけど、兄さんの結婚相手の方によく学院での話をしてもらったの。だから、卒業パーティと聞くとつい熱がこもってしまうの。それに――」
パトリシアの言葉は続かなかった。
「卒業パーティの相手は同じ学年じゃなくてもいいのよ!三年生が二年生、もしくは一年生を誘うこともあるのよ!この秋はいろんな方の恋路の季節と言っても過言じゃないのよ」
「パトリシアには俺がいるだろぉ」
「あなたは別よ」
だらんと体を机に突っ伏してセザールが拗ねた。
そんなセザールのおでこに、パトリシアがでこぴんを食らわす。
「いてっ」
起き上がったセザールが手でおでこを擦った。
「私たちはその前に成績を決めるための試験だね。そっちの方が大変だよ」
「まあ、それはそうだけど」
恋愛の話が終わって、パトリシアは少し残念そうに言う。
「特待生クラスでトーナメントをやって、その最下位と最下位から二位は一般生徒との模擬戦で勝たないと、一般生徒落ちだもんな」
セザールは最下位になる危険がないからか、楽観的に考えている。
実際、特待生クラスでその危険性にあるのは、この第二談話室にはいない。
「特待生から一般生徒落ちは大変だと聞きました」
「人間関係一からやり直しだもんな」
リュカは、心配そうに嘆いている。
「なんか、皆少しだらけてない?」
「最近は剣舞と普通の授業が重なっていて、大変でしたからね」
リュカも心無しか少し気を抜いている。
そんな第二談話室に喝を入れるように扉が開いた。
「お邪魔するよ」
第二談話室にカツカツと足音を立てて、足を踏み入れたのはジルベールだった。
だらけていた皆が、一斉に背筋をぴんと張る。
ジルベールは一直線にイーサンの元へと歩いていった。
「イーサン、君に手を貸してほしいことがある」
「ああ」
「つれない返事だなあ。まあ、いい。成績を決めるトーナメント戦に挑むに当たって、特待生クラスが一人も欠けないために、皆に指導をつけてほしい」
ジルベールはイーサンに頭を下げてお願いをした。
王族は気軽に頭を下げてはいけないが、ジルベールはこのままでは特待生クラスの誰かが、一般生徒落ちすると踏んでいるのだろうか。
優しい主君なことだ。
「分かった」
イーサンの返事を聞いて、ジルベールがにこりとイーサンに声をかけた。
「ありがとう。イーサン。恩に着る」
そして、ジルベールがイーサンの前に手を差し伸ばした。
「イーサン、君は僕の手を取る気になったかい?」
ジルベールがイーサンに仲間にならないかと手を差し伸ばしたのを理解したのは、その場にいた中で、イーサンとエレノアだけだった。
エレノアはごくりと生唾を飲み込み、イーサンの答えを待った。
「‥‥」
イーサンが沈黙したのを見て、ジルベールは眉を下げてにこりと笑った。
そして、差し出した手を引っ込めた。
「じゃあ、僕は行くとするよ」
イーサンはジルベールを一度見た後、しばらく自らの手のひらを見つめていた。




