3話 模擬戦
エレノアとパトリシアの模擬戦の後、エレノアは、パトリシアとセザールと一緒に教室に帰ることになった。
「じゃあ、俺着替えこっちだから」
セザールは男子更衣室へと向かう中、その横をイーサンが通り過ぎた。
「イーサン、男子更衣室こっちだけど」
エレノアが男子更衣室を指すとイーサンは振り返って表情を変えることなくエレノアを見た。
「俺は更衣室が別なんだ」
「なぜですか?」
エレノアの疑問にパトリシアが彼女の口を手のひらで覆った。
そんなパトリシアの姿を見て、イーサンは何も言うことなくその場を立ち去っていった。
イーサンがその場から去るとパトリシアはエレノアの口を覆っていた手を離した。
「イーサン様、着替えるつもりないのかな」
「イーサンは体を見られるのが嫌だから。学院も認めているし私たちが口を出すことじゃないわ」
パトリシアの説明でエレノアは食い下がるしかなかった。
エレノアは親友の小説を最後まで見ていない。
エレノアが読んだところは、パトリシア、セザール、リュカが、ジルベールに聖剣で殺されたイーサンのあらわになった肉体を見て彼らが後悔したところまで。
今の時点で彼のその暴かれない肉体には何が隠されているのだろうとエレノアはイーサンの後ろ姿を目で追った。
着替えが終わったエレノアとパトリシアは、特待生クラスへと戻ってきた。
先に着替えが終わったセザールがエレノアとパトリシアに手を振って、近くに来るよう誘う。
セザールの元へと向かった二人はセザールに促されるまま、椅子へと座る。
「エレノアはなんでイーサンと話そうとするんだ?」
セザールの疑問は最もだったが、エレノアの本来の目的を話せば彼らは自分から離れていくと思った。
そして、自分の目的を達成するにあたり、イーサンに近づいて彼の力になるのに必要なことを考えた時、一つの目標が浮かんだ。
バンフィールド大公家への入団だ。
学院を卒業すれば、イーサンを助けるという目標を叶えるのは困難だ。
だが、騎士団に入れれば、イーサンが殺される未来を回避するには最高のポジションといえる。
「バンフィールド大公家騎士団に入りたいんです」
「え?」
「まじか」
セザールはかりかりと頬をかいて、返事を困りかねている。
パトリシアもエレノアの告白に、言葉が出てこないようだ。
「イーサンが好きとか言われた方がましだったかもな」
なぜ、皆イーサンが好きという結論に至るのか。
エレノアはこの場で父親を説得したような明らかな嘘をつくつもりもない。
まだ、イーサンとまともな会話すらできていないのだ。
まだ諦めるには早いとエレノアはぐっと自らの手を握った。
「派閥が違うと騎士団入りは難しいよな」
セザールの発言は最もだ。
近衛騎士団ならまだしも私兵の騎士団であれば、普通は派閥が違う騎士団に入ろうは思うまい。
そんなことを考えるエレノアが異質だと言える。
「そうなんですよ」
「敬語じゃなくていい。エレノアだけ敬語というわけにもいかんだろう。俺にはタメ口でいい」
「私も」
「分かった。それで、二人は派閥の違う貴族が騎士団入りを果たすにはどうすればいいと思う?」
「無害アピール?」
「強さの誇示だろ」
正反対の答えにエレノアは唸る。
無害アピールと強さの誇示は同時にできなそうだ。
無害アピールでイーサンに近づいたとして、相手にされない気がする。
強さの誇示は今のところ、イーサンより強くなれそうにもない。
どちらもイーサンに効果はなさそうだ。
「やっぱり正攻法でパトリシアに勝つっていうのが目標かな」
「負けるつもりはないけどね」
ふんっと鼻を見せつけるように自信満々のパトリシアがエレノアの方を見た。
「ところで、2人はなんで私と話してくれるの?イーサンの側近の2人は私と話しててイーサンに嫌われたりしない?」
「嫌われる、ねえ」
セザールが気まずそうに斜め下を見た。
パトリシアは窓の外に広がる晴天を遠い目で見ている。
エレノアはそんな2人を見て、慌てて「ごめん」と手を合わせた。
「もう嫌われてた?やっぱり私のせいで――」
「いやいやそういうんじゃない」
心なしか悲しそうに笑いながらセザールが胸の前で手を左右に動かして否定する。
「俺等って実はあまり仲がいいわけじゃないんだ。一応側近だけど、イーサンの考えてること何にもわかんねーし。だから、実は今日イーサンが頼ってくれたっていうのが少し意外だったってゆうっか」
「そうね。まさか私が相手することになるとは思わなかったけど」
パトリシアは嬉しそうに苦笑する。
「同じ女子だし、適任がパトリシアしかいねえだろ」
「確かに」
「まあ、だから嫌われてるわけではないんじゃないかって今日分かっただけで収穫があったってこと。いつか騎士団入りの推薦を取りやめるなんて言われるんじゃないかってヒヤヒヤしてたしな」
「そうなんだ。なら、保守派の人たちは第2談話室で何を話してるの?」
特待生クラスには2つの談話室が与えられる。
一週間経った今、第1談話室は近衛騎士団を目指しているジルベール派。
第2談話室はバンフィールド公爵騎士団の推薦が決まっているイーサンとパトリシア、セザール、リュカが使っている。
エレノアは公爵家騎士団に入ろうとしている今、第1談話室に行く勇気はなく、談話室に行ったのは校内を回ったときのみだ。
「沈黙しかない。たまにリュカがイーサンと話してるぐらいだな」
「ええ」
二人はまるでお通やのような雰囲気で悲観していた。
「リュカはイーサンが好きだもんな」
するとコツンとセザールの頭に教科書でリュカが小突いた。
だが、リュカは自分の噂話をしていたセザールに怒っているわけではないようだ。
水色の長髪の髪の毛は綺麗に三つ編みされており、メガネの内側から覗く瞳は空のように澄んだ水色だ。
その瞳が時計へと目をやった。
「次の授業がはじまりますよ」
「すまん」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「いえ」
その場にいた全員がリュカに礼を言って自らの席へと戻った。
リュカは銀縁のメガネをくいっと上げた。
その時、エレノアはリュカと目が合った気がした。




