2話 入学
その日、エレノアは泣きながら見送りをするアランのことを宥めていた。
今日はアランが見繕った剣術の先生に指導をしてもらうためにルゴアラ伯爵領へと向かう日だ。
その先生というのが前近衛騎士団長であるルゴアラ伯爵だ。
彼は騎士団長を引退してから指導者として名を馳せている剣士の一人だ。
エレノアはそんな人を見繕い、適当な指導者をつけなかったアランに安堵している。
だが、そんなアランも指導を受けるためにわざわざ一人で剣術の指導を受けに行くエレノアを見て、不安になったようだ。
「大丈夫よ。父さん。きっと一人前の騎士になって騎士学部の特待生になってみせるから」
そう宣言すると、ようやくアランも涙を止め、エレノアに手を振って「いってらっしゃい」と言ってくれた。
エレノアは熱くなる目頭から涙が溢れないように感情を制して、両親にお別れを告げる。
「行ってきます!」
旅は3日ほどで終わりを告げ、エレノアはルゴアラ伯爵と顔合わせをすることになった。
訓練服を着て、ルゴアラ伯爵に指導をしてもらうために集まった子どもたちの中にエレノアも合流をする。
すると、体格の良い筋肉質な肉体が訓練服を着て子どもたちの前に現れた。
彼こそがルゴアラ伯爵だ。
「私はレオン・ルゴアラ。君たちの先生だ。今日から君たちは私の教え子となる。まず、剣の持ち方を学ぶ前に君たちの目標を聞くことにする。冒険者。騎士団。なんでもいい。まずは私に君たちの目標を教えてほしい。考える時間は3分だ。よく考えて結論を出してくれ」
レオンはそう言い残すとその場にあぐらをかいて座り込んだ。
エレノアはもう目標が決まっている。
ラントレー貴族学院の騎士学部の特待生。
考えるまでもないその結論を持っているエレノアは、3分が終わるのを心待ちにしていた。
「時間だ。では、君から――」
そして、訓練生が目標を言っていく中、エレノアの番が近づいていた。
「では、次」
エレノアは立ち上がり、自身満々にその目標を口にした。
「私の目標はラントレー貴族学院騎士学部特待生になることです」
「特待生!でかい目標だな。頑張れよ」
レオンはその目標を馬鹿にすることなく、豪快に嬉しそうに笑った。
そして、全員の目標が言い終わるとレオンは3つのクラスに訓練生を分けた。
エレノアは左のクラスへと配属された。
「左がAクラス、真ん中がBクラス、右がCクラス。分けた理由は強さとかセンスとかじゃない。目標の違いだ。クラスによって課す課題も違う。私は皆をその目標へと向かって導いていくつもりだ。返事は!」
「はい!」
***
9年後、エレノアはその目標通りラントレー貴族学院騎士学部特待生へとなった。
エレノアが剣術を磨いていた間、イーサン12歳の年、イーサンが王の命令で隣国との戦争に駆り出され、物語通り一年遅れでラントレー貴族学院騎士学部特待生の入学を果たした。
今日はその入学式の日だった。
特待生クラスとなったエレノアは、深緑の瞳を持つグレーの髪の人物を探した。
イーサンの見た目は小説の中の表記でしか知らず、その姿を見ることはこの日まで叶うことはなかった。
その姿通りの人物が教室の端で机に頬杖をついているのを見つけたエレノアはイーサンへと近づいた。
「イーサン様、はじめまして。私はエレノア・グルーシアといいます。これから特待生クラスの仲間としてよろしくお願いします」
「⋯⋯」
返ってきたのは沈黙のみだった。
こちらを一度見もせず、まるで幽霊のように扱うその姿。
小説通りの無表情な顔を見てエレノアが諦めるはずがなかった。
エレノアは根気強く彼に話しかけた。
そして、一週間。ついに特待生同士の模擬戦の時間がやってきた。
エレノアは彼と無理やりにでも会話をするためにイーサンの模擬戦の相手に立候補しようと決めたのだ。
少なくとも「よろしく」という言葉は聞けるだろう。
「イーサン様、私と模擬戦をしませんか?」
「断る」
その瞬間、ぷっちりとなにかが切れる音がした。
一週間一方的に話しかけたのが迷惑だったのだろうかという考えなどは捨てて、もう一度同じことを繰り返そうと口を開いたところ、あの固い一週間動きもしなかった口元が口を開いた。
「パトリシアに勝てたら話を聞いてやる」
と一言。
イーサンはエレノアが自らと話すためだけに模擬戦の相手に選んだのだと分かっていたのだ。
「パトリシア、絶対に勝て」
その瞬間、絶対にパトリシアに勝ってやるとエレノアは意気込んだ。
剣術の先生はそんな空気をどうにかしようと手を2回叩いた。
「では、みんな模擬戦の相手を選んでちょうだい。なるべく同じ強さの相手をね」
先生の言葉でエレノアはパトリシアの前へと足を進めた。
青色のロングの髪を高くひと結びにしたじとっとした目がエレノアを捉えた。
きりっとした眉は動かず、薄い唇が開いた。
「模擬戦の相手は私でいいの?」
「もちろんです。絶対に勝つ気でいますから」
「そう。私は絶対に負ける気はないけど」
二人は剣を構え、先生の合図を待った。
「はじめ!」
先生の声と共に、ぬるっとパトリシアが走り出した。
青い髪が風に揺られ、腕を振ると木剣がエレノア目掛けて飛んでくる。
力はさほどなく、エレノアはパトリシアの木剣を弾き飛ばす。
だが、パトリシアは瞬時に体勢を整え、何度も別の位置へと木剣を振り続け、ついに反撃がきたとエレノアがパトリシアへ目掛けて木剣を振りかざしたところ、パトリシアが一瞬にして消え、下へとかがんだパトリシアがエレノアの足に自らの足をかけた。
エレノアはその場で体勢を崩し、顔をあげた時にはもう首にパトリシアの木剣があった。
「参りました」
そうエレノアが口にするとパトリシアが木剣をおろして、エレノアに手を差し出した。
エレノアはその手を取って起き上がって、ズボンについた草を手で取り除いた。
「いい剣筋ね。ただ、攻められた時に相手のペースに乗せられちゃったところが敗因かしら」
エレノアの改善点を瞬時に言いのけるパトリシアにエレノアはぽかんとした顔を浮かべていた。
イーサンの臣下であるパトリシアはこの1周間彼につきまとって話をしようとしていた自分を好いていないと思っていたからだ。
思いもよらないアドバイスにエレノアは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「なによ」
エレノアの笑顔を変に思ったパトリシアが口を尖らせた。
「いえ、普通に接してくれるんだなって安心して」
「イーサンのことでしょ。まあ、本当に嫌なら嫌だって言うはずだと思うから。でも、実は嫌だったりするのかな。私に絶対勝てというくらいだし。あー、もしかして、あんまり関わるなって――」
「俺等が誰とつるもうがイーサンは何も言わないでしょ」
パニック気味の不安そうなパトリシアに紫色の瞳に茶色の髪の毛の男性が話しかけた。
いつの間にかパトリシアの頭に手を乗せている。
この人物がセザール・ルコストフだろうかとエレノアが思っているとパトリシアが彼の名前を呼んだ。
「セス。頭撫でないでよ」
パトリシアは怪訝そうに頭に乗ったセザールの手を嫌そうに取り除いた。
小説の中では彼らは婚約者だったはずだけど、あんまりパトリシアはセザールのこと好きじゃないのかなと思っていると、耳を赤くして耳たぶを触っているところを確認した。
それはエレノアが前世で親友だった彼女と同じ仕草だ。
「恥ずかしいんですね」
思わず口に出すとパトリシアが声にならない悲鳴を出して「なんで!?」と口に出した。
自分の感情をはじめて話したエレノアに暴かれたのを不思議に思っているみたいだ。
そんな二人より別の模擬戦の方が気になるセザールはそっちの方に気を取られているみたいだ。
エレノアとパトリシアもその模擬戦の方を見る。
「参りました」
そう言ったのはジルベール・ラントレー。
彼が負けを認めたのはイーサンだった。
首席と次席の二人が模擬戦をするのは自然な流れだ。
彼はラントレー王国の第一王子であり、小説の中でイーサンを殺した人だ。
そして、エレノアの目標の一つには、イーサンとジルベールの仲を取り持つことも入っていた。




