27話 剣舞④ 覚悟がない
次の日もまた、午後は剣舞の授業だ。
やる気を出して、剣舞用の服に身を纏う。
上はシャツに赤のリボン。その上に藍色のジャケットを羽織る。
下はズボンだが、ズボンの腰辺りからドレスのような広がりのあるスカートのようなものが広がっている。
剣舞をダンスホールで踊る時の衣装はこれを元にもっと豪勢なものになるようだ。
エレノアが着替え終わり、更衣室から部屋を出ると、隣の男子更衣室から、丁度ジルベールも姿を現した。
「奇遇だね」
微笑みを向けるジルベールに、エレノアも笑いかけた。
二人は途中まで同じ行き先なので、図らずとも共に剣舞の授業に向かうことになった。
「剣舞の件、すまないね。こんな予定ではなかったんだけど」
ジルベールは珍しく素直に謝った。
「どんな予定だったのか、聞かせてくれますか?」
「敬語に戻ったね」
なぜ、そこに突っ込むのだろうとエレノアはジルベールを見た。
「魔物討伐演習の時のみだと思ってたのですが」
「僕は構わないよ。だけど、イーサンには敬語使ってないじゃないか」
じーっとジルベールに見られたエレノアは、そんな罠にかかるはずもなく、敬語のまま続けた。
「王子殿下に敬語を使わないなどありえません。あれは、魔物討伐演習の時のみです。イーサンとは友人なので、くだけた話し方なだけです。それで、どんな予定だったのですか?」
ジルベールはふーんと目を細めている。
質問を忘れてはいないかと、エレノアはジルベールに聞き返した。
ジルベールはそれ以上敬語については触れず、質問に対し答えを出した。
「どんな予定も何も、僕の当てが外れたまでだよ。イーサンをからかってやるつもりだったんだけどなあ」
つまらなさそうにジルベールは両手を広げて見せる。
「イーサンと私を踊らせるつもりだったのですか?」
「そうだよ。もしかして、僕があんな提案しなければ、二人はペアになってたかな」
ジルベールの疑問に、エレノアも少し考えた。
首席として参加が義務づけられる残っていたイーサンの女性役は、エレノアしかいなかった。
だが、あの場で女性の横取りはできるのだろうかとエレノアは考えた。
首席が踊るのが決まっているのなら、女性が決める相手より、イーサンが決めた相手の方が上なのではないかと。
「女性役の取り合いはできるのですか?」
ジルベールはにこりと笑った。
「できるよ」
どこから仕入れてくるのか分からない情報源だが、ジルベールが嘘をつくことは今までなかった。
エレノアはジルベールの情報を信じることにした。
「首席が決めた女性とその女性が決めた男性、どちらが優先されるか分かりますか?」
「前にそんなことがあったのか記録を見たところ、実際にあったよ。首席としての地位で参加が義務付けられるのは一年生の時のみ。その地位で、その首席がその女性を選び、女性もそれを承諾すれば、ペアは変わる。まあ、その首席は、イーサンのように最後まで選ばなかったのではなく、わざと一番最後に選び、その女性を勝ち取っただけのようだけどね」
ジルベールの返答に、エレノアは納得するように頷いた。
つまり、ジルベールは擬似的にその取り合いを作ったということだろう。
茶々を入れて、ジルベールがエレノアを誘い、三人剣舞をやろうと言い出す。
ジルベールは、イーサンがエレノアと踊るというのなら、自分はおりて、二人で踊ってほしいと条件付きで、二人が踊るように誘導。
だが、イーサンは三人剣舞でいいと言い張る。
結局、エレノアも三人剣舞で承諾。
ただ、あの場でイーサンはセザールを差しのいて、パトリシアとペアになることもできたはず。
だが、イーサンがそうしなかったのは、二人が婚約者だったからだろう。
ジルベールの策略は叶わなかったというわけだ。
「なぜ、そこまで私たちを踊らせようと?」
ジルベールは少しの間沈黙した。
「イーサンに独占欲があるのか調べようと思ってね。このまま、エレノア嬢と関わっていたら、どうせ、姉君がなにか仕掛けてくるとは思っていたから。だけど、イーサンは独占欲というものがまるでないね。姉君が何か仕掛けてきたら、傷つけられるのはエレノア嬢だというのにさ。半端な関係というものは脆い。友情でも恋情でもね」
「私は自分の身は自分で守れますが‥‥」
エレノアは困惑の表情を浮かべて零す。
エレノアの返答に、ジルベールは声を出して笑った。
「何も君が弱いと言っているんじゃない。弱くても強くても仲間がいなければ、不意をつかれて終わることもあるってこと。イーサンは君に心を開いてきているようだけど、仲間として守りたいっていう独占欲がないのは致命的だって話だよ」
「‥‥よくわかりません」
エレノアは眉を寄せて考えるが、ジルベールが何を言いたいのか分からない。
イーサンはエレノアを仲間として認めてないということだろうか。
しばらく、唸って考え込んでいた。
「分からなくていいよ」
そう言われると、エレノアも理解したくなる。
友情としての独占欲?
独占欲がなければ、いつかエレノアは不意をつかれて死ぬ可能性があるということだろうか。
イーサンの独占欲がそれほどまでに必要なのだろうかとエレノアは唸る。
「今の私は半端者ということですか?」
「そうだね。革新派なのに、保守派のイーサンたちと関わってる半端者。まあ、僕にとってはそこはあまり重要なことじゃないよ。これは、姉君の独占欲に対し、イーサンがエレノア嬢を守る覚悟があるのかという話だから」
「サンドリーヌ殿下が私を狙っているのですか?」
エレノアは目を見開いて聞く。
「そんな話は出ていないよ。ただ、パトリシア嬢ともそこまで関わっていなかったイーサンにぽっと出のエレノア嬢が出てきたら、イーサンを好いている姉君が出しゃばらないはずがないと思って。ただ、イーサンはそこまで深く考えていないのか、それともそんな感情すらないのか、わかりかねる話だよ」
間違っていた考察を正すように、にこやかな笑顔のままジルベールは言う。
エレノアは自分がそこまで守られるような人間になったつもりはなかった。
むしろ、イーサンを守ってやるという意気込みすらある。
だというのに、ジルベールはエレノアがイーサンに守られるべきだと言っているように聞こえた。
それが、理解できず、エレノアはついに黙り込んでしまった。
そんなエレノアに、ジルベールはにこやかに笑いかけた。
「これは、イーサンの覚悟の話さ。仲間としてエレノアを受け入れるための覚悟があるのか。それを見極めるために、僕はあの提案をしたんだよ」
「私は、イーサンの仲間じゃなかっ――」
イーサンはエレノアことを仲間として受け入れなかったのだと理解した。
エレノアが言おうとするのを制止するように、ジルベールが口を挟んだ。
「イーサンには覚悟がないんだよ」
「覚悟?」
エレノアの疑問にジルベールが返答することはなかった。
「じゃあ、僕こっちだから」
話しているうちに、三階のボールルームへ向かう階段についたようだ。
ジルベールは階段の方へと体を曲げた。
「はい、また」
エレノアは少しのもやもやを抱えたまま、第十五ホールへと向かった。




