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小説の中に転生したので、殺される運命の大公様を救います  作者: 森前りお
第一章

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23話 鼻歌

 その日、イーサンは王宮へと赴いているため、学院にはいなかった。

 一人ぼっちとなったエレノアはすることもなく、第二談話室の机に突っ伏していた。

 窓から差し込んでくる日差しのせいか、エレノアに眠気が襲いかかってきた。

 段々と瞼が落ちていき、ついに眠りについてしまった。


 しばらく経ち、ローズマリーの香りがエレノアの眠気を吹き飛ばした。

 目を擦りながら状況を確認しようとすると目の前にはイーサンが座ろうとしていたところだった。


 「イーサン、帰ってきたんだ」


 「今帰ってきたところだ」


 ローズマリーの匂いの発信元はイーサンのようだった。

 珍しく香水をつけている香りを堪能しようと鼻からその香りを吸う。


 「少し付き合ってくれないか?」


 そう言ったのはイーサンだった。

 エレノアは「もちろん」と返した。

 今まで暇すぎて退屈していたところだ。

 イーサンの誘いに乗らないという選択肢はなかった。


 エレノアは行き先を聞かないまま、イーサンの後をついていく。

 段々と湖が近づいてきたところで、エレノアはイーサンが湖に行くつもりなのだと理解できた。

 夏休み前にエレノアが言った言葉を覚えていたのだろう。

 湖の脇に小屋があり、そこから一列に湖の中にボートが置いてある。

 湖面には風になびかれて波動ができている。

 イーサンは小屋へと近づき、腰の曲がったおじいさんに声をかけた。

 しわの目立つ白髪頭に帽子を被ったおじいさんはちらりとイーサンを見た。


 「学生さんかい?」


 制服を着ていないのにも関わらず、そう言いのけたおじいさんに、イーサンは学生証を見せた。

 おじいさんはふうっと息をついた。


 「銅貨二枚だよ」


 「安いですね」


 おじいさんは目を丸くしてエレノアの言葉を聞いていた。

 そして、かっかっかと大笑いをしてエレノアのことを指で指した。


 「ここは学院の敷地内だが、観光地でもある。学生には安くするように言われてるんだよ。知らなかったかい。お嬢ちゃん」


 にかっと歯を見せておじいさんは笑った。

 なるほどとエレノアは頷いた。

 王都の名物でもあるこの湖には学院内でもありながら、観光客の出入りも湖のみだけ許されている。

 平日でも観光客で賑わうこの湖を学生でも気軽に使えるようにと安くしているのだろう。

 だが、全員が貴族のこの学院でそこまで安いのは驚きだ。

 そうしているうちに、イーサンがおじいさんに銅貨二枚を渡そうとしていた。

 また奢られてしまうとエレノアは急いでバッグから財布を取った。


 「私も出すよ」


 エレノアは銅貨一枚を財布から取り出した。

 イーサンは銅貨一枚だけを出して、もう一枚は財布に戻した。


 「じゃあ、ボートを用意するからちょっと待っててくれ」


 おじいさんは小屋から出ると、手際よくボートを桟橋の近くに移動させた。

 

 「用意できたよ」


 おじいさんの掛け声で、先にイーサンがボートへと乗り始めた。

 エレノアがボートに乗ろうとすると、イーサンが手を差し出してくれた。

 エレノアはありがたくその手を取り、ゆらゆらと揺れるボートへと乗り込んだ。

 

 「ありがとう、イーサン」


 「これぐらい誰でもするだろう」


 こんなことで礼を言われたのが恥ずかしいのか、イーサンは首の裏を掻いている。


 「じゃあ、行ってらっしゃい」


 おじいさんが手を降って二人を見送った。

 エレノアが手を振り返すとぐいっとボートが動いた。

 イーサンがオールを使ってボートを動かしたようだ。

 ボートが動き、湖面に航跡波が出来ていく。

 自然が広がる光景にエレノアの心も浄化されていく。


 「ふんふーん。ふふふーん」


 「なんの歌だ」


 気分が乗ってイーサンがいることなどお構いなしに、鼻歌を歌っていたことに気づいたエレノアは、思わず口を押さえた。

 むぐっという情けない声が漏れ出る。


 「適当に歌っていただけだよ。曲名もない」


 「そうか」


 イーサンは少し寂しそうに言った。

 先日行った広場での演奏がよほどよかったのだろうか。

 エレノアはコホンと恥ずかしそうに咳払いをする。


 「下手でも良いなら歌うけど」


 口を尖らせて、頬を桃色に染めたエレノアはイーサンに聞く。

 すると、イーサンは嬉しそうに笑った。


 「お願いする」


 広場で歌っていた吟遊詩人のような心地よいものではないかもしれない。

 音程も少し外してしまった。

 だが、イーサンは静かにエレノアの歌声を聞いていた。

 そんなイーサンを見て、エレノアは少しだけ声量を上げた。

 エレノアはイーサンがほんの少し口角をあげて聞いているのを見て歌い終わった。


 「良い歌声だった」


 「ありがとう」


 エレノアは恥ずかしそうに笑顔で答えた。

 恥ずかしさを紛らわすために頬を指で撫でた。

 

 二人はしばらくそのまま、湖のボートの上で漂っていた。

 ピーヒョロロと鳥のさえずりが聞こえるほど辺りは静かだ。

 エレノアは大きく深呼吸をして空気を吸い込んだ。

 いつもと同じ空気だと言うのに湖にいるだけでなにか違うような気すらしてしまう。

 エレノアは心穏やかにボートを漕ぐイーサンを見てつい微笑んだ。

 すると、それに気づいたイーサンがエレノアを捉えて目を丸くした。


 「なんだ?」


 「楽しいなって。ずっとこの時間が続けばいいのに」


 「そうだな」


 二人は互いに顔を見合って小さく笑った。

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