22話 芽生え
「どうしたの?イーサン」
ずっと横顔を見られていることに気づいたエレノアは首を傾げてイーサンに聞いた。
するとイーサンは、はっとしたようにパチクリと瞬きをしてエレノアから目を逸らした。
「なんでもない」
「そう?」
王都観光ツアーのための列に合流を果たし、今は王都名物ラントレー噴水を見るために歩いているところだ。
旗を持ったツアーの制服を身に纏った女性が先頭を歩いて先導している。
ラントレー噴水にたどり着くとツアーの女性が旗を噴水へと向けた。
そこには、真ん中に剣を持つ人の銅像とその周りから水が像を囲うように出ている光景が広がっていた。
それは、エレノアが思っていた噴水とは大分かけ離れているものだった。
「これは、三百年前、魔族の襲来があった時に聖剣で魔族を討伐したテオドール様を称えるために作られた噴水です。実はですね、この噴水にお金を入れると願いが叶う噂があるんです。なんでも、恋人が出来た人もいるとかいないとか!」
ツアーの女性の案内で、ツアーに参加している人々が次々に噴水に硬貨を入れていく。
「私たちも入れようよ」
「ああ」
エレノアとイーサンも皆に倣って硬貨を噴水に入れていく。
すると、イーサンの投げた硬貨が丁度噴水の水に押し返されて銅像の手元へと飛んでいった。
それを見たツアー参加者が歓声をあげた。
「兄ちゃんすごいな」
馴れ馴れしくイーサンに大笑いをするおじさんが声をかけた。
イーサンはどうしたらいいか分からず、目を丸くしていた。
「たまたまだ」
イーサンはふっと笑って答えた。
噴水を後にし、予定を見る限り、次は王都を一望できる展望台へと向かうようだ。
王都を囲う城壁より少し背の低いたくさんの人が入ることのできる円形の展望台。
展望台に入るためには料金を払う必要があるようだが、それもツアー料金に入っているため、エレノアとイーサンはそのまま展望台へと登った。
「綺麗ですね」
「ああ」
展望台からは大勢いる人々が豆粒のように小さく見える。
様々な露店と店と家だけだと言うのに少し高さが違えばそれは絶景と言っても良い。
王都の奥の方に見える山々は雲一つない晴天のおかげで、綺麗な緑がよく映える。
ラントレー貴族学院もここから見え、その近くにある湖もここから一望することができる。
空を写した綺麗な青がこころを安らかにする。
しばらく展望台に滞在した後、自由行動となった。
ツアーの女性は美味しい食べ物屋をツアー参加者に提案して、そのままツアー参加者は半分ほどはその女性が提案した物を半分は好きな物を食べに行ったようだ。
エレノアも折角なら王都で美味しいと言われる物を食べたい。
「お昼ゴハンにカツサンドはどう?」
イーサンがこくりと頷いた。
エレノアは手に財布を持って、行列へと並んだ。
段々と露店へと近づいて、ついに二人はカツサンドを手に入れることができた。
イーサンはカツサンドを持ったままじーっと見つめている。
食べ方が分からないのだろうか。
確かに貴族が手で持ってなにかに齧り付くというイメージはあまり湧かないし、そういう物は料理で出てこない。
「こう食べるんだよ」
エレノアはがぶりとカツサンドに齧り付いた。
フルーティーなソースがかかったカツとその脂っこさを挟んでいるパンが和らげてくれる。
んーっとつい声が漏れてしまう。
イーサンもエレノアの食べ方を真似をするようにカツサンドに齧り付いた。
すると、イーサンの目が見開いてもう一度カツサンドに齧り付いた。
口を動かして咀嚼してまた齧り付く。
美味しいと声に出していなくても気に入ったのは見て分かった。
カツサンドを食べ終わった二人は時間を確認した。
しばらく並んでいたと思っていたが、もうじき集合の時間になる。
集合場所であるところへと行くと、そこはお祭りのように大道芸や音楽を楽しむ広場となっていた。
「ここは、大道芸、音楽、吟遊詩人など様々な道楽を楽しむことのできる広場となります。どうぞ皆さんお好きにお楽しみください。そして、ツアーの案内はこちらで終わりとなります」
まるで前世で見た遊園地のように子供も大人も楽しんでいるその光景に、エレノアは自然に笑顔になっていった。
「イーサン、あっち行こ!」
エレノアは音楽を奏でる奏者たちを指した。
「そうだな」
イーサンは短く返事をするとエレノアの後をついて、奏者たちの元へと向かう。
手拍子で観客も楽しんでいる中、エレノアはまたイーサンの視線を感じた。
こちらを覗く視線に、エレノアはイーサンの顔を覗いた。
「どうしたの?」
イーサンは胸のあたりの服を手で掴むように押さえた。
「胸が痛いの?」
エレノアが心配げにそう聞くと、イーサンは「いや」と答えた。
「心臓が苦しい。体調が悪いというわけでもないが‥‥変だ」
エレノアはぷっと笑った。
イーサンはこの感情が何かを知らないのだ。
「それは、好きってことだよ。この音楽がよっぽど気に入ったってことだね」
「‥‥」
演奏が終わり、エレノアは奏者へと拍手を送っていた。
イーサンは奏者とエレノアを交互に見て、最後はエレノアへと視線を動かした。
好きという感情がどちらなのかが、イーサンにははっきりと理解したような気がした。
しばらく、広場を楽しんだ二人は赤い夕日に照らされ影を作りながら、学院へと戻った。




