21話 王都観光
魔剣祭が終わり、二ヶ月間の夏休みが迫っていた。
エレノアはイーサンたちと仲を深めるためにも、今年の夏はラントレー貴族学院で過ごす予定にしていた。
「え、皆帰るの?」
「え、エレノアは違うの?」
「俺は帰って普通の休暇を過ごす予定!」
「僕も領地に帰省します」
「私は残る、かな」
皆が残ると思って、帰らないという選択肢を取ったのにも関わらず、パトリシア、セザール、リュカは領地へと帰るようだ。
確かに、一年の中で、長期休暇で領地に帰れるというのは夏休みしかない。
そのため、家族と会うためにも帰るという選択肢は当たり前のことだ。
こんな呑気に休みを皆と謳歌できたらなんていう浅はかな考えのエレノアの方がおかしい。
エレノアはイーサンの方を向いた。
ぺらぺらと本をめくり、話しかけるなオーラを出しているが、そんなことなど気にせず、エレノアはイーサンに話しかけた。
「イーサン様は帰らないのですか?」
「俺は帰らないな」
そう零すイーサンの顔は少し険しい。
「どうしましたか?」
「前のようにくだけた話し方はしてくれないのか?」
エレノアは目を丸く見開いてイーサンを見た。
イーサンがエレノアを仲間として認めてくれたのかと嬉しくなる。
「いいの?」
再度確認する。
「ああ」
何もおかしいことはないと、イーサンはエレノアのその確認が変なことのように眉を寄せて、困惑している。
「じゃあ、イーサン」
「なんだ」
「呼んでみただけ」
イーサンは困ったように口をあんぐりと開けた。
エレノアはイーサンとの距離が縮まったような気がした。
嬉しくてつい笑みがこぼれ落ちてしまう。
そして、イーサンの方を見て宣言した。
「イーサン、今年の夏は二人でめいいっぱい楽しもうよ!」
エレノアの発言にイーサン以外の三人がやれやれと頭を悩ませている。
「楽しむというのはなんだ?」
イーサンはじーっとエレノアを見て聞いた。
イーサンが楽しむという言葉を知らないはずがない。
ならば、この疑問は何をするかにあるだろう。
「王都の観光とか学院にある湖でボートを漕いだり、あとは美味しいものをたんまり食べたり」
「大分珍しいことをするんだな」
「珍しいかな?」
エレノアは自らの考えが普通ではないのかと、三人の顔を見る。
「普通だろ」
そう簡単に言いのけたのはセザールだった。
「そうなのか」
なるほどと頷くイーサン。
「やってもいいのか?」
自問自答しているイーサン。
そんなイーサンに勇気を出させるためにエレノアは言いのけた。
「いいんだよ。イーサン!」
魔物討伐演習の時、イーサンは自らの考えが分からないと言った。
これは感情をあまり表に出さないイーサンの小さな成長なのだとエレノアは思った。
だからこそ、そんな時背中を押す人が必要だ。
イーサンはエレノアの自信満々な返答を聞くと、少し目を見開いた。
「やってみてもいいな」
そう言ってのけたイーサンにエレノアが「やったー」と声を出した。
そんなイーサンを見たことがないパトリシアとセザールとリュカは、帰るのをやめて学院に残りたくなった。
それほど、イーサンが変わったように思えたのだ。
イーサンが何かをしてみたいなどと言うことは今までなかった。
今のイーサンは三人にとってもあまり怖くない存在になっていた。
「僕も帰らない方がいいでしょうか」
そうリュカが言った。
すると、イーサンが眉を寄せてリュカを見た。
「家族に連絡したのではないのか?」
「いえ、連絡はしました。帰省すると」
イーサンは目を細めてリュカの言葉を理解できずにいた。
セザールはリュカの肩へと腕を回してにかっと笑った。
「こんな楽しそうなのに帰りたくねえってことだよ!」
セザールの言葉にリュカも「ええ」と答えた。
そんな二人の様子を見てふっとイーサンが笑った。
特待生クラス帰省組が学院を出ていってしまった。
ジルベールは、王都には住んでいるが、公務のため王宮に帰省している。
残ったのはイーサンとエレノアだけだった。
珍しく、訓練服を着ていないイーサンが第二談話室にいた。
普段着と思われるシンプルなシャツに藍色のジャケットを羽織っている。
黒のズボンを履き、装飾品は、いつもつけている左人差し指のリングのみだ。
エレノアは、白のワンピースに、赤毛の髪に花のアクセサリーをつけている。
首元のネックレスには瞳の色と同じ金色の鳥がついている。
エレノアは何も言わずに椅子へと座り込んだ。
すると、トントンとイーサンが机を叩いた。
だが、イーサンは何も言わないままだ。
「どうしたの?イーサン」
「王都の観光、するんじゃなかったのか?」
エレノアは、イーサンの言葉に思わず笑顔が溢れてしまう。
イーサンはエレノアが提示した夏の思い出計画を実行しないのかと聞いているのだと、エレノアは理解した。
エレノアは勢いよく立ち上がった。
「本当に一緒に行ってくれるの?」
「行きたくないのなら訓練服を着て、訓練場で素振りをしている」
「確かに」
訓練場で素振りをしているイーサンの姿が目に浮かぶ。
だが、普段着を着て第二談話室で大人しく待っていたのだから、イーサンもこの日を楽しみにしていたということだろう。
エレノアは浮足立った心臓を抑えて、無表情なイーサンを見た。
「王都観光楽しみだね」
「ああ」
ほんの少し口角をあげたイーサンと共にエレノアは学院を後にした。
流石王都と言うべきか、グルーシア伯爵領の都とは一線を画すほど人で賑わっていた。
口を開け唖然としてしまうエレノアと反して、イーサンはぶつかりそうになるエレノアの肩を寄せてくれる配慮をするほど王都に慣れているように見える。
「イーサンはどこか行きたいところとかある?」
「ないな」
「イーサンって王都のことに詳しい?」
「いや」
きっぱりと言いのけたイーサンにエレノアは唸った。
この後の予定が実は何もない。
グルーシア伯爵領には観光案内所というものがあったが、王都にもあるのだろうか。
「イーサン、観光案内所って王都にある?」
「ああ。王宮の近くに。案内する」
エレノアの考えを汲んだイーサンが、エレノアを王都の観光案内所まで連れて行ってくれた。
流石王都と言うべきか、観光案内所すら大きい。
だが、王宮の目の前にあるからか、その大きさがあまり目立っていないように思える。
イーサンとエレノアは観光案内所の扉を開け、中へと足を踏み入れた。
エレノアは受付のお姉さんのところまで歩いていく。
「こんにちは、王都観光案内所へようこそ!」
軽やかな声で美人な受付のお姉さんは営業スマイルを浮かべた。
「王都で有名なところを観光したいんですが。あまりよく分かってなくて」
「なるほど、それならこの観光ツアーがおすすめです。彼氏さんもどうですか?」
お姉さんはツアーの予定が組まれた紙をエレノアとイーサンの前に提示した。
エレノアはお姉さんが横にいたイーサンのことを彼氏と呼んだことに対して、思わず否定した。
「ち、違います。この人はクラスメイトで」
「すみません。ならお友達ですね」
「お友達」
エレノアはイーサンを見た。
確かにエレノアはイーサンのことを友達だと思っているが、イーサンもそう思っているとは限らない。
「そうだな」
エレノアの顔が花が咲いたように笑顔になる。
それを見たイーサンがしかめっ面でエレノアの顔を不思議そうに見ていた。
エレノアは提示されたツアーの予定を見る。
王都の有名どころ周り、美味しい食べ物もつく夕方までのツアーだ。
「私はこれでいいと思う」
「俺もだ」
「なら、早速申し込みますね。お会計はこんな感じになります!」
景気よくお姉さんはエレノアとイーサンにツアーの値段を提示した。
エレノアがお財布を取る前に、イーサンがすべて払ってしまった。
「付き合ってもらう駄賃だ」
「お昼ご飯は私が出すよ。これで貸し借りはなしね」
「そうか」
イーサンは素直に了承した。
そうして受付が済んだところで、エレノアたちはツアーへと合流した。




