15話 魔物討伐演習③ 嘘と本音
「僕たち二人でCランクの魔物を?なぜ、イーサンは戦わないんだ?」
最もな疑問を浮かべたジルベールの質問にイーサンが答えた。
「先生が、俺が所属することになるグループには補助に徹しろと言ってきたんだ。だが、考えが変わった。補助すらしなくてもエレノアとジルベール殿下ならCランクの魔物の討伐も不可能ではないと判断したまでだ」
その枷に対してはエレノアもジルベールも納得した。
だが、イーサンの判断で二人でCランクの魔物の討伐をするなど納得できずにいた。
「ジルベール殿下と話し合ってもいいですか?」
「ああ」
この場で必要なのは、ジルベールと状況を整理することだとエレノアは判断した。
今の状況でイーサンの案に乗らなければいけないのはこちらの方だということを話し合うためだ。
エレノアはジルベールと共に、イーサンが見える距離で彼に声が聞こえない距離まで移動をした。
「ジルベール殿下、まず私たちに選択肢はありません」
そう言われたジルベールはため息をついた。
ジルベールもエレノアに指摘されたことで、この状況を理解したようだ。
「Cランクの魔物討伐達成と共に早期帰還が許されるという話だろう?イーサンの案を却下すれば、イーサンは今日のうちにCランクの魔物討伐へと行き、早期帰還となる。折角の状況が台無しになる」
エレノアは頷いた。
エレノアとジルベールが用意したこの状況をまた作り出せるはずがない。
イーサンが逃げられず、かつ二人と同じ空間をグループとして共に過ごさなければいけないというものをもう一度作り出せと言われても無理に等しい。
そのため、二人には断ることができない。
つまり、最初から道は一つしかない。
エレノアとジルベールでのCランク魔物討伐を果たすしかない。
「僕たちだけでCランクの魔物討伐?」
「やるしかありませんね」
「その敬語やめてくれ。こんな逼迫した状況で、敬語をつける暇なんてないだろう」
「分かった」
「行こうか」
イーサンは大人しく腕を組んで待っていた。
覚悟を決めた二人は、イーサンの方を向いた。
「イーサン様、私たちは――」
「様はいらない。敬語もだ。戦いでは、考える暇などないのだからな」
イーサンはジルベールと同様に、敬語を取るようにエレノアに要求した。
「イーサン、私たちはCランクの魔物を討伐するよ。そのためならなんだってする」
「ああ」
無言なイーサンがその後は饒舌になり、この後の予定を説明していった。
「今日は、Dランク以下の魔物を片っ端から討伐し尽くす。明日は俺が適度に傷つけたCランクの魔物を何かしら見繕って、それを二人に討伐してもらう。三日目は俺は何もせずに二人でCランクの魔物を討伐。三日目は二人が死にかけたら助けるつもりだ」
エレノアとジルベールがその予定を聞いて最初に思ったのはどちらも同じことだった。
ハード。
それしか思い当たらない。
新兵の教育でもこんな無謀なことをさせる人はいないだろうに。
イーサンが鬼教官に見えてきそうだ。
だが、二人には肯定しか残っていなかった。
「分かった」
「ああ、その予定で行こう」
「俺が探知魔法を走りながらする。二人は魔物のことだけを考えろ」
「了解」
二人はそのまま東の方へと走っていく。
そして、イーサンの言っていた通り、本当に片っ端から魔物を討伐する。
走る。を繰り返すのだ。
身体強化魔法を使っていても、体を酷使していることには変わりない。
疲れ果てる体を無理やり動かして、走る、魔物を討伐。を夕方になるまで繰り返した。
小さく聞こえた夕方のチャイムを聞いたイーサンが足を止めた。
「今日はしまいだ。二人は体を拭いているといい。俺はテントの設営と夕食の支度をする」
「‥‥うん」
「分かった」
辛うじて四肢がくっついていることを確認すると、エレノアはテント設営場所から少し離れた場所で体を拭いて服を着替えた。
ジルベールと模擬戦をしまくった時以来のびしょびしょ加減だ。
水滴がこぼれ落ちるぐらい濡れた服を絞って水分を取り除く。
エレノアがテント設営場所へと戻ると、服を着替えたイーサンとジルベールが焚き火の周りを囲むようにして座り込んでいた。
ぐつぐつと煮込んでいる鍋からはいい香りがしてくる。
昼間酷使した体は食べ物を欲するように、涎が口内に溢れてくる。
「料理が出来た。皆で座って食べよう」
イーサンがお椀に汁をよそり、それをエレノアとジルベールに配った。
二人はお椀にスプーンを入れ、一口その汁を飲んだ。
まろやかな味わいで、肉の旨味と野菜の旨味がハーモニーを描いている。
ごろっと入った角切りの肉はじゅーっと噛むと肉汁が出てきてたまらなく美味しい。
すぐにおかわりを要求した二人は自らで鍋からお椀に汁を入れた。
それをイーサンは何も言わずに、礼儀正しく汁を飲んでいる。
あんなに走ったのにも関わらず涼しい顔をしているイーサンの体力が羨ましいぐらいだ。
食べ終わったジルベールはそのまま寝るとテントの中に入ってしまった。
ジルベールが右目をウインクしたのを見て、エレノアはこれがイーサンとサンドリーヌとの関係を聞けるタイミングだと瞬時に理解した。
エレノアはイーサンの方へと体を向けた。
「イーサン、聞きたいことがあるの」
「ああ」
イーサンは聞くような態度ではなかったが、エレノアはそのまま気にせずに続けた。
「イーサンってサンドリーヌ様のこと嫌っているの?」
「いいや、嫌っていない」
エレノアがほっとする間もなく、ジルベールがテントから出てきた。
やはり、話を聞いていたジルベールに、エレノアは動揺することはなかった。
だが、ジルベールはイーサンの前へと立ちふさがり、いつもの柔和な笑みではなく、鬼の形相を見せた。
「僕は今この場でイーサンが嫌いだと言っても不敬とは言わない。だから、本音を言っていい」
そんなジルベールに臆することなく、イーサンは無表情のままだった。
「俺は嫌ってはいない」
イーサンがそう答えた後、ジルベールがイーサンの頬を平手打ちで叩いた。
イーサンの頬が赤くなっていく。
だが、それでもイーサンの表情は変わらなかった。
その代わり、ジルベールの顔はどんどん曇っていった。
「嫌ってはいない?はっきりしろよ。イーサン。嫌いだと言え。はっきりと姉君の前でも。そうすれば、姉君もお前のこと諦めるだろう。僕たちのこと嫌いだろ。なのに、なぜ言わない?」
もう一度平手打ちをイーサンに食らわそうとするジルベールの前に、エレノアが立ちふさがった。
ジルベールは上げた腕を止めた。
「喧嘩はやめてください!」
エレノアは必死にジルベールに懇願する。
すると、後ろにいたイーサンが口を開いた。
「俺は、王家に逆らえないので」
静かに淡々と答えるイーサンを見て、ジルベールも熱が冷めていく。
ジルベールは上げていた腕を下ろし、自らの頬を自分の手で叩いた。
その様子を見ていたイーサンは、ぴくりと眉を動かした。
「すまない」
ジルベールはエレノアにそう告げるとそのままテントの中へと消えていった。




