猫の惑星 中編 さーしーえー
アンニャーと共に3人で旅をして。
もう、11ヶ月が経とうとしていた。
『C0703777:──ャーツ、ミャーツ!! おきろにゃー! 朝にゃんにゃ!』
『C2:ん……』
目を覚ますと、金髪ネコ耳のチビッ子が顔を覗きこんでいる。
『C2:……おはよぅみゃ。ニャーナは?』
『C0703777:おーそーい! もぅ宿屋さんの朝ごはん、終わっちゃったにゃー! ニャーナちゃんなら、とっくに下で待ってるにゃ!』
『C2:ん……じゃあどっかの屋台で買い食いするみゃ……どいて』
『C0703777:むぅー! ミャーツのにゃぼすけぇー!』
寝坊助をにゃぼすけと言うのはちょっと無理があるんじゃと思いつつ、宿屋のベッドから起き上がり、いつも通りにまとめてある荷物を持って、階段を下に降りる。
部屋の鍵を、粗野な受付にそっと置く。
『C0702998:おや、よく眠れたかにゃ。一泊5ケルホロになるにゃ』
『C2:どもみゃ』
──ジジ……!
この世界の通貨である、
"アナライズホログラム"を出して、宿代を払う。
『C0703777:あっ……! ……ねぇ、ミャーツ! そろそろ教えてにゃー! その、手から"ホロ"を出す手品、どうやってるにゃー??』
『C2:んー? ふふ、ひみつみゃ』
ボクとニャーナは屑ホログラムくらいなら、
いつでも生み出せるので、
この世界で金欠になる事は無い。
『C0702998:おっ、毎度ありにゃ。ところで……アンタの恋人さん、外で絡まれてるみたいにゃよぉ?』
『C2:……! ふぅ……。"兄妹"、なんだけどみゃあ……』
ギィィ……!
宿を出ると、ニャーナが大柄のネコ耳男達に囲まれていた。
『C0703210:よぉぉ、中々のカワイ子にゃんじゃねぇかにゃ……!』
『C0703223:なぁぁ、ちょっとにゃいらと遊びにいかにゃー?』
『C0703267:へへっ、ひどい事はしにゃーからにゃー!』
『C7:……てめぇら無駄にデカくて、日当たりが悪いにゃあ。さっさと消え失せてくんにゃいかにゃ?』
い、いいかた……。
何でそんな、相手のプライドを逆なでするような事するの……。
『C0703210:……っ! おい、チビ猫ぉ……! ちょっとカワイイからって、大ニャに対して随分とご挨拶だにゃあ……?』
『C7:カラダがデカいだけのガキに教育するのは、挨拶じゃなくて優しさにゃ?』
『C0703223:にゃ……?』
『C0703267:にゃぁあにぃぃぉおお〜〜〜〜ッ!!?』
『C2:あほ……』
『C0703777:あ、ぁにゃにゃにゃにゃにゃ……!? ミャ、ミャーツ……! あのおニャイさん達、ブチ切れてないかにゃ……?』
めんどくさいなぁ……。
朝からついてないったら、ない。
ニャーナと目線が合う。
『C7:……お、やっと来たかにゃ!』
『C2:何やってんのみゃ……』
『C7:見てわかるにゃ? 慈善活動にゃよ。ペッ』
はっはっは。
アンニャーの前で唾はくなって。
ホント相手を怒らす天才だな、おみゃー。
『C0703223:て、てめぇぇえ! さっきから聞いてりゃにゃー!!?』
『C0703267:物陰でひん剥いて、ニャーニャー鳴かせてやるにゃー!!!』
『C2:──ッ』
そいつは、聞き捨てならないな。
──ジジ、バキン……!
双剣デバイスの片割れを解凍し、
目の前のヤツらのベルトと、
服の何箇所かを切り付ける。
指揮者のタクトのように、軌道は流れる。
上着。
ズボン。
下着。
──パラり……!
──ストン……!
──するり……!
『C0703210:──にゃっ……!?!?』
『C0703223:──な? な!?』
『C0703267:──うにゃっ……ッ!?』
うーん。
決めゼリフは、なんにしようか……。
①自分の汚物の輪切り、見てみたいみゃ?
②次は、毛皮が脱げるみゃよ?
▼③……ボクのおんにゃに、手ぇ出すな。
『C2:……』
──ジャキィ……!
武器を構え、メンチをきる。
ドン・アンティを意識して──……、よし。
『C2:……── ボクのおんにゃに、手ぇ出すな 』
『C7:──っ……!?』
『C0703777:にゃわぁぁ〜〜♪♪♪ ミャーツ、カッコイイにゃ〜〜♪♪♪』
『C0703210:ひっ……!?』
『C0703223:いつ、服を斬られたにゃっ……!?』
『C0703267:こ、こいつのツレ、やべぇにゃ……!?』
お、ビビってるビビってる。
刀身が朝照明管で眩しいなー。
『C7:……ふんっ。今逃げるにゃら、コイツ……ワタシが抑えといてやるにゃよ?』
ニャーナが上手いこと合わせてくれる。
『C0703210:すっ……』
『C0703223:すいませんっっ……』
『C0703267:でしたぁぁあああ〜〜〜〜!!!』
はぁ……。
『C0703112:おにゃ、あの若い子ら、すごいにゃ〜〜!』
『C0703019:あのゴロニャン共を、追っ払ったにゃよ!?』
『C0702834:あの200番代は、前から目に余ってたからにゃ〜〜!』
あっ、まずい。
宿屋に人集りができそうだ。
こんな往来で悪目立ちはしたくない。
『C2:い、移動するみゃよ! 走るみゃ!』
『C7:こぉーら! "ボクのおんにゃ"って、どういう事にゃー!?』
『C2:か、彼氏ヅラされたくないなら、絡まれるんじゃないみー!!』
『C7:わ、ワタシは悪くにゃいにゃろぉー!!』
『C0703777:にゃはは! ミャーツとニャーナちゃん、またケンカしてるにゃー!』
──ダダダダダダダ……!
──。
──11ヶ月前。
アンニャーに"はじまりの街"へ連れてこられた時は、驚いた。
『C0703455:はーい、安いにゃ安いにゃー!』
『C0703560:今日はいいホログラムが入ったにゃよぉー♪♪』
『C0703339:そこの若いカップルにゃん♪ よってかにゃーい?』
『C0703502:あにゃ、これってもう少しお安くにゃらにゃいかしら?』
『C0703632:ママぁー、おしっこもれそうにゃー!』
──ワイワイ、ガヤガヤ……!
『C2:こここここ、こんにゃ…………ネコ耳がみゃっ……!?』
『C7:ねねねねね、ネコ耳が…………たくさんにゃ……っ!?』
『C0703777:……??? にゃにをそんなに、ビックリしてるにゃー?』
この場所は、"ネコ耳達の楽園"だった。
もちろん、ボクとニャーナにとっては、
衝撃的な光景だった。
当然ここは、"時限結晶"の中のはずだ。
確かに不思議な事が起きる空間だと思う。
でも……!
ボク達が認識していないネコ型デバイスが……!!
しかも、人型ネコ耳型がっ……!!
こんなに、大量に発生しているなんてっ……!?
"街"は、"街"と言うだけあって、人口が多かった。
見渡す限りのネコ耳たち。
ボクとニャーナは無意識に、
お互いの尻尾を握りしめた。
──ぎゅむぅぅううう……!!
『C7:い、いたいにゃ……! どうなってるにゃ!?』
『C2:いててて……! ボクにもわからんみゃ! これは偉いことになったみゃ!!』
『C0703777:?? なんで尻尾を握り合ってるにゃ? 新しい遊びかにゃー?』
『C7:おい、"チビドン"っ!! ここはいったいなんなのにゃー!? ここの街以外にも、こーいうネコ耳たちは、たくさん居るのにゃっ!?』
『C0703777:むぅー! ち、"ちびどん"って呼ぶなにゃー!! にゃーは"アンニャー"だにゃー!』
混乱するボクとニャーナは、
ドン・アンティに凄くそっくりなネコ耳キッズ、
"アンニャー"に、はじまりの街を案内してもらった。
この"星"は、どうやら、
"アナライズホログラム"を糧として発展した文明のようだった。
通貨の"ホロ"は、低積層ホログラムの屑で、
行商で得る他、"まもの"と呼ばれる、
"バグ"ホログラムからもドロップするようだった。
アナライズカードのデバイスが基礎になった世界──。
それに、このアンニャーという、
ドンにソックリなチビッ子──……。
『C2:……』
『C7:……』
『C0703777:にゃうー?? ふたりとも、にゃんでそんな顔でニャーを見るにゃー??』
やはり、ドン・アンティや母さまに関係あるとしか思えない……。
ボク達は、混乱を極めた。
はじまりの街の初日に、宿の同じベッドで、
ニャーナと震えながら寝たのは、忘れられない思い出だ。
街で数日経ち、ボク達は様々な憶測をした。
『C7:ここは母たまと父たまの隠し子放流地にゃ!? にゃーらに隠れてニャンニャンしまくりだったんじゃにゃいかにゃ!?』
『C2:いや、流石にこの数はないみゃ!? 子供からご老人までいるみゃし!? 母さまらの性欲はそこまでじゃないみゃろ!?』
『C7:いやわからんにゃん!? よく2人で風呂入ってたにゃし!? 入浴数=子供数ってことにゃも!?』
『C2:いやいやいやいやいやいやいや……!?』
通貨が"ホロ"だったのは幸いだった。
お金に困る事は無いとわかったボクらは、
はじまりの街を散策する。
すると、赤ん坊を抱っこしたお母さんネコが、
ベンチに座っているのを見つけた。
ボクらは声をかけた。
『C2:あの……可愛い赤ちゃんですみゃ』
『C7:……産まれたばかりですかにゃ?』
『C0703677:! ふふ、ありがとにゃ。つい二週間前に産まれたばかりにゃ』
『C0703866:ぶにゃぅー!』
これを聞いて、
ボクとニャーナの"隠し子放流地説"は崩壊した。
ここでは……独自の生態系が発生し、
"自己増殖"しているっ!
『C7:……! ミャーツ! あの子、見るにゃっ!!』
『C2:え……!? ──"銀髪"みゃッ!?』
街のネコ耳人は、ほとんどがボクらと同じ金髪だったけど、たまに、銀髪や黒髪のネコ耳が見受けられた。
数はかなり少ないけど……あの髪の色が、クラウン母様とカネトキ父様から遺伝するとは考えにくい事だった。
『C7:にゃあ……ミャーツ。もしかしたら、ワタシたちが探しにきた"アレ"のせいなのかもしれないにゃん……?』
『C2:……!! バカにゃ……! "アレ"が、この生態系に影響してるって言うのかみゃ……!?』
『C7:だって……そうじゃないと、あの"銀髪のネコ耳"は説明がつかんにゃよ!』
『C2:そ、それは、みゃ……』
だとしたら……。
ボク達のミスで、
この"星"と"文明"が発生したのかもしれない。
幸い、"アレ"の探査デバイスは無事で、
この星のどこかにあるのはわかっていた。
みんなのいる箱庭から、
救助が来るかはわからない。
でも、こんなぶっとんだ星を生んでしまったかもしれない原因は、取り除いておきたかった。
『C2:……。ニャーナ、ボクと一緒に、旅をしてくれるかみゃ?』
『C7:……しゃーないにゃ! ここで、ミャーツから離れるって選択肢は、ワタシにはないにゃんなっ!』
ボクたちは"アレ"を、
引き続き、探し続ける事にした。
街で旅の準備を整えている最中、
"冒険者ギルド"から、ゴロゴロと叩き出されるアンニャーを見た。
『C0703777:にゃ、にゃうう……』
『C7:──にゃ!? チビドン!?』
『C2:ど、どうしたみゃ……!?』
アンニャーは、護衛となってくれる冒険者を探していた。
だが、こんな小さな子供に雇われる者はいない。
この子の持っているお金も少ないようだった。
『C0703777:うわあああん、さいごの街に行きたいにゃ! ぜったい行くのにゃあああ!』
屋台のホロ串カツを買って話を聞くと、
アンニャーは"さいごの街"の先にある、
"プニク宮"という教会のような施設に行きたいらしい。
そこは、この世界を創った"神さま"が祀ってある場所らしかった。
『C7:この場所を創った、"神さま"……にゃ?』
『C0703777:ぐすっ……ニャーは、そこで"しんでんかん"になるのが夢なんにゃ……。そのために、故郷から抜け出してきたんにゃ……』
"しんでんかん"というのは、
ボクらにはよく分からなかったけど、
どうも……"神官"のような存在らしい。
『C2:……"プニク宮"のある"さいごの街"は、どこにあるみゃ?』
『C0703777:にゃ……あっち』
それは、"アレ"を指し示すレーダーと、
全く同じ方向だった。
『C2:……どうするみゃ?』
『C7:いーんじゃないかにゃ? 途中までなら──……』
『C0703777:ホントにゃぁ──!?!?』
ボクら2人は、アンニャーの"護衛"を引き受ける事にした。
ドンにソックリな彼女を、見捨てておけなかったのだ。
ボクたちの旅路は、安全とは言い難いものだった。
街と街の間は結構離れていたし、
アンニャー単独ならどうするつもりだったのかと、
聞きたいような危険もいっぱいあった。
おかしいのは、全てのバグホログラムにも、
ネコ耳がついていたこと。
もし"プニク宮"に行くことがあったら、
神さまに是非お話を聞きたかった。
ボクとニャーナの武装は、この程度の密度のホログラムになら負ける事は無く、アンニャーを守りながらも、何とか次の街、次の街へと辿り着く事ができた。
違う街でも、ネコ耳人の多さに、
ボクたちはクラクラした。
でも、それがかえって良かったのかもしれない。
少なくとも、ボクとニャーナの「帰れないかもしれない」という寂しさは、随分と誤魔化す事ができた。
そばに、アンニャーがいた事も、かなり助けになってたのかもしれない。
『C7:おみゃーは、何でその……"しんでんかん"になりたいにゃ?』
『C0703777:今の"しんでんかん"はね……わたしと同じトシのおんにゃの子なんにゃ! そんなのずるい……ぜったいけおとして、アンニャーが世界さいこうの、"しんでんかん"になってやるのにゃ!』
『C2:まさかの略奪系だったみゃか……』
このまま"プニク宮"に、この子を連れて行って良いものか迷ったが、"アレ"のレーダーは、尽くアンニャーの進行方向と同じ方向を指し示した。
ボクとニャーナは、ある程度、予感を感じていた。
『C2:……"プニク宮"に、"アレ"があるとしたら……』
『C7:……ミャーツ。これは、もしかしたら"神さま"に会いに行く旅なのかもしれないにゃ?』
『C0703777:えー! ミャーツとニャーナちゃんも神さまに会いに行くにゃ!? じゃーさいごまで、一緒に行こーにゃ! アンニャーも、それが嬉しーにゃ! 神さまたちも喜ぶにゃ!』
『C2:"神さまたち"……みゃ?』
『C0703777:うんっ! アンニャーたちの神さまは、2人いるんにゃよ!』
『C7:………………………やっぱり母たまと父たまがこの星でニャンニャンしまくってにゃ……?』
『C2:くっ、口を慎めみゃ!! あ、アンニャー……この世界の神さまの名前を、教えてくれるかみゃ……?』
『C0703777:にゃん? そんな事も知らないにゃん? えっへん! ──"ズィオ様"と、"エプタ様"だにゃー♪』
『C2:" ズィオ様 "──……?』
『C7:" エプタ様 "──……?』
『C0703777:そうにゃよ! この世界の最初の命、"エニャの方々"は、ズィオ様とエプタ様から産まれたんにゃよ!』
『C2:──』
『C7:──』
はしゃいでいたアンニャーとは裏腹に、
何かが、聞いてはいけない事のような気がした。
『C0703777:すぅ──……。すぅ──……。』
この日の野宿で、ボクたちは眠れなかった。
アンニャーの寝息の中、ニャーナと目が合った。
『C2: ……』
『C7: ……』
なにか、信じられないようなものを見るような。
内なる驚愕を、隠しきれないような顔だった。
ニャーナのあんな顔は、初めて見た。
そしてボクも……ニャーナをあんな顔で見ていたと思う。
その次の街で、初めて、
"ズィオ神とエプタ神"のレリーフを見た。
硬質のホログラム積層体に彫られたソレは、
男女一対の神だった。
『C0703777:ほら! これがズィオ神様と、エプタ神様だにゃ!』
『C2:…………』
『C7:…………』
『C0703777:"ズィオ様とエプタ様は、かつての神々を敬愛していた。それらの残す名を汚さぬよう、オクトではなく、エニャから始まった。我々の原初の名は、御二方の愛より決まったのだ"』
この日、つらつらとアンニャーが語った神話は、ボクとニャーナの予感を押し固めていった。
この街で、ボクらはほとんど喋れなかった。
お互いの顔を見れなかったのだ。
話せるようになったのは、
目的地の街まで、ふたつ手前の街まで来た頃だった。
アンニャーが寝た後で、
無理矢理、ふたりで簡素な食事をした。
『C2:…………』
『C7:…………』
『C2:……そうだと、おもうみゃ……』
『C7:っ……! でも……にゃ?』
『C2:たぶん……アンニャーとボクたちの目的地は、一緒みゃ』
『C7:……、……』
『C2:キミも、わかっているんみゃろぅ……?』
むっ、とした顔で、ニャーナはボクを見た。
怒ってるワケじゃないと、ボクでもわかった。
『C2:ごめんみゃ……』
『C7:そっ、そこで謝るのは、違うにゃん!?』
『C2:そ、そうみゃな……』
『C7:……っ! あうぅぅぅぅ……! にゃんぅ…………』
『C2:た、確かめにいこうみゃ! それしか……ないみゃ』
『C7:……………ぅん……そにゃな……ぅん』
ぎこち無くても進み、動く。
アンニャーは、あまりボクたちを気にしていない。
キラキラと、向こうを向いて、前を行く。
なるほど、これが前向きって事だった。
もし本当にそうなら、
彼女がドンに似てるのは……、理にかなっていた。
『C7:ワタシたちは、帰らない方がいいのかにゃ……?』
『C2:それはっ……! まだ、決められないみゃ……!』
『C0703777:ミャーツぅ! ニャーナちゃーん! 行くにゃー! にゃっはぁーい!!!』
さっき、ニャーナが絡まれた街が、"さいごの街"だった。
目の前のホログラムの砂漠に。
"プニク宮"の塔が、見え始めていた。