ギルド問答、珈琲編
「えへへ、アンティ──……!」
「……、──」
夜に浮かぶ銀の花嫁を見て、
それはずるいよ、と思った。
本来なら、止めないといけなかったかもしれない。
もし昼間なら、目立ちまくっている。
でも、そんな事が吹っ飛ぶくらいには、
彼女は、私の憧れだった。
「えへへ、きれい……?」
「……えぇ、とっても!」
月光に照らされ、白銀の姫は、跳ねる。
物語のように、歩く。
ウキウキと、ターンする。
くらくらとする。
彼女が実は幽霊なんじゃないかと、
心配になるくらいは、幻想的だ。
「らんらん♪ らんらんらん♪」
「……ふふふっ。ごきげんね、お姫様?」
「よ、良きにはからえ……?」
「っ! きひひ、そこは照れちゃダメでしょ~~!」
「だ、だってぇ~~」
光のお姫様の、おともをしながら、夜を編む。
白の塔は、近い────。
ギルドで、巨人と受付嬢が待ち構えていた。
「ふむ……」
「わぁ……」
「あ、ぅ……」
「……こんばんは」
マイスナが金色の影に隠れたが、
今の彼女の輝きを、私では隠せないだろう。
つか、はみ出しまくっている。
「わぁ。ギルマス、黄金の義賊さんが、銀色のお姫様を連れさらってきましたよぉ~~♪」
「く、くっく。はぁ、全く……」
あ、なんか笑われた。
「……入れ。キッティ、今日は俺もコーヒーでいい」
「はいは~い♪」
「あ、アンティ……」
「ん、しゃあない。腹くくるか」
ヒゲイドさんの優しい声に負けて、
私たちは、執務室に入った。
「ちょ! ちょ! マイスナ! 隣空いてんだろ、そっち座んな!?」
「ぬぅ~~~~むむむぅ~~!」
お姫様は、小さな一人がけのはずのソファに、
私と一緒にお尻をねじ込んだ。
うぉ……何とか座れたけども……密着が……。
銀の腕は、金の腕に絡んでいる。
「……やれやれ。今日が舞踏会だったとは知らなかった」
「や、この格好は、ねぇ……?」
「うぅぅ~~」
正面に座った魔王が、コーヒーを待ちながら苦笑した。
「は~~い、は~~い♪ キッティお姉さんの、美味しいコーヒーですよぉ~~♪」
ヤバいキャラで、キッティが入ってくる。
……そっか。
この二人は、子供の頃のマイスナに会ってるもんね。
"紫電"としての出来事を知った上で、
色々と気をつかってくれてるんだ。
ヒゲイドさんは大きな手でコーヒーを一口飲み、
一息ついてから、話し始めた。
「順番に行こう。アンティ」
「はいっ」
「127個の物資、全てのパートリッジの街への搬入を確認したい。書類をよこせ」
「っ、これです」
「ふむ」
もう歯車なんか隠さず、
きゅうんと、空中から物品受領書を出す。
ブレイクさんの、サイン付き。
「向こうのギルドのヤツら……驚いていたか?」
「ええ……とても」
「くくっ、だろうなぁ……!」
苦笑と共に、ひょい、とヒゲイドさんは、
手に持った袋をテーブルに置く。
──ドンッ!!
チャリンチャリン……。
「報酬だ。受け取れ」
「……!! ……!?」
「……! わぁ……、……!」
絶対に、アカン量の金貨が入っていた。
アホみたいに、横の姫様と一緒に絶句する。
「……ギルドの代表者として、心より感謝する」
ペコり、と。
ヒゲイドさんとキッティが同時に頭を下げる。
私はさらに、何て言っていいかわからなくなった。
「……すまなかった。お前の秘密を知りながら……」
「──!! いえっ!!」
「……!」
思わず、声を出す。
「……今回のコレが無かったら……彼女には、二度と会えませんでした」
「……! ……」
ギュッと、手を握り合う。
「……! そぅか……」
しばしの、沈黙。
「……憧れの人に会えたな。アンティ」
「……! ……はい」
「……わ、私のことを……?」
「きみの事は、よく覚えている。キッティとも、しゃべっていたな?」
「大きくなりましたねぇ~~♪」
「は、はぃ……」
お姫様が、照れている。
「……くくっ。で、その……聞いてもよいのか?」
「……? ぇと……?」
「?」
コーヒーを、一口。
「──なぜ、"黄金の義賊"と、"狂銀"なのか」
「「 ────…… 」」
……。
どっしよかな……。
『────判断は:お任せします。』
『>>>信用の置ける人たちってのは、まぁ……間違いないさ』
……。
悩んだんだけど、私は話す事にした。
仮面を、とる。
──シャキン……!
「ヒゲイドさん、キッティ。この仮面ね──?」
「……ふむ──?」
「はぁい?」
「──"ホンモノ"なの。本物の、"義賊クルルカンの仮面"──……」
────おとぎ話を、語った。
「……──!! つまり……お前たちには、実在した"黄金の義賊クルルカン"と、"狂銀オクセンフェルト"の意志が宿っていると言うのか……!?」
「うっへぇ──……。アンティさんって、ガチで"二代目クルルカン"だったんですねぇ……!」
「あははは……」
「……鎖さんは、優しいよ?」
マジマジとヒゲイドさんは、大きな手の中にある金の仮面を見ている。
「ふむぅぅ……。だとしたら、なんと歴史的な価値があるマジックアイテムなのだ……」
「あっはは……。アンティさん、これ売っぱらったら、たぶん豪邸が一つ建ちますよぅ?」
────ヴヴヴヴヴヴヴ──……!!
「──うおっ、なんだ!? アンティ!! 仮面が震えたぞ!!」
「わぁー、私のせいですかね?」
「あっは、ははは……」
ちょ、先輩、我慢してよ。
売らないってば!
「なんと奇天烈なことだ……」
「凄いですねぇー! で、狂銀さんの仮面の方もあるんですぅ?」
「あ。それは……」
「むぅ……」
キッティの言葉で、横のマイスナが落ち込む。
「え、なんか私、マズイこと言いました……?」
「んー、実はね……?」
マイスナを助けるために色々とやった結果、
今は、彼女が上手く力を使えない事を話す。
「……。アンティ、気になっていたんだが」
「はい」
「……昨日、彼女を背負ってギルドに帰ってきた際……ずいぶんと相互の鎧の傷が目に入った。あれは……やはり戦闘痕だな……?」
「っ、はぃ……」
「っ、むぅ……」
「その……戦った、のか……?」
ギュゥゥウウウ……。
マイスナが、めっちゃ抱きついてきた。
ちょ、ちょと……座れなくなっちゃうから……。
「それは、その……「……私、狂ってた」」
「「「 !! 」」」
「私……狂ってた。死にかけてた。アンティが来て、嬉しくてヒドい事をした……。アンティは、命懸けで助けてくれた……」
「「「…………」」」
そばで震える声に、執務室はシーンとする。
「怪我は……どうした」
「な、治した。大丈夫……ヨロイも、なんとかなる」
「そぅ、か……」
ヒゲイドさんは、何やら納得がいかない部分も感じているだろうけど、それ以上は聞かないでくれた。
ただ、ひとつ言っとかなきゃいけない事がある。
すがりついてくる彼女を抱きしめながら、言った。
「……ヒゲイドさん」
「なんだ?」
「彼女を救うために、"時限結晶"を移植する必要があった」
「……!! なんと、言った……?」
「彼女のティアラの"紫色の宝石"は……私の"コレ"と……同じもの」
「ひ、ひぇ~~、あ、アンティさん、それって……!」
「……、はぁ~~~~……。つまり……時限結晶が、"ふたつになった"、という事か……」
「うん……」
「ぅうぅ~~……」
「──ええぃ! キッティ、紙だ! ヤバい点を書き出せ! 後で燃やすんだぞ!」
しょ、証拠隠滅が視野に入ってるわね……。
カキカキ。
・時限結晶がふたつになっちゃった!
・ぶっちゃけ指名手配犯
・仮面に歴史的な価値がありすぎる
・ゴールドスタイルランクの無許可ギルドカード
・プレミオムズに選ばれちゃった
・魔王を倒している
・火の玉の当事者
・光の柱の当事者
・氷の山の当事者
・北のギルドの職員に格納力モロバレ
・このギルドの職員に格闘力モロバレ
・ギルマスより強い
「……ほっぺたつねっていいか?」
「にゅっ……!?」
「あ、アンティぃぃ……!」
「ギルマス、抑えてくださいよ……」
……ふみゅ。
なんか、ヤバい項目ばっかだよなぁ……。
「……それと。言い難い話なのだが……キッティ」
「あ……。これ、あなたの……指名手配書です……」
「「 ……っ!! 」」
キッティが、少し申し訳なさそうに、
そっと、一枚の紙を置く。
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行方不明者 No.666
┏━━━━┓
┃ ┃
┃ ┃
┗━━━━┛
名称:不明
二つ名:紫電
属性:雷系
性別:女
年齢:15(生存している場合)
出身地:パートリッジ教会・旧中央孤児院
分類:指名手配犯
書類更新済(検査員:キッティ・ナーメルン)
前回書類検査日より二年前に失踪。
【 罪状 】
・パートリッジ教会・旧中央孤児院の崩壊
・暴走による魔術研究所施設の破壊
・魔術研究所構成員の記憶障害の誘発
【 備考 】
・状況判断により、暫定死亡扱い
・パートリッジ側の申請により、戸籍抹消済
・一年六ヶ月前より捜索活動の打ち切り
─────────────────────────────
……。
「希望はある」
「「 ……!! 」」
手配書を見て言葉を失う私とマイスナに、
ギルマスは言った。
「ひとつ。幸か不幸か、"紫電"……君の髪の色は、"紫"から"銀"に変わっている」
「「!」」
「ひとつ。"マイスナ"という名は、ギルドに共有化された情報には載っていない。つまり……」
あ……。
「──死んだ事になっているなら、生まれ変われば良い」
ヒゲイドさん……。
「……アンティ。彼女の……"紫電の魔法使いマイスナ"の生存を、ブレイクの爺さんは知っているのか?」
「──! ……はいっ。彼女を託されました」
「あ、アンティ……? ブレイクさんって、あの街のギルマスさん……?」
そうそう。キザそうな、髪の長いお爺さん。
「ほぅ! くく……あの爺さんめ。とうとう情に浸ったな!」
「いい感じですねー♪ ふふふ~~」
キッティは、にこにこコーヒーを飲んでいる。
「──アンティ。彼女は強いのか」
「! ……今は身体の流路に慣れてませんが……、私と同じくらい、強いですっ!」
「え、え!? あ、アンティの方が、強いよ……!」
「おぃおぃ……。それは暗に、お前たちが俺より強いと言っているんだぞ? まったく。自信、無くすぜ……」
いや、その、あははは……。
「……ぶっちゃけて言う。ここまで来たら、俺は仮面で顔を隠せるならば、何とでもなると思っている」
「「!!」」
「おぉ~~っ♪ ギルマス、豪気ですねぃ~~♪」
「あほぅ、お前も共犯だぞ?「えぇ~~っ」……マイスナ、と言うんだったな。お前はアンティの仕事を手伝う気があるのか?」
「……っ! アンティの、仕事……?」
話を振られたお姫様は、ビックリしている。
「アンティの、仕事って……?」
「──……」
私が、この子と────……。
「──"郵送配達職"。人に想いを、届ける仕事 」
「──! "レター、ライダー"……?」
「……うん。ふふ、私ね。世界で一人だけの"配達職"なの」
マイスナは、キラキラと目を輝かせながら、
私の話を聞いていた。










