ぼくらの時が、動くとき⑫ さーしーえー
(*´ω`*)冬眠してました。
一年が、経った。
ぼくはまだ、生きている。
「ずず───っ……」
少し大きめの陶器のカップに、
ぶつ切りのパスタと鶏ガラのスープを入れている。
白菜に似た野草も突っ込むと、なかなかいける。
最近の食事は、もっぱらこのカップで作っていた。
森の中で食べるのも、まぁ……乙なもんだ。
「……。残り少ないな……」
スープの粉とパスタっぽい麺は、
けっこう前に、通りすがりの行商人から買ったものだ。
人の手が入った食料が無くなるのは、なんとも物悲しい。
ナイフで野鳥や獣を狩るのは、一苦労なんだよな……。
見た目がコレだから魔物にはかなり警戒されまくりで、
何回かは"黄金時代"を使わなきゃいけないし。
これ以上、体の表面が硬化したらマネキンになりそうだ。
「魔法の巻物も残り少ないな……。一度、人里に行くかなぁ……」
カップの中身を、かっこむ。
味はまだ感じるが、口の中に違和感がある。
歯の何本かは、時間が止まってるのかもしれない。
鎧と同じ色の金歯になるのだけは、
カンベンしてほしいと思う。
──ジュ、ゥ……。
少しだけ湧き水を汲んだカップを火に晒し、消毒する。
本来は触れられないほど熱いのかもしれないが、
今のぼくは、とっくに指先の感覚がない。
小さな火の巻物が、燃え尽きる。
「……帰るか」
孤独を騙す、独り言。
土を払い、立ち上がった。
あの戦いの後、
ぼくはあの剣で、先生の墓標を作った。
時の結晶剣。
理の止まりし、氷の刃。
それは、世に残してはいけないモノかもしれない。
でも、先生への、せめてもの手向けとして、
この綺麗な剣を使いたかった。
まぁ……氷の上に刺しただけだから、
今頃は、雪の下に埋まってしまってるだろう。
ただの自己満足だっていうのは否めなかった。
「……────」
剣を突き立てた後、
白い雪の中で、声もなく塞ぎ込んだ。
口の中が、にがくなる。
みんな、なくなってしまった。
ぼくが、こわしてしまった。
……ても。
雪に、ひとしきり情けなさを絞り出した後、
最期の先生の言葉が、ぼくの心に反響した。
「──"幸せになれ、金時"……」
確かに最期に、そう言った。
あの時だけ、先生は狂ってはいなかった。
ぼくにとって、その言葉は、
救いと、呪いの言葉が、合わさったものだった。
「まだ、ぼくは……生きてる。……命が、続いている」
銀の世界で、のそりと立ち上がった。
孤独の中で、何とか、自分と向き合うことができた。
ロザリアのお陰か、まだ世界を美しいと思えたのだ。
戦いの前にはいたはずのニョロニョロ亡霊は、
いつの間にか、消えていた。
ぼくらを見守っていてくれていたのかもしれない。
役目を終えて……成仏、したのだろうか。
寂しさは、ある。
ぼくはまた一人になったけど、
でも、歩き続けることはできた。
白い地面を穿つ音は、
誰にも邪魔されることなく、聞こえ続けた。
あの雪山から、ゆっくりと南に向かった。
ひとりで西への旅を続ける気には、もう、なれなかった。
冷たさから逃げるように、
単純に暖かい方を目指し、南下したのだ。
途中に小さな村を幾つか訪れたり、
行商人とすれ違ったりした。
買い物をしたり、お節介を焼いたり、
芸で日銭を稼いだりした。
あまり上手く笑えてなかったかもしれない。
どうやら、ここ一帯の地域には、
大きな街が、ほぼ無いらしい。
平らな土地が見受けられるから、
街は作りやすいと思うのだけど……。
単純に、まだ人の手が届いていないだけかもな。
南への旅を続けていたぼくは、半年ほど前に、
ラクーンという獣人の旅人に聞いた"深き緑の園"という森に侵入した。
どうやらこの森の向こうに、彼らが恐れるレエン湖という湖があるらしく、ぼくは興味本意にソレを見に向かったのだ。
全体的に規模が大きな森で、
ぼくは昔、国語の教科書で見た屋久島の千年杉の写真を思い出した。
緑が力強く、とても美しい場所だと思った。
途中で水色のキリンのような魔物がいたので、
後ろ足辺りを撫でたら、思いっきり蹴り飛ばされた。
「のうおぉおああああああ──!! ぐぇっ、ぶっ……」
あの浮遊感は、なかなか体験できない類のものだった。
ぶち当たった木の表面の苔が、座布団のように剥がれた。
……この黄金の鎧が無ければ、ホントに死んでたと思う。
キリンさんが嫌いになりそうだった。
湖の前に、大きな遺跡があり、驚いた。
「こいつは……すごいや」
赤っぽいレンガが積まれた建物の跡。
呆気にとられながら、進む。
大きな、大きな遺跡だった。
塔のようになっている建物が半壊し、
太い柱が露出していた。
上の天井の部分を、しっかりと支えている。
「……! 光って、いる……?」
建物の柱のそばに立つと、天井から黄緑色の光が見えた。
"眼魔"が発動している。
「……まさか」
光の色に合った魔法の巻物を取り出し、
小さな時のナイフを投げ、真上の天井に巻物を刺し止める。
魔術が発動した。
魔法陣が浮かび上がり、ゴゴゴゴという音を上げ、
天井より螺旋階段が、せり下がってきた。
「……! ……ぉ、ぉ……?」
……ズゥン、ガコ……。
「……」
まるでゲームのような仕掛け。
ぼくは少しの間、立ちすくんでいたけど、
しばらくして、恐る恐る中に入った。
魔法で封鎖されていたせいか、部屋の状態はよかった。
中に入るのに、いちいち巻物が必要なのだろうか……。
と、心配に思っていたら、
今度からは触れるだけで入口の階段が反応した。
どうやらこの部屋は、ぼくを主と認めたらしい。
ここがしばらく、ぼくの隠れ家となった。
遺跡には魔法の光が噴き出している所がいくつかあった。
変なボスモンスターがいても困るので、放置。
……触らぬ神に祟り無し。
ご近所の危険地帯を、わざわざ掘り起こす気はない。
でも、小さな光の魔石が埋め込んである所は、
盗賊よろしくナイフで掘り起こしたりした。
近づくと光るので、見つけやすいったらない。
ぼくの光の鎧に反応して光っているんだろうか……?
湖に綺麗な淡水が大量にあるのはありがたく、
強い魔物と鉢合わせしないように水を汲み、
森で食べられる肉や実を手に入れ、
たまに人の気配がする所に出向いたりもした。
少しずつ、隠れ家に遺跡の中の家具を持ち込んだ。
そうしてぼくは、まだ、ここにいる。
「ただいま、っと……」
キン、キン、キン。
螺旋階段を上がり、
最初に見つけた頃とは内装が様変わりした隠れ家に入る。
……この足音、盗賊としてはダメだな。
ブーツの裏も、完全に停止した光の黄金で覆われてしまっている。
あの時のギザギザはまだ、そのままだ。
「……スパイクの所、厚底にしようかな……でも重さがなぁ」
食べられる野草と木の実を床に置く。
「……」
キン、キン、キン。
奥の扉を開け、左の部屋に入る。
小さな書庫にある、机と椅子。
本棚には、今まで調べた資料が、綺麗に並べてある。
ぼくは……。
かつてロザリアが言った言葉が、気になっていたのだ。
────あの夜の言葉。
『 ……おとおさまは……
"ことば"を、もどそうと、していた……
とりもどしたいと、おもってた……
ひゃくねんまえのことを……ずっと、しらべていて……
まだ……
"しゅうふく"は、おわっていない……
だからカオコの、"ことば"をとろうとした…… 』
「……ロザリア。きみはどこまで知っていたんだ?」
手を机に突き、呟く。
ぼくは、この一年、100年前の出来事を、
手当たり次第に調べていた。
どうしても、これをやらずにはいられなかった。
何故、ぼくらが"こっち"に喚ばれたのか。
その目的を、知りたかったのだ。
でも、大した成果は出ていなかった。
ひとりぼっちの金ピカの盗賊が手に入れられる情報など、たかが知れていたのだ。
いつも通り、粗末な椅子に座り、
金色の足を伸ばす。
ノートのひとつを手に取る。
パラ……。
「100年前の事件……。やっぱり、"時間箱"が大量に破壊された、ってのが一番、目に付く出来事だよな……」
今からほぼ100年前。
とある研究者が、こっちの世界では貴重な"時間箱"という魔術機構を破壊し続け、とうとう処刑された事件。
「"メルージュ・シンエラー"ね……。"光の手紙の再生は、破壊の先にある"か……」
"時間箱"は、宙に浮くデジタル時計みたいな魔術機構だ。
この世界には、日時計と時間箱しか時を知る技術が無いようで、
かなり貴重なものだという共通認識があるようだ。
誰が作ったか、なぜ動いているのか、わからないらしい。
複製した時間箱の術式を設置できるのは、一部の人間だけのようだった。
頬杖をつく。
「太古に使われていたという"光の手紙"か……眉唾だな。はは、電子メールみたいな魔法なのかな……。いや……MMORPGじゃあるまいし……」
流石にぼくらが、"実はゲームの中に転生してました"って事はないと思う。
ぼくはどっちかと言うとレースゲームとかの方が好きだったし、そっち系は友達に誘われるがままに無料プレイしてた口だ。
……この世界が登場するゲームなんて、知らない。
「光の手紙の伝承も調べたけど、民間でおとぎ話みたいに言われてるくらいのことしか、わからなかったしなぁ……」
あのヒネたツラの帝王が調べていたのは、この研究者の事じゃないのか……?
なぜ、王は戸橋を……。
「"顔"……"言葉"……"死"……」
──香桜子、戸橋。
彼女は自身を、三つの概念に分解した。
"顔"は、ぼくと先生の仮面になった。
先生の仮面は、粉雪になってしまった。
"死"は、デスという魔物になった。
ぼくが止めるしかなかった。
「────……"言葉"は、どこへ行ったんだ……?」
帝王が欲しがっていたという、"ことば"の概念。
それだけが、実体化していないように思えていた。
「……、……」
……くそっ、こちとら高二で勉強やめてんだ。
勉学を止めた理系のガキに考えられることなんて、
たかが知れてる……。
でも。ひとつ、思い当たる事もあった。
「 あの時、天に昇った光 ────…… 」
戸橋がバラバラになった時、天空に向かって、光が昇った。
この世界の人が死んだ時には、常に起こる現象なのだろうか?
いや……もしそうだとしたら、あの日の帝国は光の雨のようになったはずだ。
同じ現象は……ロザリアの時にしか確認していない。
「ロザリアの身体の一部には、抜け殻になった戸橋の身体が取り込まれていた……」
ロザリアは、自身の名に含まれる"蘇生"で復活していたのか……?
やはり、あの光は言霊法に関係しているのだろうか。
"ことば"は、魂……?
……。
「……くそ。わからない……ダメだ。
何かのキーワードが、抜けている……」
なぜ……ぼくらは。
こうならなければ、ならなかったんだろうか……。
「……全てを忘れて、"幸せ"に生きていった方がいいのかな、先生……」
虚空に、言葉を吐く。
……──。
───タンッ! パラ……。
「──うぉっ!」
急に音がして驚く。
本棚から、机の上に本が落ちたのだ。
危うく、椅子をひっくり返す所だった。
……まさか、幽霊?
い、いやいや。
幽霊なら"眼魔"で見えるよな……。
「……」
たまたま開いたページを見る。
"言語"について調べた資料だ。
"ことば"繋がりで、これまた、ややこしいジャンルに手を出してしまっていた。
言葉の歴史なんて、黄金の盗賊じゃなくて言語学者が調べるべきだと言うのに。
当然、ヨタ話程度の事しかわからなかった。
ぼくの字で、殴り書いてある。
「 "言語崩壊現象"────…… 」
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『 言語崩壊現象 』(神話?)
●言葉はしゃべれるけど、該当する文字を忘れてしまう現象のこと。
●こっちの世界で、はるか昔に神が起こしたとされるもの
●……バカバカしい
───────────────────────────
「……本当にバカバカしいよな……」
資料を本棚に戻す。
向こうから来たぼくでも、神様なんて会った事がない。
第一、こんな事がもし本当に起こったなら、
なぜ今は皆、文字を読めるんだ、って話だ。
矛盾だらけの変な伝承だよな……。
「ちょくちょく単位とかの発音に違和感はあるけど、別に字が読めないなんて事は……こっちの世界の人も勉強すりゃ普通に読めるだろうし……」
変な都市伝説やら神話やら調べていると、きりがない。
なんでこんなに多いのか。
ひとつの結論には至っている。
「こっちの世界って、ぼくらの世界より文明の歴史が長いよなぁ……」
ぼくらの世界に比べりゃ科学の発達とかはないけど。
この世界の歴史書の数は、多すぎる。
たぶん、本当に太古のものは消失している。
お手上げだ。
「……不毛だ」
椅子をギィコギィコする。
後ろに倒れても、椅子が床に着く前に飛び降りたらいい。
グゥ〜〜────……。
「……」
ひとりぼっちでも、腹は減る。
19歳の育ち盛り。
──パタタタタ……。
「わっ」
……──ガキぃん、ごん!
小さな窓から、青い鳥の魔物が飛び込んできて、
ぼくは見事に椅子ごと、ひっくり返った。
後頭部を手で守る。
……かっこわるぅ。
グゥ〜〜────……。
「……買い出しに、行商人を探しに行くかな……」
……生きるって、大変だ。
異世界の鳥が、青い羽根を嘴でつついていた。
( ´ ཫ`)盗みに行くという選択肢がない盗賊(笑)










