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ぼくらの時が、動くとき⑩

シリアスちゃん「……構えな」





 足が、プラプラと揺れる。



『 (Mi²)(Sol²)……、(Mi²)(Re²)(La¹)……、(Sol¹)(La¹)(La¹)……☆ 』



 背中のロザリアが、(うた)っている。

 ぼくらの状況に似合わない、呑気(のんき)な歌だ。



『 (Mi²)(Sol²)……、(Mi²)(Re²)(La¹)……、(Sol¹)(La¹)(La¹)……、(Sol¹)(La¹)(Do²)(La¹)……☆ 』


「……魔物に、見つかるよ」


『 このうた、おかあさまが、すきだった☆ 』


「そっか……」


『 おかあさまはね、せいれいのかごをうけた、いちぞくだったんだって☆ 』


「……? そう、なんだ」


『 わたしのまほうは、そのなごりなんだよ☆ 』


「! ……、ふぅん……」


『 (Mi²)(Sol²)────…… 』


「ふぅ……やれやれ」



 ──キン、キン、キン。




 ぼくがロザリアをおぶる(・・・)時は、細心の注意を払った。


 彼女はアンデッドの王女様。

 ぼくは、光の鎧を着た盗賊。

 彼女の肌が黄金に触れないよう、マント越しに背負う。

 絶対に直接、触れてはいけなかった。



『 (Mi²)(Sol²)……、(Mi²)(Re²)(La¹)……、(Sol¹)(La¹)(La¹)……、(Sol¹)(La¹)(Do²)(La¹)……☆ 』


「……、」


 

 歌詞の無い、奇妙な心地良さのある王女の歌。

 すぐ、耳元から聞こえる。

 それを聴きながら、ぼくが歩く。



『 へへ──☆ 勇者さま、にょろにょろはいま、なにしてるの☆ 』


「ん? ……にょろにょろしてるよ。とてもね」


『 へへへへ──☆ 』


「……その亡霊も、きみの一部なのか?」


『 わかんなぁ──い☆ 』


「あぁ……さすが王女様だ……」



 彼女はどうやら、複数の人間の死体が組み合わさったアンデッドのようだった。

 包帯の下には、継ぎ接ぎだらけの体が隠されている。


 彼女は不思議な呪文を使い、

 何故か、戸橋(とばし)の力を使うことかできた。

 自分の体を構成する部位から"名前の力"を引き抜き、

 "名称呪文(ネイムドスペル)"として発現できたのだ。


 どうしてそんな事が出来るのか、わからない。

 でも、"名前抜き"を行った箇所の肌は、

 鈍く、黒く、濁った。

 でも、たぶんそれより、ぼくの鎧の光が原因で……。


 彼女はもう、自分の足で歩くことが難しくなっていた。



『 あーしでまとーい☆ あーしでまとーい☆ 』


「自分で言うなって……」


『 どっかで、捨ててもいーよ☆ 』


「……前と言ってる事が違うな。さいごまで、追いかけてくるんだろう?」


『 へっへへ──☆ おんぶ──☆☆ 』


 プラプラと、膝から揺れる両足。

 この後、お天気雨があって、

 びちょ濡れになりながら歩いた。


 ロザリアは、ほとんど物を食べなくなった。

 ぼくの鎧は、もう脱げなかった。

 ニョロニョロは上に伸び、たまに景色を眺め、道を示した。


 この友好的な亡霊は、今度は何を見つけたのだろう。

 水のにおいがする。



『 ぬれるよ──☆ 』


「……王女様を背負うのに、汚いといけないだろう?」


『 へへへ──☆ 』


 湧き水()まりを見つけたぼくは、

 鎧のまま、ドボンと沈む。

 水の動きに流れるマント。

 冷たさを感じ取れる箇所は少なく、

 あまり体温は、下がらない。

 ……もう、皮膚呼吸が止まっている所もあるはずだ。

 その割には、苦痛がない。

 鈍い。鈍い金の体。

 流れる血も、金に近くなっている。

 もうすぐ……ニョロニョロのお仲間かもな。


 ロザリアを水辺に下ろすと、パチャパチャと遊んだ。

 膝から下は、動かない。

 胸元の金のネックレスを揺らして、

 水と、景色と、ぼくを交互に見た。

 ()んだ水の反射が、よく光った。



「……それ、気に入ってるのか」


『 勇者さまと、おなじいろ☆ 』


「はは、おっかない色だ」


『 そうかな──☆ 』


「……」


『 勇者さま? 』


「不思議だ」


『 え☆ 』


「最近、この世界の景色が、とても綺麗だと、よく思うんだ」


『 ……そうだね☆ 』


「……きみのせいだな」


『 え──☆ 』


「……ほら、もう行くよ。綺麗な夕焼けは、あっという間に終わってしまうから」


『 べちゃべちゃ──☆ 』



 トポたたたた……。



 僕が(じか)に触ると死んでしまうだろうから、

 体は、あまり拭いてやれない。

 水を(したた)らせながら、布越しに背負い、また西を目指す。


 ……──そんな、旅だ。



『 しばらく、まちに、いってないね☆ 』


「次に見つけたら、入ろうか」


『 うーうん☆ とおくから、みるだけでいい☆ 』


「そっか……」



 この日に歩いた草原は丘のようになっていて、

 セピア色の優しい夕焼けが、とても美しかった。



『 せかいって、きれいだねぇ──☆ 』

「……先生も、この景色を見たのかな……」



 最初こそ、西へ進む意味を、疑っていた。

 でも。

 今、たどっている道には、

 確かに"氷帝"の通った跡があった。


 バキバキに割れた木々が、一直線に連なる森。

 河がせき止められ、水流が変わった場所。

 急な寒波が襲い、野菜が甘くなった村。


 ……。



『 せんせい、にしへむかってるね☆ 』


「……そぅだね」


『 わたしが、にくい? 』


「──!」



 やめてくれよ……。



「……、……落とされたくなかったら、余計な事、言うな」


『 へへ──☆ おにもつ──☆ 』


「自分で言うなって……」



 ここに至るまで、いくつかの街や村をまわり、

 勇者の真似事をした。

 けっこう、やぶれかぶれだったけど、

 "ありがとう"と、お礼を言われたりもした。

 黄金の鎧の盗賊に、変な魔法を使うゾンビの王女。

 実にくだらなく、取り留めがなく、

 通り過ぎていく時間。



 ある夜からロザリアは、

 ポツリポツリと、過去の事を話し始めた。



『 ……おとおさまは…… 』


「……!」


『 "ことば"を、もどそうと、していた…… 』


「ことばを、もどす……?」


『 とりもどしたいと、おもってた…… 』


「……ロザリア?」


『 ひゃくねんまえのことを……ずっと、しらべていて…… 』


「……、……」


『 まだ…… 』


「!」


『 "しゅうふく"は、おわっていない…… 』


「……? しゅうふく……。"修復"……なんのだ?」


『 だからカオコの、"ことば"をとろうとした…… 』


「──っ!」


『 カネトキ…… 』


「──寝ろっ! ただでさえきみは、夜が強いんだ。……ぼくは、付き合えないぞ……」


『 …… (うそつき☆) 』


「……、」


『 おや、すみ……☆ 』



 聞きたいことが、たくさんあったけど、

 ぼくは、口にしなかった。

 それを言葉にすれば、

 穏やかな時間が消えてしまうような……。

 そんな、切なさがあった。


 目指す先は救いようのない旅だったけど、

 確かに、少しだけの癒しがあった。



 だから、直接触れて欲しいと頼まれた時、

 ぼくは側の木を殴った。

 ロザリアは、初めて怯えた顔をした。



『 あ…… 』


「なぜ、そんな事を言う……」



 この時の感情を、ひと言で説明できるものか。 



「──ぼくが触れば、きみはッッ、死ぬんだぞッッッ!?」


『 あ、の…… 』


「ぼっ、ぼくに殺されてッッ、罪滅ぼしのつもりかッッ!?」


『 ……、…… 』


「沸騰して、死ぬんだぞ……! ロザリア……ッ!」


『 う、ん…… 』


「なぜ……」


『 も、う……、てあしのかんかくが、ない 』


「! ぅ……」


『 もうすぐ、なの 』


「ぉ、ま」


『 さいご、に……だきしめて……☆ 』



 ────……。



「……お前はやっぱり、ぼくにとって……」


『 おねがい、カネトキ☆ 』


「……待ってくれ」



 無言の夜を過ごした。


 星。


 朝になった。


 ロザリアを呼ぶと、


 少し顔が動き、目の生気が消えかかっていた。


 気づく。


 このまま、ズルズルと終わる事は、


 いけないと思った。


 ぼくは、彼女の体を布で包み、


 お姫さま抱っこをして、歩いた。



 金色の、朝焼けの日だった。




『 ……かくしていた、ことがあるの 』


「……ん」


『 このからだね……、まんなかが、カオコなの 』


「──ッ!! っん、ぐ……」


『 カオコがみっつ(・・・)になったとき、わたしがいちばん、そばにいた 』


「……、ぁ……」


『 カオコが、ああなって……、ふたつのかめんが、できて……、わたしは……ばらばらだった 』


「……きみは……」


『 きづいたら、わたしが……できてた。

  たまたまわたしが……あたまだったから、わたしになった 』


「もぅ、いい……」


『 おとおさまがしんでて……わたしのまほうで、カオコのちからが、ちょこっと、つかえた 』


「いいから……」


『 せんせぇをいきかえらせようとして、だめ、だったァ……。わ、たしじゃ、なにもつぐなえなかった…… 』


「……ぐ、ぅ……」


『 あなたをさがしたら、あなたがいきていた 』


「……あぁ」


『 "きぼう"、だった──…… 』


「……、……  」



 目を見開いて、焦点が上手く合わせられない。

 真っ直ぐ、彼女を見れない。

 


『 あなたに…… 』



 見る。



『 こんなことをいうと、おこるとおもうけど、ね……? 』


「……ぅ、……ん?」


『 さいしょにあなたにあったとき……とっても、あこがれた……☆ 』


「っ!」


『 わたしがおうじょで、あなたがゆうしゃ☆ 』


「……、……」


『 へへへ……☆ ばかでしょう…… 』


「もの、がたりの、ような、か……?」


『 えぇ……すばらしいことの、はじまり、だと…… 』



 彼女の包帯まみれの腕が、頬に触れた。

 震えて、いた。



『 ごめん、ね……☆ 』



 王女の、ことば。



『 ご、め、んねぇ……☆ ゆぅしゃ、さま、ぁ……☆ 』



「 ロ───……     」



 ただ、陽の光だけで光っているのではなかった。


 慌てて、掴んだ。


 光が増した。


 醜くは焦げず、


 煌めくように、解けていった。



「あ、あ……」



 ぼくは、願いをかなえなきゃ、と、


 そっと、抱きしめた。



 ごめんね、と、聞こえた。




 あの時みたいに、光が、天に昇った。

















 

 


「 ぁぁ、あぁぁ……ああああぁ……、

  ぇぁ……ぅわぁ、ぁぁぁ、ぁぁあ 」



 手には、

 ジグザグ模様のマフラーと、

 黄金のペンダント。



「 ぅ、ぁ、ぁ、ぁ、ああ。げほっ……、ぉあ 」



 西へ。



「 ……かえ、りたぃ 」



 ぼくは、泣いていた。



「 うわッ、あっ、あっ、ぅあ、っ、アァッ……!

  うあ、うわぁあぁあ、あ、あぁァ……!

  えっ、えっ、ふ、ぐっ、ぅ、ぅう……!  」



 歩く。



「 みんなでぇ……っ、ぅ、ぅ、ぅああ……、

  かえ、り……たぃ…………、」



 歩く。



「 こな、きゃ……ッ! しなな、かった……っ!!

  ぼくら、も、こっちの、ひともっ、みんな……ッ……!

  うぁあ、あああ、ああああぁ……──── 」



 いつの間にか、亡霊だけが、ぼくに憑いていた。



「 お、おまえは……いっしょに、くるのかぃ……? 」



 誰かもわからない亡霊(ゴースト)は、悲しそうな顔をした。



「 もぅ、だれも、ぼくを、おぼえていないんだ……、──! 」



 亡霊に、話しかける。



「 はっ、はっ。いや、ちがうね 」



 まだ、いるじゃないか。



「 せんせいが、いたね 」



 まだ、ぼくを知ってる人がいる。



「 先生に、会いにいこぅ────…… 」





     西へ──────。














 ぼくらが、よび出された国は、


 当時、いちばん力がある国だった。


 ぼくらは訓練され、兵士となった。


 王は、戸橋(とばし)の力に興味を持ち、


 ある日、その力を使って戸橋(とばし)を分けた。



 ────"かお"。


 ────"ことば"。


 ────"し"。



 何故、彼女が自分をそうしたのか、もう、わからない。


 でも、そうして戸橋(とばし)は死んだ。


 何かの光が天に昇って。


 "かお"から、金と、銀の仮面ができて、


 "し"から、"デス"が生まれた。


 その魔物は、帝国の全てを、殺していった。


 顔のない、戸橋(とばし)の形をした化け物だった。


 仮面が凍りついた先生(せんせい)は、氷が抑えられなくなって、


 王は、壊れた先生(せんせい)で、戸橋(とばし)を殺せると思った。


 先生(せんせい)は、戸橋(とばし)に負けた。


 先生(せんせい)が、死ぬ前に、ぼくに頼んだ。




『 黄野(おうの)金時(かねとき)……お前が、やるんだ…… 』













 ヒュぉぉおおおおおおお──────……。





『 GI……GIGIGI、GIGIGIGI…… 』



   「……あの後、がんばったよ……」



『 G・R・R・R・O・O・R……! 』



   「ぼく一人でも、できた……」



『 ORRRRR、RRRR……AAAAA…… 』



   「ほめてくれるかぃ……、先生……」



『 KYOA! QUOA! KUOA! 』







  先生は、生きていた。


    真っ白の、所だった。







   「……もぅ、先生しかいないんだ……」



『 GOO、GROOOOOOO…………!! 』







  金と、銀の仮面。


     顔が、見えない。







   「先生、ぼくだよ」



『 GUO、O、O、O、AAAAA──…………! 』







 ぼくが──────、







「 ぼくが戸橋(とばし)を……────殺したよ 」








『 GUUUOOOORRRRR……!

   GGYYIIRRGGGYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA────!!!!! 』






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