ぼくらの時が、動くとき⑧
ぐえぇ……
お仕事ふにゃふにゃでした~~(´×ω×`)
アンちゃん目線です((((;゜Д゜))))
これは先輩が、"呪いの仮面"になる物語。
「う、あ……」
手。
激しく揺れ動く船の中で、手を伸ばす。
頭を強打している。
すぐそこには、あの忌まわしい箱。
薄れゆく意識の中で、
ジグザグ模様のマフラーを掴んだ。
「ロザ、リア……」
────暗転する。
──。
「へっへっへっへ……」
「お……起きたんじゃねぇか?」
次に覚醒した部屋で、椅子に縛られていた。
薄暗い中にいる、何人かの男。
月明かりに浮かぶ、たくさんの嘲笑。
「────……」
「──よォ? 目ェ覚めたか。お前、ナニもんだ? 英雄気取りのバカか?」
ナイフを持った男が、
王女のしていたマフラーを持ち上げ、そう言った。
先輩の行動は速かった。
──キン。
後ろで縛られた腕の装甲から、
短い金の棘が凍り、ロープを切る。
先輩が立つのと、前の男の顔を触るのは同時だった。
「な、……が」
男は倒れた。
その人が倒れる前に、
先輩は彼女のマフラーを掴み取った。
「な、んだ……?」
「おい、てめぇ!!」
狭い部屋で、左にいた男に手を伸ばす。
触る。
ガタ、ドタン……。
「え?」という顔のまま、男が崩れ落ちた。
「おまえ、なにし──」
────────……。
右にいた男の喉と腹が裂ける。
先輩はマフラーを血飛沫から庇った。
透明のナイフが握られている。
先輩の目は虚ろで、
声を出させない殺し方だった。
先に床に転がった男が、先輩に尋ねた。
「お、れは、どうなってしまったんだ」
先輩は、こたえた。
「……首の神経が……止まっただけだよ……」
「あ、あ、ぉ?」
「………じきに止まるさ、全部な……」
「ま、まっ、え、くれ」
ギィー。
先輩は部屋から出た。
石の階段を上がっていくと庭に出て、豪華な建物だった。
先輩は建物に向かって歩いた。
剣士が斬りかかってきて、
先輩は金の腕で防いだ。
ガキン。
片方の手で、触った。
「が……石化、か?」
シュパ。
「ぐぉ……」
手に光る時のナイフ。
また血が出てから、先輩が斬った事に気づいた。
後ろから追っ手がきた。
「あいつだ! あいつだ!」
「積み荷を見られてる! ころせ!」
「世に知れたら、俺達はおしまいだ!」
ガ、ギキン。
槍が、先輩の腹の装甲を掠めて通り過ぎた。
「ミスリルの槍が通らない!?」
ガッ。
陽炎のように近づき、触る。
鎧を着てない敵の、顔を。
「ぅぁ……ヒュ──……がっ……」
槍使いが倒れる。
「なんだこいつ」
「落ち着け、こんな鎧のバカだ ──── 」
ヒュ。
先輩がスナップを効かせて何かを投げた。
ドサッ。
「ひ、うわぁぁ!」
残りの一人は少しだけ離れて魔法を使った。
茶色の光。
地面の芝が裂け、尖った岩がくる。
「────……」
仮面越しの視線が、
思いっきり地面に近づいたと思ったら。
男の顔が目の前にあった。
「うあぁ──」
ガッ。
金の手が喉を掴む。
「ぐぅえ」
「言え。どこに運び込まれた」
「ぁ、や、オレは……」
先輩が男の腕をはらうと、男の腕は固まった。
「い、やうぁぁああ、なんだ!? 掴まないでくれ!」
「言え。どこに運び込まれた」
「うぁ、うあ……? なんだ? 掴まれたんじゃ、あ……?」
今度は先輩は、本当に腕を掴んだ。
パキ……パキパキ……。
「ぎああっ、あああ!? おっ、お」
「どこに運び込まれた。"何を"かを、言わせるのか?」
「ぐぉ感覚がっ……血が!? 止まって……!?」
「どこだ」
「わ、わかった! 降参する! あっちの建物の上だ! 詳しくはわかんねぇ!」
「目的は」
「あ、あ、いや……」
「……」
先輩が黄金の手のひらを見せただけで、男は怯えた。
「う、うわああぁ、やめてくれ! 不老不死の研究だ! エルフの生命力を、人間に移せないか実験してる!」
「誰が」
「あの女が来てから、領主は金を集めだした!
あんたも、この街の人間なら、ここの噂は知ってんだろう!?」
「は、ぁ……?」
先輩の下顎が、痙攣した。
「ふざけるなよ……ふざけるなよ……この世界の人間でもない」
「え、え……? あの……?
こ、この腕、治してくれよ……石化かなんかか?」
「……」
「頼むよ……オレにだって家族はいるんだぜ」
「 」
パキ……。
────。
仮面の私。
感情が流れ込む。
先輩は悲しかった。
ただただ、抜け殻のように歩いた。
先輩は、触るだけで人が殺せた。
これを、先輩は抑えていた。
もし、元の世界に帰れた時に、
自分が人殺しとして、みんなに会わないように。
先輩は、人を殺すたびに、
もう、帰れないと思っていた。
だから、随分前から先輩の心は壊れていた。
次々とくる敵。
先輩を見て、どう思っただろうか。
月明かりに浮かぶ、黄金の戦士。
手をだらんと垂らし、歩いてくる。
手に、ガクンガクンと弛むマフラー。
反対の手には、結晶の刃。
斬りかかったものは、動かなくなった。
「こ、こいつは、なんなんだ……」
パキ。
「一気に……一気にやれぇ!」
ドカパ!
「うわあああ! だから、だから俺はイヤだったんだ!!」
ガッゴ。
「はやくしろ! しくじれば、オレらが実験体にされるぞ!!」
サシュ。
「今の、なんだ……いただろ。確かにそこに、なんで」
トン。
「……バケモノ、か……?」
ジュパ!
「な、なんでだよ……なんでもう、俺一人だけなんだよぅ……」
キン。
今を、
先輩は、呪っていた。
もう、帰れない。
帰れたとしても、帰ってはいけない。
こんなにも、殺したのだから。
こっちでも、幸せになれただろうか。
でも、こうなっている。
今も、仲間が奪われた。
包帯まみれの、王女。
「仲間、仲間だって……?」
孤独な金色の声。
「は、は……。あいつは奪った側なのに、仲間って言ったか? ぼくは……。ははは……ははははは……ははは……」
持ち前の優しさが、
自分を呪っていく。
階段を登り、登り、登り、歩いた。
鎧の金は、強まっている。
先輩が歩くと、光の魔素が尾を引いた。
血は尽く金に弾かれ、床に流れた。
泣いているように、黄金は穢れない。
進む。
血生臭いフロアの金属のドアが一つ、開いていた。
動くものがあって、先輩は止まる。
入る。
「……、ぅ、く、ぉ……」
エルフで、老婆のようだった。
いや、違う。
たぶん、このエルフは、もっと若い人なんだ。
横たわった失敗作の側に、先輩は跪く。
「ぼくは、あなたの死神だ……。
すまない……すまない…………」
「…………ぉ、ぅ……」
キラリ。
エルフは、手に持っていた金のペンダントを差し出した。
「……」
受け取る。
先輩が看取った。
────。
キン、キン、キン……。
足音が変わる。
同じような部屋が続く。
先輩は、部屋を全て確認して、開けなかった。
開けても無駄だった。
歩いて、女が一人、立っていた。
「ふぅ……」
「……」
「まさか、あなたなの? 誰も用心棒が戻ってこないわ」
「……」
「この血の匂い、外からなの? いつも嗅いでるから、嗅覚が麻痺しちゃって……」
「……船の積み荷はどこだ」
「せっかくいい隠れ蓑だったのに……金も肉も集まる理想的な場所」
「……仲間を、返せ」
「はぁ? 仲間?」
妖艶な魔女が、反応した。
「あ、ははは。あなた、仲間を取り返しにきたの? ごめんね。使っちゃったかも。ほら、研究のためだし」
「なぜ、不老不死を求める……」
「誰が漏らした。ぶっ殺してやる。こっちは金払ってんのに」
「なぜ……」
「あのさぁ、"不老不死"を求める理由……? そんなの話す必要あるわけ? わかりきったことでしょ! ふふ……」
女は、愉悦を浮かべる。
「……」
「ねぇ……これは個人的な質問だけど……、あなたは正義のヒーロー?」
「……」
「ふふはははは」
「……仲間は、どこだ」
「すごいわねぇ、全身、真っ金金じゃない。巷ではそういうのが流行りなの?」
「……」
ギシ、キン……。
先輩は、歩き出す。
「ほほは……何、そんなに大事な人だったの? おかしいなぁ、孤児とエルフしか捕まえてないはずよ? 孤児に恋したの? 復讐なんて……そんなイカれた格好になってさぁ」
先輩は、歩く。
「ちっ、だんまりかよ……気持ち悪い奴ねぇ。ねぇ坊や、教えてあげる。どっかの頭アイタタターの貴族さんなんだろーけどさ……"黄金"なんて柔らかい素材で鎧を作るなんて、
────どうしようもないバカがすることよ?」
女は短杖を振るい、ドス黒い光の魔力を放った。
先輩は、"王女のマフラー"を首に巻き、
腕を盾のように構える。
「ははは、バぁカ」
パキ、キィン……。
ジグザグ模様のマフラー。
三角形の模様は全て金になっていた。
先輩は、それで顔を隠した。
腕とマフラーは、全ての魔法を弾いた。
軌道の曲がった邪悪な魔法は、壁や天井に散る。
「え……」
女は少しだけ止まり、また、同じような事をした。
先輩の無敵の鎧は、バキンバキンと闇を弾いた。
止まった空間そのものの装甲。
神様だって、壊せない。
マフラーが、なびく。
先輩は、ゆっくり、ゆっくり歩いて、近づいていく。
「なにそれ……マジックアイテム?」
「……」
「ちっ……」
女が、大きな胸を庇いながら短杖を振るうと、
床の魔法陣から、二匹の穢れた狼が現れる。
「私が普段、どんな実験をしてると思う? 当然、こっち関係が得意だって、わかるよね?」
「ガウルルルルルルルルル」
「ウ"ウ"ウ"ウ"ウ"ウ"ウ"」
ニコリと笑った死霊使いの女は、
アンデッドウルフを解き放つ。
「「ガゥオオアア!! 、……、……ゴ……」」
先輩の両腕にかぶりつき……すぐに床に落ちた。
狼共の顔は、キャラメルが沸騰したようになっている。
「なん……で?」
先輩は、歩く。
「……っ」
女は、骸骨の大きな騎士を呼び出した。
剣や部分鎧は、邪悪な光で満ちていたけど、
先輩に斬りかかった端から崩れ落ちた。
当然だよ……。
光が積み重なってできた、黄金だもの。
「全身……光属性の、鎧なの……?」
女は今更ながら、天敵が目の前にいると気づいた。
先輩の鎧に、もう銀色の所なんて無かった。
女は、後ずさる。
「ま、待って、アンタ領主を助けにきたの? あのジジイ、ただのクズよ? 私が可能性を示したら、金とエルフの奴隷と孤児、全部用意してくれたわ? それにね……」
先輩は歩く。
「実は、もう殺しちゃったのよ! 最初は環境のために抱かれてもいーかなって思ってたんだけど、ちょっと無理でねー……」
「……」
「だから、ほ、ほら、もう大人しくするから、ね? 私に危害を加える理由、ないよね? ほら、私は実験してただけだし。そういうのに、犠牲って付き物じゃない? それくらい、わかるよね?」
「……"テロメア"、ってわかるか」
「え?」
先輩は立ち止まった。
「染色体の末端にある"テロメア"は細胞が分裂を繰り返すごとに短くなっていく……それが、細胞の寿命だ」
「せん……なに?」
「例外は生殖細胞や癌細胞で……前者が生物的なシステム、後者がテロメア監視下でのイレギュラーだ……」
「は、はぁ?」
「先生の受け売りだよ……。お前、不老不死を研究してるのに、そんなことも知らないのか……」
「あ?」
「ぼくみたいなガキでも知ってる事を、お前は知らないんだぞ?」
「……」
「不老不死なんて……出来るわけ、ははは……。なぃだろ……。わかれよ……」
「き、貴様ァァァああああああああぁぁぁ!!!」
女が顔を血走らせながら撃った闇魔法は、
先輩が作った光の壁で、斜めに流れた。
光は霧散し、一部が先輩の鎧に降り注ぐ。
「これ、何かわかる?」
「うそ……」
「これ」
「魔術障壁じゃない……なんなの?」
「なんで、わかんないんだよ……」
「お前、何者なの……」
「わかんないまま、なんでやるんだよ……」
「き、聞きなさい……!!」
「おまえは、エルフから長寿を得ようとしたんだろうけどさ……そもそも、生まれ持った細胞の作りが違うんだ」
「ぐ……?」
「お前の細胞が勝手に進化すれば、いいだけだったろ?」
「そんなこと、できないでしょ!!」
「なら、なんで、やったんだよ……」
先輩が、まくし立てる。
「見ろよ……死体の山だよ。みんな、お前のせいで死んだんだよ。この先に、まだ人生があったんだよ。なんで、わからないのに求めたんだよ……なんで、やってしまったんだよ……!」
先輩の声は、
命の重さを知っている故の威圧があった。
女は、たじろいだ。
「ま、待って……わかったわ。謝るわ。あなたの大事な人を返すわ!」
「はぁ……?」
両者の声が、震えていた。
その理由は、全く違った。
先輩は、ナイフを構えた。
「……言えよ。どこにいる……包帯女と、貴族の子供だ」
「あ! ああ! あの子ね! あの金髪の坊やなら、生きてるわ! でも……」
「で、も……?」
先輩が、ゆっくりと、首を傾ける。
「あ、あの包帯ちゃんは……とっくにダメよぅ。死霊使いの私が言うんだから、間違いないわ?」
「………………」
先輩は、しばらく無言だった。
歩き出す。
「ちょ、ちが、待って! あの子はもぅ……!」
「お前の願いを叶えてやる」
「……え?」
「ぼくには、それができるよ」
「なん……」
「お前はほっといたら、後50年くらいは生きられたのに……それでも、永遠が欲しいんだよね?」
「なに、を……」
「お手を、どうぞ」
「ひっ……!」
差し出された黄金の手を、女は本能的に恐怖する。
「死ねぇぇえええええ!!!」
先輩の姿は黄金の粒子に掻き消え、
闇の魔法は素通りする。
「な!? ど、どこに……!?」
女の、後ろだった。
細くて白い手に、黄金が触れる。
凍った。
「う、きゃぁぁぁああああああああ!!!」
「逃げるなよ。夢が叶うのに」
「な、なに、なに!? 氷ッ!? いや、石化……!?」
パキキ……パキキ……!
闇の魔女の腕は、先から、ゆっくりと、
結晶の彫刻のようになっていく。
「お前の運命を教えてやるよ」
「ひ、ひぃ……!」
女が振り向きざまに放った魔法は、黄金を撫でるだけだ。
先輩が軽く触れると、女の両足が凍りだす。
もちろん、温度など下がりはしない。
女は、理解しだす。
「あ、あ、あなたは、まさかぁぁあ……!」
「お前はな、これから絶対に老いることのない体を手に入れるんだよ。時は動かない。永遠の若さだ……」
「く、"空間系能力者"……! そ、そんなの、伝説の勇者の力よ……!?」
「見た目だけは美しいから……彫刻として、語り継がれるかもしれないね……」
「あっ、あっ、やめてっ! ね、ねぇ、あなた、私と組みましょう! その力があればっ!? たくさんのお金が集まるわ! いやっ、世界を変える事も出来るかもしれないっ!!」
「世界……?」
パキ………パキキ……。
「こっちの世界なんて……どうでもいいや……」
「あ、あなた、まさか、本当に……? が、げぁ……」
女は、ゆっくりと凍った。
でもそれは、
ゆっくりと先輩の心を殺す事を意味していた。
……パ、キ、
……パキ、キ……。
「 お、ねがぁい、助け、てぇ! 勇者さま……ぁ 」
「 勇者は…………こんなむごいことは、しないさ──…… 」
死の気配が漂う領主の館に、美しい永遠の彫像が成った。
黄金の者は、王女のマフラーを身に、再び歩き出す。
キン、キン……。
「ロザリア、どこだ……」
彼の心は……凍り続けていた。
(´;ω;`)










