ぼくらの時が、動くとき⑥
難しい回でした(;^ω^)
やがて自然と目に入る、
金と白の船。
「……当たりだ。けっこうでかい船だな」
『 おっきぃねぇ──☆ 』
貴族の少年を尾行して着いた船着き場には、
かなり大きな帆船が停泊していた。
凄いな……。
太くて高いマストが五本、船体にそびえている。
船首には、恐らく精霊王ヒューガノウンの彫刻が施されている。
相変わらず、羽根まみれの女神のような見た目だ。
船尾には黄緑と水色の光が見えるので、
風と水の魔石を利用した魔導機関があるのは明白だ。
この船が帆を広げたら、圧巻だろう。
少しだけこちらの世界の技術をナメていたかな、
と、反省する。
『 勇者さまぁ──☆
あのふね、勇者さまみたいだねぇ──☆ 』
「……よしてくれ。あんなゲームに出てきそうな……」
『 げぇむ? 』
「なんでもない」
豪華な船と船着き場は、いくつかの階段状のスロープで繋がっていて、ぼくに飛行機に乗る時を連想させた。
ぞろぞろと、身なりの良い人達が乗り込んでいる。
かなりの人の数だ。
さて……どうやって忍び込もうか。
貴族用の船なら最低限の護衛はいるだろう。
一人なら泳いで海から行くけど、
ロザリアもいるしなぁ……。
──くぃくぃ。
『 勇者さまぁ──☆ あれぇ 』
「……?」
密航の手段を考えていると、
包帯まみれの手にマントを引かれた。
彼女が指さす方を見る。
「あれは……さっきの子か」
先ほどの貴族の坊ちゃんが、船に乗り込む階段の入口で二人組の船員に止められていた。
例の巾着袋の財布を持って、話している。
何やら揉めているようだ。
……ま、当然だな。
「 」
「 」
しめた……。
あそこの船員は、完全に階段から意識が逸れている。
「……しゃべるなよ?」
『 おにもつだもんね☆ 』
「む……」
『 にひひ☆ 』
包帯女に妙なユーモアを感じながら、
そそくさと階段の死角にまわる。
ロザリアは意外と身軽で、よく付いてきた。
「(……──"黄金時代"──)」
キ、ン……────!
"黄金時代"は、簡単に言うと残像を残すスキルだ。
誰もいない空間の光を、霧状に停止させる。
それらが地面に落下するまで、そこは切り取られた視覚。
今、あそこをすぐ通れば、ぼく達は視認されない。
するりと船員の後ろを抜ける時に、話している内容が頭に入った。
「……──やれやれ。あれ、シテール家の坊ちゃんだろ? エルフ共との問題に力を入れてる……」
「あの髪は間違いねぇよな。なんでお一人で……」
(……)
いくら金を持っている貴族だからといって、
さっきのお坊ちゃんは幼すぎる。
一人で船に乗らせるわけにはいかないだろう。
どうも、ある程度有名な貴族の出のようだ。
お陰ですんなりと船に忍び込めたな。
「人が来ない所を探す」
『 にもつおきばとか? 』
「そのつもりだったけど……これだけ船が大きいと見張りが多いかもな」
船内を素早く、壁伝いに進む。
乗船の作業が忙しいのか、船員には出会わない。
静かな階段を上に登る。
少し進んだ所で、人の気配がなさそうな扉を見つける。
……ここは。
「入るぞ」
『 へいき? 』
「勘だけどな」
カチャ……と僅かにドアを開け、
中を確認した後、滑り込む。
すぐドアを閉め───……、
『 ぶべんっ☆ 』
「あ……わるい……」
ロザリアをドアに挟んだ。
ニョロニョロ幽霊に怒られた。
……こいつ、王女援護派なのか……?
ここはどうやら船尾の部屋のようで、
木製の壁から光が射す窓が見える。
いや、窓じゃないな。
『 おおきなゆみや──☆ 』
ロザリアが言った通り、窓に向けて大きなボウガンのような物が突き出ていた。
弩……バリスタか。
「こんなもんで何と戦うんだろうな……クラーケンとかか?」
『 くらぁけん、ってなぁに──☆ 』
「……でっかいニョロニョロだよ」
……ほんとにいるかどうかは知らないけどね。
しっかりと丸太のような矢は装填されている。
『 ねぇ勇者さまぁ☆ ここからそと、みえるよ──☆ 』
「おいおい、やめときなって……そこは矢が通る穴だ。誤作動したら頭が吹き飛ぶよ? 外から見られても困るし……」
『 ああぁ────☆ 』
「……ほんとにお荷物になってきたな……」
そこから手ぇ出すなって……見られたらどうすんの。
何を指さしてるんだ?
『 勇者さまぁ、あそこ☆ 』
「んん……?」
あ……この船の後ろにも船が停泊してたのか。
長細い木箱ばかり乗っているな。
こっちの客船とは大違いだ。
平べったい船体だし……そう、小さなコンテナ船みたいな船だな。
『 あ──そ──こ──☆ 』
「な、なんだよ…………あっ」
あの金髪の子供は……あいつ……!
『 さっきのこ☆ 』
「……!!」
キョロキョロしてやがる………あっ!!
後ろのコンテナ船に、入りやがった!
「あの坊ちゃん貴族……!! こっちの船に乗れなかったからって、あんな運搬用の船に忍び込みやがって……!!」
『 あれま──☆ 』
おいおい、なんであそこまでして向こう岸に行きたいんだ。
確か、父親が向こうにいるとか何とか……。
お父さん大好きっ子なのか?
『 はいっちゃったね──☆ 』
「……、……」
『 たすける? 』
「は、はぁ? な、なんで……」
『 だって、勇者さまは勇者さまでしょう☆ 』
「──!! ぼ、ぼくは、勇者なんかじゃない!!」
──っ!
……つい、大声を出してしまった。
いけない……誰もいないとはいえ、今は密航中だ。
「……」
『 じゃあ、なんでいままで、たすけたの? 』
「──!」
『 わたし、ずっとおってきた。カオコのチカラで、おってきた 』
「……」
『 カネトキのとおったところは、みんなが、えがおになってたよ☆ まずしいひとや、こまったひとたちが 』
「……知らねぇよ」
『 なんで、つづけたの? たすけることを 』
「……、……」
『 あなたは、つづけた 』
「……」
……トン、と。
部屋の壁に背を付け、
ズズズ、とずり落ち座る。
「……」
『 カネトキ? 』
…………。
「……王宮に、絵描きのじいさんがいただろぅ?」
『 いた。ラヨチ。じゅうじんのおじいさん☆ 』
「っ! 獣人だったのかっ? いつも緑色のベレー帽を被っていたから……」
『 おとおさまは、じゅうじん、きらいだった。でも、ラヨチの"え"はきにいった。ラヨチ、ホントは たのしいえを かきたかったけど、おとおさまが、むりやりつれてきた 』
「そう、だったのか……名前も今、初めて知ったよ……」
あの王宮に、奴隷以外の獣人がいたとは……。
いや、同じようなものか……。
『 ラヨチが、どぉしたの? 』
「……」
……ふぅ。
「……、一度、彼にこう言った事があるんだ。"あなたは天才ですね"って」
『 ──んむ? 』
「そしたら笑って、こう返された。"あなたはすごい勘違いをしておられる"──……」
……ニョロニョロ。
「"私は、やめなかった。ただ、やめられなかった"ってね?」
『 ラヨチ、そんなこといった! 』
「……ああ。"やめない"って事の、強さを知ったよ」
……ニョロニョロ!
幽霊が、いやに騒ぐ……。
そうか、こいつも帝国の誰かなんだよな……。
……。
「あのじいさんも、死んだかな……」
『 みんなしんだ。でも、わたしとともにある 』
「……!! そうか……。は、精神論だな……」
自分の、金色に侵されている手を見る。
まだ……固まっては、いない。
「ぼくは自分の力が穢らわしい……そして、ぼくとは違うこの世界が、とても……とてもいやだ……」
『 カ…… 』
「ぼくはこの世界で、まるで兵器だったね? こんな力は無い方がよかった……でも、ぼくは生きている。このまま、消えてやるもんか……」
『 …… 』
「だから……ダラダラと、ぼくは続ける事にしたのさ。死ぬまで、誰かを助ける事をね……それなら、ぼくの穢れた力は、この世界を憎む心は、誰かの笑顔に変換できる」
『 っ…… 』
「……わかるかぃ、ロザリア。ぼくはこの世界が嫌いで、それを違うカタチにしたいだけだ。これは、ぼくの……歪んだ復讐なんだよ」
『 …… 』
「この世界を憎むぼくが、この世界を助けて死んでやる。そうすることで、ぼくは……そう、"爪痕"のようなモノを遺したい。"足掻いた爪痕"のような物を……ハハハ、実際には何も残らないだろうけどね!」
『 …… 』
「ハハハ……きみには、わからないかもしれないね。でも、ひとつ、わかったろ。ぼくは随分、歪んでいる。勇者なんかじゃ、ないんだよ」
……。
『 あなたは 』
「?」
『 あなたは、"自分がこの世界にきた意味"を、残したいのね 』
「 ────────……、 、 」
ロザリアの放った言葉から、ぼくは逃げ出したくなった。
「やめてくれ……!」
戸橋も先生もあんな目に合って、
それでもぼくらが、ここに来た意味。
そんなもの──……。
『 みんなを犠牲にしてでも、なにか、意味があったって、そう思いたいのね 』
「きさま……!」
『 きいて、カネトキ 』
「っ……!」
目の前に膝を着いた、包帯まみれのロザリア。
彼女へ、以前の高貴な印象が戻りつつあった。
『 "勇者召喚"をやるときめたのは、おとおさま。
でも、"術式"をこうちくしたのは、ちがう 』
「え……?」
『 わたしです 』
「な……!」
ロザリア……、おまえ!?
『 あなたたちをこうしたのは、わたしです 』
「……!! ……、……」
『 勇者じゃないというなら、わたしをころして 』
「 、……ぉ、ま」
『 そのけんりが、ある 』
「……」
黄金に染まりつつある手を、王女の首にのばしていく。
ロザリアは、真っ直ぐにぼくを見ている。
こいつは……まさか、こいつがぼくを追ってきたのって……。
首筋に指が触れそうな時、
横の窓から、陽の光が射した。
凛とこちらを向く王女の顔は、一枚の絵のように見えた。
「…………」
……こんなの、壊しちゃダメだ。
ぼくは自分に言い訳をして、手を下ろした。
「……さすが、元王女だね。負けたよ。そんなになっても、気品がある」
『 そんなことは、ない 』
「そんなこと、あるよ」
『 そんなこと、ない 』
「え……、ぁ……」
ロザリアは震えていた。
それは、ぼくへの恐怖なのか。
それとも、生かされた自分への、怒りなのか。
『 ──カネトキ・オウノ。あなたがいる"意味"は、かならずある 』
ぼくは静かに、気圧された。
「なんだよ……急に」
『 あなたの命に、たいぎが無いなら──……、
"王女"として、わたしが、めいじます 』
「は……?」
『 だれかを、たすけつづけなさい 』
「 ──っ……! 」
『 ギンガ・ヒョウテイを、ころしなさい 』
「……」
昨日のぼくが聞いたら、
彼女を、くびり殺していたかもしれない。
でも、今のぼくには、彼女が命をかけて、
何かを伝えようとしているように思えた。
『 そして、そのあとに…… 』
「……?」
『 しあわせに、なってください 』
「────っ! きみは──……」
『 "ロザリア・ロン・リバースレイブ"の名において、げんめいします 』
……。
……は、は、
…………ははは、はは。
「ははは、はぁ、…………ひどい命令だなぁ」
『 わたしのいのちは、いつでも、さしあげます 』
「……。やめとこぅ……自ら命を断てない愚か者同士、仲良くやろうか」
『 ……っ 』
「ところで……」
『 ? 』
「……キャラ崩壊してるけど、やっぱそっちが素なの?」
『 えっ 』
…………。
…………。
『 てへっ☆ 』
「あ、殴りてぇ……」
こんのクソ王女め。
……。
「やれやれ……じゃ、行きますか」
『 へ……、わっ!? 』
包帯まみれの王女を、脇の下に抱え込む。
バリスタ窓の枠に、足をかけた。
陽射しが眩しい。
『 なな、なになになに☆ なにするの!? 』
「ぅん? だってさ……ぼくは、"助け続け"なきゃダメなんだろぅ?」
人に、あんな偉そうに、
"人助け通り魔"命令を出したんだ。
その対象は、
"運搬船に迷い込んだ貴族の子供"も該当する
──そうだよね?
「ふぅ。じゃ、とことん付き合ってもらおうかな?」
『 えっ……☆ 』
窓から身を乗り出す。
……──ヒュォオオオおおお──……っ!
『 ひ、ぇ……☆ 』
「ははっ……!」
乾いた、
でも、少しだけ楽しさを含んだ笑みを浮かべ。
ぼくは王女と、飛び降りる。
────────ダンっっ……!!
『 ぃぃいいいあぁぁ────────☆☆☆ 』
「ほぉ……──王女サマ、なかなか可愛い悲鳴じゃないか」
────シュルルっっ!!
ぼくはアイテムバッグから出していたロープに、
時を固めた鉤爪を付け、
上に投げる。
────ガッ、ゴ!!
────シュルルルルルル────……!!
貴族客船の窓枠に、小さな爪痕を残しながら、
ぼくたちは、木箱だらけの船に落ちていった。
「舌、噛むなよ」
『 ややぁぁぁ────☆ 』
ニョロニョロ──────!!
ロザちんは高いとこ苦手(´・ω・`)










