ぼくらの時が、動くとき⑤ さーしーえー
ニョロニョロ〜〜(´◉ω◉` )
ザザぁぁ────……んん……。
ミャア…… ミャア……
『 わぁぁ──☆ 』
「…………」
中学の時に家族と行ったホームセンターで、
二階にひっそりとあった額装品の店に入った事がある。
外国の海沿いの街が描かれた絵に目を奪われた。
美しい碧の海と、蒼い空、青い屋根、白い建物の島。
窓の枠のような、白木の額縁だった。
ずっと見ていると、両親が探しにきた。
「ああ、これ、ギリシャよ! サントリーニ島、だったかな? あんたが大学生になって手がかからなくなったら、母さん旅行にでもいこうかしら!」
父さんが、好きにしてくれというような目で母さんを見ていたのを覚えている。
『 きれいだね、勇者さまぁ☆ 』
「………」
今、似たような港街が、目の前に広がっている。
確かに美しく、あの絵と、あの日を思い出した。
ぼくが17で消えてから、あちらの世界ではどうなっているのだろう。
ぼくらは、行方不明なんだろうか。
もし行方知れずの息子が出来ても、
母さんは旅行に行けただろうか。
……いや。
あの人はチャランポランな所があったけど、
いきなりぼくがいなくなったら、悲しんだに違いない。
「……都合よく、ぼくなんて最初からいなかったことになってたらいいんだ……」
『 ? 』
白と蒼の港街で、ぼくはもっぱらブルーの方だった。
船が見つからない事も、それに拍車をかけた。
「ここもダメだ」
『 ねぇねぇ勇者さまぁ、みられてるよぉぉ──☆ 』
「無視しろ」
金の鎧は目立つが、敢えて簡単にマントで隠すだけにする。
まだこの街では何もしていない。
堂々としていればいいのだ。
……まぁ、
キョロキョロする包帯王女と、
金ピカの騎士のような、ぼく。
それと、ニョロニョロお化け。
……目立っていた。
問答無用で、目立ちまくっていた。
あ、お化けは見えないんだったな。
船着き場は綺麗に全滅だった。
また、この貼り紙だ。
──────────────────────────
・ ・
ビフレビルレ大橋 倒壊のため
三ヶ月先まで予約いっぱい!
どうしてもすぐ渡りたい奴は
貴族用・乗客船の窓口まで!
・ ・
──────────────────────────
……いや、「奴」って書いちゃダメだろ。
ここは大きな河口と海が交わる街だ。
向こう岸は、かなり距離があった。
街の会話や、飲んだくれの与太話に耳を傾けるに、
どうも、一般平民は向こう岸に渡るのを、
ほとんど諦めているらしい。
品物を運ばなきゃいけない行商人や、
金でモノを言わす貴族などが、船の椅子を取り合っているようだった。
最初の船着き場で貼り紙を見た時、
何気無く西へ旅をしていただけのぼくは、
すぐさま進む方角を変えようと思った。
いちいち船で向こうに渡る理由なんてない。
街の地図を探していると、突然、
ロザリアに憑いた幽霊がニョロニョロ伸びた。
何事だと追いかけると、店先の絵の前にいた。
ニョロニョロは熱心に見ていた。
妙な絵だけど、心を惹くものがあった。
「……津波、か?」
この街の大きな河を横断するように、
津波のようなものが描かれている。
まるで災害のようだ。
つい、じっと見ていると、
頭にフルーツ籠を乗せたご婦人に話しかけられた。
「これ、よく描けているわ」
「……? 何か有名な物語の絵なんですか?」
「やぁねぇ金ピカさん。これは数ヶ月前のこの街よ!」
「……!?」
「ビフレビルレ大橋の下からね、突き上げるように氷が空に向かって伸びたの。もう、巨大な水しぶきが、そのまま凍ったみたいな氷よ!」
「っ! それで、橋が壊れたんですか……?」
「えぇえ。バラバラに、下から氷に突き上げられるように壊れていたんですって。すごい音がし続けた夜があったのよ! まるで、雷のような」
『 ──せんせぇが、とおったんだね☆ 』
「────ッッ!!?」
ロザリアが、的確に不安を突いた。
大きな河幅を全て凍らすような能力は、
確かに先生の『氷帝』しか思いつかなかった。
「みんな、その音に震えながら夜を過ごしてね。朝起きたら、あの巨大な氷が橋を貫いていたの。それでわかったの。あの雷みたいな音が、橋の太い柱が砕ける音だったって!」
「……、……」
「恐ろしい氷の魔物が通ったんじゃないかって、すごい騒ぎになったのよ。全ての氷が溶けるまでの一ヶ月くらい、氷から霧が出て虹が出たりしたわ……。あの氷は怖かったけど、巨大で神々しくて、とても美しかったの。だから、こうやって絵に……って、あなた、よく見ると凄い格好ねぇ!」
この絵は、津波じゃなくて氷なのか……!
ぼくはロザリアの目を見た。
本当に……先生は、西に……?
『 ──止めなきゃ、いけない 』
「…………、……くそっ!」
ぼくは数秒迷い、船を探し始めた。
で。
ダメだった。
「……貴族用の客船チケットは高すぎる。あーくそ、前に会った商人が金をすぐに欲しがったのはこのためか」
まんまと王女様に服を献上してしまった。
『 へへへ──☆ 』
……金がない。
大道芸で稼げる金は、人の数に比例する。
この街には人が多いが、ぼく自身、意図的に目立ちたくはない。
「……服ぐらい、王宮から持ってこいよ」
『 なくなった☆ 』
「あ、そ……」
『 カネトキは、わたしのあげたよろいきてる 』
「え……? これは訓練所で着ていた鎧の、サイズが合う箇所だけを引っペがした物だよ」
『 ていこくのよろいは、おうぞくからのおくりもの☆ 』
「さいですか……」
『 でも、いろがちがう! きれい! なんで、きんいろがいっぱい? 』
「……侵食されてるからだよ。まったく……」
こいつ、ほんっとキャラ違うな……。
調子が狂う……。
む、もう夕方頃か……。
宿を見つけないと。
くっそ。ぼく一人なら、
街を歩くか屋根の上でもいいんだけど、
この王女を、こんな人が多いところで、
夜中まで歩き回らせるのは─────、
ドンッ! タッタッタッタッッ────………!!
「いってぇ──!」
「──!」
『 れれ☆ 』
少し離れた所で、少年が誰かに突き飛ばされた。
突き飛ばした方は、こちらに走ってくる。
下卑た笑いだ。
すぐに、ピンとくる。
ダダダダダダダダ────!!
走ってきた男は、ぼくの姿を見て一瞬「ギョッ」とした。
自分の鞄から手を抜きやがった。
もう盗った物をしまったのか、中々はやい。
でも────。
「──"反射速度"──」
スローモーションの中で、狙うはもちろん……!
す・・・る・・・り・・・!
男がぼくから目線をそらし、横を通り抜ける瞬間、
"少年の財布"と、"男の財布"をスリ直す。
……ぼくのスキルは、世界で一番スリに向いている。
全財産を失ったスリの男は、
何も気づかずに走り去っていった。
(いや、流石に気づけよ……鞄の重さが違うだろ……)
と正直、思いながら、
男の財布をしまい、少年の財布を持って本人に近づく。
ていうかなんだこの財布! 重い!
こんな巾着袋にどんだけ入れてんだ!
「いてて……」
「おい、これ落としたろ……」
「え、えっ!?」
「こっちに吹っ飛んできたぞ」
ほんとはスられて、スり直したけど。
「かっ、かえせ!」
「かえすから」
小さな手が、ガッシと巾着袋を掴んだ。
っ! この少年は──……!
『 たかそうなふく──☆ 』
「わっ、なんだこの女は……!?」
この子、貴族だ……!
襟に宝石付きの白いシャツ。
金の刺繍が入った黒いベスト。
良い生地の半ズボン。
こんな貴族の子供が、巾着財布なんか抱えて何してる!
「お、おまえが拾ってくれたのか……」
「あ、ああ……」
「あ、りがとう、感謝する」
お礼は素直に言える坊ちゃんのようだ。
そこで、この貴族の少年の髪の色に気づく。
「……きみ、金髪か!」
「む? そっちも金髪じゃないか!」
「あ……」
最もだ。
ぼくは元々、黒いんだけどね。
こっちに来てから、金髪の人間を見るのは珍しかった。
「な、なんて派手な奴らなんだ……」
『 そーお? 』
「そうだよ! まっ金金にミイラ女じゃないか! 恥ずかしくないのか!?」
「……きみは鞄も何も持っていないな。その大量のお金を、そんな巾着に入れて持っていたら危ない」
見た目へのコメントをスルーして、指摘する。
こんな身なりの良さそうな貴族の子どもが、
袋を大事そうに持っていたら、
そりゃ、スリにとっては格好のエサだ……。
「だ、大丈夫だ! これはすぐ使う! 船はもうすぐそこだ!」
「! 船だって?」
「ああ! 謝礼を渡したいけど……父上は向こう岸だし。これは船代ピッタリなんだ! ゆるしてくれ!」
「お……」
タタタ……と、貴族の少年は走り去っていく。
ふむ……船。貴族用の、か……。
恐らく……格納庫も広いだろうな……。
「……ロザリア、追うぞ」
『 え──勇者さま、どうするの──☆ 』
──……。
「……──王女様、きみは"お荷物"だ」
『 え──勇者さま、ひどぉ──い☆ 』
……ま、ぼくも"お荷物"になりに行くんだけどね。
『 ふねのおかね、ないよぉ──☆ 』
「金を払う気はない」
ロザリア憑きの幽霊が、
やれやれ、と首を振った気がした。
((((;゜Д゜))))










