ぼくらの時が、動くとき③
力が、抜ける。
馬乗りだった。
「先生が生きているって……そんなハズ、ないだろ……」
『 ねぇ、おかお、みせて☆ 』
「だって、あの時、戸橋と、先生は……」
『 かめんを、とって☆ 』
「…………」
ロザリアの言動は、明らかに おかしかった。
どう見ても、幼児退行している。
包帯で顔が隠れているが、間違いなくこいつは、
あの落ち着きはらった王女のはずだ。
あの国の人間は、王を含めて、
あの時、皆殺しになったと勝手に思い込んでいた。
よく……生きていたもんだ。
だが生き残ったこいつも、
正常ではいられなかったのかもしれない。
「……ぼくの前に現れて、殺されるとは思わなかったのか」
『 それはいい。かお、見せて。あはは☆ 』
「……」
まるで無邪気な子供のようで、
ぼくは、毒気を抜かれていく。
無常感と、悲しみが湧く。
「……お前、どうやってぼくを追いかけてきた。何度も引き離してやったはずだ」
『 あはは☆ これ。"トレース"さん☆ 』
──ポワッッ……!
「───ッッ!! それはッッ!!」
彼女の包帯まみれの腕のすぐ側に、
青白い、小さな人魂のようなモノが浮いている。
この、湯気の塊のような光は……!
くらりと、する。
ぼくは、これをよく知っていた。
「──"名称呪文"……"ネイムドスペル"か!?
……戸橋が"名前抜き"をしたものが、まだ残っていたのか……!?」
『 へへへ、これね、あなたに、ひっぱられるの☆ 』
「……! ……、……!」
元王女が使っていたのは、
間違いなく、"言霊法"の力だった。
彼女の……戸橋の力は、
"言葉を力に変えるモノ"だったから……。
「……その、"トレースさん"は生きているのか」
『 あはは☆ ここにいるよ☆ 』
「……」
……それは、"名称呪文"として、
ここにしかいない、という事だろうか……。
「お前以外に、誰か生き残っているのか」
『 わたししかいない、わたししかいない、わたししかいない 』
……こいつはちょっと、壊れている。
『 でも、ギンガせんせぇは、いきてるよ☆ 』
「──!! お前が"先生"と呼ぶなッッ!! 先生が……あの怪我で生きているはす、ないだろぅ……!」
『 おとおさまを、つかったの☆ 』
「……は?」
こいつ……なんて言った?
『 カオコが、ああなったとき、おとおさまがしんで、なまえのチカラがとれたんだっ☆ 』
「──!!」
『 "リバース"を、つかったの☆ 』
「……ッッ、おま、え……!!」
戸橋のスキルの一つ……"名前抜き"は、
本人の"名前の言霊"からスキルを引き出すという能力だった。
このミイラ女の名前は、
"ロザリア・ロン・リバースレイブ"。
こいつの父親の王の名にも、
当然、"リバース"の言霊はあったはず!
リバース。つまり、"復活"……。
まさか……!
『 せんせぇはね☆ ふかんぜんに、ふっかつしたよ☆
おとおさまの なまえのちからは、
"リバース"より、"スレイブ"のほうがつよかったの☆ 』
「な……!!」
『 せんせぇは、、、くるったよ☆ "いけるどれい"として 』
「〜〜〜〜ッッ!!!」
そんな事、し、信じられるかッッ!!
あの時の先生はッ……!
氷の力は暴走していたけど、心はマトモだったじゃないか……!!
だから、最期にぼくは……先生から引き継げたッ!
でも……もし。
あんな暴走状態で、心が狂ったら……?
……──!
こいつ、"生ける、奴隷"と言ったか……?
"スレイブ"……"奴隷"……?
『 せんせぇは、さいごに おとおさまがいっためいれいを、まもるよ☆ せんせぇは、いまも、どれいだから☆ 』
「──! 王が先生にした……"隷属呪法"のことを言っているのか……?」
じゃあ、先生の心は……、
"隷属呪法"でも、"名称呪文"でも縛られて……?
『 あのせんせぇは、もう、こわれてたよ☆ みんなこおらして、どこかにいったよ 』
「……、……!」
『 せんせぇは、止めなきゃいけない☆ 』
「うそだ……」
『 勇者さまぁ☆ せんせぇを、"止めて"。
わたしを、ころしてもいいから☆ 』
「 うそだ…… 」
『 たすけて、ほしいの☆ 』
もしそれが本当なら、先生は、いまもどこかで…………。
『 あはは☆ あははは☆ 』
「おまえは……おまえはッッ、過去からの亡霊だッ……!」
『 ねぇ、かお、みせて☆ 勇者さまぁ☆ 』
「───ッッ!! ふざけんなよ……ッ!!」
へらへらと笑うロザリアに、再び怒りが湧いた。
「お前が……お前がッッ、父親の暴走を止めなかったせいで、どれだけの人が犠牲になったか、わかってんのか!? お前の国は滅びたんだぞ……ッ!?」
『 あはは……、あはは……☆ 』
「──見ろよっ!! 今もお前の側に、"ゴースト"が一人、取り憑いているぞ!!」
『 わからない、わたし、わからない……☆ 』
彼女の側には、
"言霊法"の力、"追跡"の言霊の他に、
もう一つ付き従っている光の塊があった。
ぼくのスキル、"眼魔"は、
魔素や魔術流路の流れを、光として捉えることが出来る。
ロザリアの側には、
モヤモヤとした"亡霊"が一人、
朝日の光に隠れるように、存在した。
「ロザリア……お前、"亡霊"に取り憑かれているよ……」
『 あはは☆ 勇者さま、なまえ、よんだぁ☆ 』
あの国で死んだ者の一人だろうか……。
ロザリア王女を怨みながら死んだ者は、少なからずいただろう。
まだ、魔物化はしていないようだけど……。
ここまで形を保ってコイツに憑いてきたのなら、時間の問題かもしれないな……。
『 あなたは、たすけてくれる。あなたは勇者さまよ☆ 』
「……! 〜〜〜〜ッッ!!」
能天気な発言に、イライラするッッ!!
こいつは幽霊ぶらさげながら、何を言ってるんだ!!
「ぼくは勇者なんかじゃない! それに……自国の亡霊に憑かれるような奴、ぼくは……助けないぞっ!!」
『 でも、とおりみちで、あなたはたすけた。たくさんのひとを、たすけた 』
「ッッ!」
『 わたし、ずっとあなたを、おいかけた。カオコのチカラで、おいかけた。みんないってた。きんいろのひとが、わたしたちをたすけてくれた、って 』
「そ、それは……!」
『 まちや、むらや、とおりすがりのひとを、あれからあなたは、たすけつづけた 』
「う、うるさい……!」
『 ほらぁ、あなたは勇者さまよ☆ 』
「ちがうっ……! 違うっ……! そんなんじゃない! ぼくは……勇者でも、正義でもない! これは……ふ、"復讐"だっ! ぼ、ぼくは見下しているのさッ! この穢らわしい力で助かった人達を、哀れんで、蔑んでいるんだっ!」
『 勇者、さまぁ、、、? 』
「ぼくは、心のどこかで……助けた人たちを嘲笑っている! きみらを助けた奴は、ただの人殺しだと……」
『 でも、あなたのあとには、えがおがのこるわ☆ 』
「ぐ……ッ!! お、前と、しゃべっていると、頭がおかしくなるっ……!」
ぐらり、ぐらりと、立ち上がる。
反吐が出そうな会話とは裏腹に、美しい朝だった。
『 ねぇ、勇者さまぁ☆ せんせぇを、さがさなきゃ☆ 』
「っ!! わか、るかよ! そんなの……こっちの世界も広いんだ……! お前! もう、ついてくるなよ!」
『 へへへ☆ へへへ☆ ねぇ、勇者さまぁ☆
かめん、とって☆ 』
「こいつ……!」
木々の隙間から漏れる光のカーテンに、
彼女の側に憑く"亡霊"が、ゆらゆらと、
まるで、笑っているかのように揺れた。
こうして。
黄金の盗賊と、包帯まみれの元王女、その国の亡霊。
わずかな時間の、三人の旅が始まった。
+ ∩ ∩ 耳相撲なら負けん。
●(ฅ˙꒳˙ฅ)●










