ポタタづる式スパイラル
「"ヒキハ・シナインズ"から依頼を受け……」
「……秘密裏に"魔物を討伐"した〜〜〜〜!!?」
拝啓、故郷の父さん、母さん。
今、私の前で、
ギルマスと受付嬢が、びっっっくりしています。
「はは……そうなります、ね」
「……あによ……しかたないでしょーよ」
「いや……しかたないっていうかですね……」
「おまえ……相手が誰だかわかっているのか……」
「……おっっっぷぁい」
「っ!? あああアンティ!? そろそろ私だって、怒りはじめますわよぉぉぉ──!?」
ドニオスギルドの執務室。
テーブルを囲んで、四人で座っています。
1人だけ、大きさの比率がちがうけどね。
みんなの目の前には、
キッティが入れてくれた紅茶。
「にょんやぃ?」
あ、私ミルクは要らん。
砂糖を少しでよいです。
「にょや!」
……あんたなんで給仕してんの?
うお……トングで角砂糖つかむとか、どんだけ……。
──ポトん。
「……ありがと」
「にょんやぁ〜〜!」
「あ、うさ丸、私にはミルク、いただけませんか?」
「にょんむぅぅ〜〜……?」
「そ、そんな顔しないでくださいよ……私達の仲でしょう?」
「……にょんむぅ、にょ〜〜きぃ〜〜」
ポトポトポト──。
うさ丸が、しぶい顔をしながら、
ヒキ姉の紅茶にミルクを注いであげる。
「やれやれ、しかたねぇ〜〜なぁ〜〜」感がすごいわね……。
てか、なしてこの子、紅茶の飲み方理解してんの?
ヒゲイドさんとキッティは、
さっきの乳の件で、ある程度、
ヒキハさんがどういう乳なのか、わかったようだわ。
なんか、必要以上にビビってるみたいだったわね?
弾力にビビっても、性格にビビる必要はないのよ。
……。
思わず、自分の両の手のひらを見る。
……わっしゃわっしゃ。
「だんりょくぇ……」
「あの、ヒキハさんって、うさ丸の事もご存知なんですねぇ……」
「え! ええ……。一緒にアンティの家でお食事しましたし」
「……!? ちょ、バッ……」
「「────なッ!!?」」
ガタムッ……!!
あああ──!!
ギルマスとキッティが、
ソファから半立ちになったぁ────!!!
こんの羊ッ……余計な事を……!
「えっ……?」
「……おいアンティ、おまえ……"実家"に、ヒキハ・シナインズを招いたのか?」
うわぁ……!
ヒゲイドさんの目がこわわわわぁぁ……!
でかい魔王ソファから、身を乗り出しているの!!
ひぃぃい、こわぁあにらまんとってぇええええ!!!
"お前、よけいな事をしゃべってないよなぁ?"
──でふねよくわかりまふ!
や、やばばばばばば……!
「あばばばばばばば……!」
「ていうか、うさ丸もついて行ったんですね……アンティさんのおウチ」
「にょきっとなぁ〜〜!」
「あの……ええと、秘密の方が良かったのですか?」
「うううぅ〜〜あほぉぅおおお〜〜……!」
今さらだろぉがぁぁあ〜〜!!
「……はぁ──……、呆れたな……その様子だと、かなりしゃべっちまってるな? 俺がせっかく、かばってやろうとしたというのに……」
「! ヒゲイド殿、あなたはやはり、アンティの秘密を!」
「……さわりだけは、知っている。こいつは自分の事を隠したがるからな。ふ、俺もよく、"郵送配達職"なんぞにしちまったもんだ……」
「──! しかし、それは名案かも知れません! こんな格好をした郵送配達職が、あんなに圧倒的に、レッドハイオークを倒せるなど、信じられませんから!」
こんなぁいうなぁ……。
「えぇ〜〜、アンティさん、そんな圧倒的だったんですか?」
「超苦戦したわね」
「嘘おっしゃい……空中から一発で殴り倒して、地面に刺さってましたでしょう……」
「「…………」」
「ヒキ姉、乳と一緒に今日、泊まりなさいな? お風呂で直に揉みしだくわ」
「アンティ! あなたもですかッ……!」
「!? えっ、ヒキ姉ッッ、彼氏いんのッッ!?」
「ちちち違いますよ!! あなた私に恋人いないの知ってるでしょう!!」
「え、そだっけ?」
「ほ、ほらぁ! レッドハイオーク、吹っ飛ばした後にィ……」
「わぁ……ギルマス、この二人、ホントに仲良さそうですよ」
「そうだなぁ……騎士と盗賊なのになぁ……キッティ、もう一杯くれ……」
「あ、はぃ……で、アンティさん? 結局今回のアレ。アンティさんで間違いないんですよねぇ?」
「え……」
ピタッと、動きをとめる……。
その……。
「えと、アレっ「"炎の玉"、"光の柱"、でぇーす!」ぅぅ……」
キッティにダメ押しされてしまった。
ヒゲイドさんの、回答を待つ視線。
ヒキ姉の、申し訳なさそうな視線。
沈黙。
……うぅぅ。
「……ヒキ姉の依頼は、"ラクーンの里を守る事"だったの……」
「! ほぅ……」
「それって……防衛依頼、ということですか?」
「アンティ……すみ、ません……」
「しばらくの間、ずっと、魔物の襲撃が止まらなかったのよ……それでヒキ姉が、知り合いのラクーンの夫婦に依頼されて……」
「! ロビーにいた、あの夫婦か! そして、お前にお鉢が回ったということだな……しかし、わからんな。ラクーンの作る柵は、この街には劣るが、森の中では、なかなかに強固なものだ。そんなに魔物が大量発生していたのだろうか……」
……ちぇ。
このメンツだしな……。
見せた方がはやいか。
────シュバっ!!
「「「 !!! 」」」
金のグローブの手の平。
バック歯車から、大きな焼き魚が出現。
改めて見ると、なっが。
私の身長よりも長い。
あ、こおばし〜〜い香りが……。
「……こいつ。ぜんぶで500匹くらい、空から来た」
「アンティ!! 500と言いましたかっ!?」
「……!! キッティ、これは……」
「そんな……"ドラゴンデライド"ですね。成体で、かなりの大きさです。氷と水の魔法を使って飛行する魔物と言うことがわかっていますが、その原理は、いまだ解明されていません」
「飛行……!? これは、フィッシュ系の魔物では!?」
「あ……ヒキ姉は、これ見たことない?」
「アンティ。当ギルドでは、その魔物は、非常に珍しいと認識している。水が大量にある静かな場所の、ずいぶん深い位置に生息するとだけ、わかっている。ごくたまに浅瀬で数匹見かけられ、空を舞いながら氷を放つ魔物として、驚かれるのだ」
「そう、なんだ……」
「そんな……! 空を飛ぶ魔物など、500匹も来たら……! 柵だけしかないラクーンは……!」
「うむ……ラクーンの柵は、街のような、"結界柵"ではない。本来なら、壊滅的な被害があっただろうが……。アンティ、良い香りだな、食えるのか?」
「いっぱいあるわ。どうぞ」
「……もらおう」
でっかいヒゲイドさんに、でっかい焼き魚をわたす。
湯気にのって、身と、塩の香りがする。
躊躇なく、大きく、かぶりつく。
「……はむ、む、ぐもぐ……、……! うまいな……!」
「あ、ぎ、ギルマス……私も」
「えと……あの」
「ほれ」
ギルマスが指で身をつまみ、ペリペリと剥がす。
けっこう大きくて、細長く30セルチくらいある。
2枚。
キッティとヒキ姉が、受け取った。
「はむ……あ、おいひい……流石でふわね……」
「むぐ、む、う、うまぁ……アンティさん、この魔物、けっこう研究してる学者さん多いんですよ……?」
「うぇっ! そ、そんな貴重な焼き魚だったのね……」
ヒゲイドさんが食べてる魚を見て、
そんな希少な魚をあんだけ派手に振舞ったのかと、
ちょっと複雑な気持ちになった……。
まぁ、いいか!
柵の修繕で、みんな疲れてたかんね!
よい滋養になったはずだわ!
「にょ……むぅ……」
……机の上で、うさ丸がうとうとしている。
ふふ、のんきなもんだわ。
あんたも希少なラビットだこと。
「ふむ……アンティ。500匹、焼き払ったな?」
「うぐっ」
「あ──……そゆことか……」
「ええっ!?」
「やれやれ……自分で先ほど、"いっぱいある"と言っただろう」
「ああ……私のあほ……」
「はは、アンティさん、ホント隠すのヘタッピですねぇ……もんぐ、うっま!」
「あの……ヒゲイド殿。アンティが、"焼き払った"、というのは?」
「ヒキハよ。お前ももう、聞いているだろう。"爆発する火の球"について」
「……まさか」
「こいつは単騎討伐で、ゼルゼウルフを燃やし尽くす程の腕だ」
「──!? アンティ!! それは本当ですかッッ!?」
「うぇぇえ!? それって、そんなすごいことなのぉ!?」
「あんな速い魔物に、炎系魔法を延焼するまで放射し続けるのは、非常に難しいですわよ! 一般的には、雷魔法で痺れさせて、針を削ぎながら身を削るしかありません!」
「全く、お前はどんな規模の炎系魔法を使えるんだか……」
「アンティさん、ヤバイことしてますよ──」
「そ、そうだったの……」
「こいつは俺のパンチを余裕で避けるからな。速さもある。あの時はびっくりしすぎて、寸止めするのを忘れたくらいだ!」
「あぁあ!! あれめっちゃ怖かったんですからねッッ!?」
「ギルマス……女の子にあんな風にいきなり殴りかかっちゃダメですよ?」
「む……そ、それはその、スマン……」
「ヒゲイド殿……あなたもAランクの冒険者だったと記憶しているのですが……。それに匹敵する速さに、莫大な、炎魔法……」
「ヒキハよ。お前はこいつの事を、王都に報告するつもりなのか?」
「……!」
……ちょっとだけ、張り詰めた空白。
でも。
「……いえ。私はあなた達に、恩が、ありすぎる」
「!……"達"だと?」
「あなた方が、彼女を送り出してくれなければ、私を含め、幾つもの命が、奪われていた事でしょう。アンティ。あなたに、その……どうお詫びをしていいのか……」
……。
……ちがう。
「……べつにいい。おっぱい揉んだしさ。さっきはあんな事言ったけど、アレ、誰かが行かなきゃ、やばかった。ほんとに、やばかったの……。私が間に合えて、よかった……」
「アンティ……」
ヒキ姉が、少し目を閉じて、
グッと、何かを堪えている。
「……愚かしいと、笑ってください。私は王都の騎士でありながら、"情"にあてられているのです。彼女のことを、王都に言う気はありません」
ヒキ姉の言葉を聞いて、ヒゲイドさんとキッティが、
ちょっと目を丸くした後、同時に微笑んだ。
「くく……なるほど……では、同じように、黄金の英雄に"情"が移った者が、ここに集まっている、というわけだ」
「なんか親近感湧いちゃいますねぇ──!」
「あ……あなた方も……!」
お、おおぅ……なんだこれ、小っ恥ずかしいぞぉ──?
私を中心に、なんか集まってるぞぉ──?
お礼言った方がいいかな……?
焼き魚なら、食べ放題だよぉ……?
「アンティ……今、この執務室には、"隠蔽"のジェムが使われている」
「!?」
「そうなのですか」
「あ、お2人とも、羊さん調教ごっこで、気づいてませんでしたねぇ〜〜?」
「「…………」」
「先ほどの羊の悲鳴も含め、今から話すことは、外には漏れん」
──!
それって……"今は秘密の話をする時だ"ってことだよね……?
「アンティ。ドラゴンデライドが500も生息できる水量があるのは、レエン湖だけだ」
「……」
「レエン湖で何かが起こった。そうだな?」
「……」
「お前は、調べに行き、知った」
「……」
「"光の柱"で、何を倒した?」
「……」
……なんだよ。
やっぱり、バレるんじゃないか。
私、嘘はきらいなんだよ……。
みんなも、そうでしょう……?
「あの……ヒゲイド殿……」
ヒキ姉が、なんか、気を使い出す。
ちがう。ヒキ姉が、どうこうってんじゃないのよ。
あれは、ちょっと、大きすぎるの……。
「……言っても、信じないモン……」
「「「──!!」」」
……。
ちょっと、規模のでかさに、ビビって、すねる。
「俺に、言っては、くれないだろうか……」
……!
ヒゲイドさん……
……そんな、言い方、なんか、卑怯だよぅ……。
……。
……。
……ま。
「 ……まおうが、いた…… 」
「「「…………」」」
「……」
な、なんだよぅ……。
ほらみろ、変な空気になったでしょおよぉ。
だから言いたくなかったのよぉ。
うえ〜〜ん。
「……ふぅ」
ぎしり、と。
ヒゲイドさんが、大きな大きなソファの、
背もたれを、鳴らす。
キッティとヒキハさんは、キョトンとして、
ヒゲイドさんの方を見る。
「……倒したか?」
「ふぇ?」
「倒しきったか? 魔王……」
「……うん、消した」
「……そう、か……」
「ギルマス……? えと……」
「ヒゲイド殿……?」
「……」
「「……」」
……てっきり、バカにされると思ったけど、
変な空気になった。
みんな、次にどうしゃべっていいか、わからない感じ。
自然と年長者が、口火をきるのを、待ってしまう。
「ふ……じゃあ、"お祝い"せんとな」
「「「 ! 」」」
「アンティ、お前どうせ、飲み物やら食い物やら持っているだろう。さっさとここに出せ」
「うぇ!」
「……! アンティさんのフルコース……!? そ、それは、楽しみです……!!」
「ひ、ヒゲイド殿……?」
お、おいちょっと……、
なぜ私が、たかられる構図に……?
キッティが寝ているうさ丸を机から膝にのける。
え! なに。料理、出せってか!
あれ!? まおうについての突っ込み、そんだけ!?
「なんだ、材料費くらいなら、払ってやるぞ?」
「いや、そういう問題じゃないっていうか……」
「大丈夫だ。ここにいる人間は、誰もお前のことを言いふらしたりせん。そうだろう?」
いや、なぜそういう返しになる……。
あれ、これもしかして、
「魔王たおした」って、イタイ子扱いされてないか……?
……ふと、気づく。
キッティとヒキ姉が、優しく微笑んで、
こちらを見ている。
……バカにしているような表情じゃあない。
"ぜったいに言いませんよ"というような、
決意がにじみ出たような笑顔だ。
……。
「……はぁ、じゃあ、"お祝い"、しましょうか」
「ふ……」
「わ〜〜い!」
「くすくす……」
よくわからんが、ここにいるみんなは、
どうやらとても、仲良くなれそうだ。
それは、嬉しいかな?
私が料理を取り出す度に、
キッティが、「おおっ!」とか驚く。
アンタにはけっこう食べさせてるでしょうに。
ボール・サラダを取り出した時、
ほっ、と息をはきながら、
──ヒゲイドさんが、言った。
「……ふう、やれやれ。しっかし、先ほどの俺の苦労は、実にバカらしいな。王都から、あのヒキハ・シナインズが来たというから、実はお前が"Gsランク"だの、"プレミオムズ"である事など隠そうと気を回したのに、まさか実家に招くほどの友人とはな……」
────────ガコォんん──!!!
私の手から、サラダ落下。
涙目で、ギルマスを、見る。
「む……?」
……ふるふる、ふるふる。
し、しらない、しらない。
ヒキ姉、私のランクと、ぷれみおむずのこと、
しらやい、しらやいよぅ……!
「……──なっ!?」
やっちまった……。
ヒゲイドさんが、私の首の動きと涙目で、察する。
ゆっくりと、ヒキ姉の方を見る。
「 」
面白い顔のカタチで、とまってた。
「え、ヒキハさん、知らなかったんですね。もぐもぐ」
キッティ、空気読め。
「あ……あのね……ヒキ姉ね……?」
「 」
……お〜〜い。
うごけぇ〜〜〜〜。
────ガッ!!
「ぅ、わぁ!」
「ああああああああああアンティぃぃいいいい!!? ああああああなたッッ!!! "隠れSランク"だと思ったら、ガチでSランクですのッッ!? それって、正式登録されているということですかッッ!? あなた、王の許可はいただいたのですかッッ!?」
「あばばばばば……」
ちょ、まて、肩揺らすな。
や、やめ、ちょ……。
「そそそそれって無断登録じゃないですかぁぁああ!!! バレたらシャレにならないですわよぉぉ!? そ、それに……ぷぷぷプレミオムズッッ!? あなた何考えてるんですかッッ!? それって私のお姉ちゃんも知っているのですかッッ!!?」
「ひ〜き〜ね〜ぇ〜、はなしてぇぇ〜〜、ぷれみおむずは、私のせぃじゃねぇ〜〜……」
「……なんてこった……」
「ははっ、ギルマス、やらかしましたねぇ〜 もぐもぐ……」
いや、キッティ。
あんた呑気にロールキャベツ食ってんじゃないわよ。
助けなさいよ……。
動揺した羊は、ろくな事にならんのよ……?
「──あなた、どうするんですかぁぁあ!! その頭で回ってる、"時限結晶"のこと、隠さなきゃまずいでしょおおおおおお!!?」
───ぶっフォ……。
…………。
キッティが、ロールキャベツの汁、ふいた。
……。
…………。
…………ほらぁ、みろぉ……。
再び、涙目。
「……え?」
それを見て、冷静になるヒキ姉……。
ヒキ姉、しらない……。
ヒゲイドさんとキッティ……。
"時限結晶"のこと、
しやない、しやないよぅ……。
「ま、まさか……」
「……あほお〜〜、ひつじのあほぉ〜〜……!」
マフラーの胸ぐらを掴むヒキ姉と、
ゆっくり、同時に、ヒゲイドさんを見た。
「………アンティ……ちょっとおじさんと、お話しようか……」
「うわわわわぁぁぁああ〜〜〜ん!!!」
ギルマスが、とてもシブい顔をしていた。










