えんえんえんま!
「どっはっは〜〜……ふぅ……」
「…………」
エンマさんが、
急に怒りだしたと思ったら、
急に爆笑しだした!
何なのよ、もぅ……。
右手の包丁を、
左手で庇いながら、
恐る恐る、しゃべりかける。
「あ、あの……」
「……すまんかった」
「えっ」
えっ……。
急に、土下座された!
「えっ、あのっ、」
「……"家族"か」
「えっ?」
エンマさんがポツリと呟き、
ゆっくりと、頭をあげる。
「……ひとつ、聞かせてくれんか」
大聖堂の床で正座しているエンマさんは、
落ち着いた目で、こちらを見ている。
「は、はい? 何でしょう」
「その包丁には、"意思"が宿っておるのか……?」
「……──!」
えと、どうしよう……。
ヨトギサキが、"魔刀"だって、
隠した方がいいのかな……。
でも、さっき、ぴょ────ん! って、
私の手に、飛んできたの、見られちゃってるしな……。
ただの包丁じゃないのは、バレてるよね。
…………。
「……はい」
「! ……そうか、やはり……」
つい、言ってしまった。
ずいぶん、気が静まったみたいだ。
さっきは、何であんな怒ってたんだろう……。
でも、今はそんな感じはしないわ。
なんだか、ホッとしてるような……?
「おぬし……その包丁と"しゃべった"ことはあるかの……?」
「! ええ、黒髪の綺麗な女の人ですよ」
「──! なんとっ! そやつはおなごじゃったか! ……なかなか苦労したからの……そりゃ嫌われような」
「えっ、えっ?」
き、嫌われる……って?
「……ヌシは、その包丁に信頼されておるのぅ!」
「……! は、はい……?」
「真っ先に、おぬしの元に、"逃げ"よった!!」
「は、ははは……」
"信頼"、か……。
…………。
「……どうした、くらい顔をしよって」
「…………」
……サキに。
魔物に襲われて、助けてもらってしまった。
情なくも、また、その事が思い浮かぶ。
──ペタンと。
床に、足を崩して座る。
エンマさんも、正座から胡座になった。
「……私、この包丁で、料理しかしないって、決めてたんです……」
何でか、話したくなってしまった。
クラウンや、仮面先輩、サキでさえ。
みんな多分、気にするな、と言う。
でも、ここは、"大聖堂"だ。
敵がいなくなって、
ちょっと落ち着いて……。
ほんの少し、身内とは違う人に、
"懺悔"してみたく、なったのだ。
「……決めてた、とな?」
「ええ。私の、ちっぽけな"誓い"でした。それを、ちょっと前に、破ってしまったんです……」
「……何か、その刃を使って、魔物を倒してしもうたのか?」
────スッ……。
黙って苦笑いをし、
長椅子の上の、ブロック肉を指さす。
「! ……それで一瞬、あのような顔をしよったか」
「顔に出てましたか?」
「"タウロスのステーキ"と、ワシが言った時に、のぅ」
「はは……」
手元の、綺麗な包丁を見る。
私は、彼女に信頼してもらうに、
値するのだろうか?
「──アンティ、そやつもしや、勝手に動きよったか」
「──え?」
勝手に──……?
え、えと、実際は、ひ、憑依された?
ま、まぁ、勝手に、とも言える??
「は、はい……」
「どはは、やはりそうか……ふむ」
エンマさんの雰囲気が、
随分と落ち着いたものになった。
胡座で、膝に手を当て、
赤いヒゲを揺らしながら、言う。
「おぬしの、"料理にしか使わん"という誓いは、"信念"じゃ」
「! ……はい」
破ってしまった、信念だけど……。
「ふ……それほどの"刃"を、料理に対して使う……うむ、よい! そのおぬしの信念、ワシは好きじゃ!!」
「! えと、ありがと、です」
「信念というのは、とても大事じゃぞ。それは、心の"芯"になりよる」
「"芯"……」
わたしの……。
「"芯"がキチッと一本通っておれば、多少やり方がマズくても、それは、人に伝わるものじゃ。物でも、言葉でも、それは同じじゃ。逆に、芯のない言葉は、いくら重ねても意味がなく、最後はポッキリと折れよる」
「お、折れ……」
「おぬしには、よい"芯"が見える。外側の黄金を、しっっかりと支えておるわ! 自信を持てぃ──!!」
「──!!」
まさかの、激励だった!
ちょっと、元気が出るような、そんな言い方。
でも──……。
「……でも、私、その、"誓い"を──……」
「そしてな……ヌシは、ひとつ大事なことを失念しておる」
「……──?」
「その包丁には、"意思"があるのじゃろ」
「はい」
「そやつは、おぬしの"家族"じゃな?」
「はい」
「当然、その刃にも、"芯"はある──!!」
「──!」
「"家族を守りたい"という、当然の"想い"が──」
「あ──────」
そうだ。
あの夢の中で、サキは────。
「おぬしの"芯"は、折れたのではない。もうひとつの"芯"が、重なったのじゃ!」
「かさ、なった……」
「その包丁が、意思を持つ限り、その心は、お前を守ろうとするじゃろう。何故なら、おぬしの"芯"を、そやつも好んでおるからじゃ!」
髭面を破顔し、自信まんまんに、
エンマさんは、言った。
「そやつがおぬしを助けたのは、おぬしの"芯"が、折れんかったからじゃ! 誇りに、思うがよいぞいッ!!」
「────折れな、かった……?」
私が、約束を守ったからこそ、
助けてくれた……?
サキの震えは、もう止まっている。
刃波が、金と黒の光をかえした。
私は、ほぅっとして、それを見ていた。
「……気持ちは少し、軽ぅなったかね?」
エンマさんが、少し身を屈め、
髭まみれで微笑みながら、問いかける。
「……ふふ、ありがとうございます。でも私、もう、サキには手出しさせませんよ! ……料理以外は、ですけど」
「!! そやつの名は、サキと言うのか!!」
……───!
ふふ、そうよ。
ちゃんと、家族は紹介しなきゃね!
「───"ヨトギサキ"。私の家族の名です」
「"ヨトギサキ"────!」
エンマさんが、胡座のまま背を伸ばし、
パァンと、自分の膝を叩いた。
「──このエンマッ、確かに聞き申したッッ!!」
「うえっ」
何故、急にテンションが上がるのよ……
ドワーフ、よぅわからん……。
……──ぐぎゅるるるるるるる──……。
「「…………」」
すっげぇ音したわね……。
「……もう、エンマさんが、急に怒りだすからですよ?」
「どはは、返す言葉がない……」
牛肉は、滑らかに切り分けられた。
(*´∀`*)かば、待機中。










