と、とんだぞっ!?
私の手に握られた、金を包む、黒の包丁。
この肉を、サキで捌く事に、
思う所が、ないわけじゃない。
でも、ここでやらなかったら、
逃げてるだけのような気がした。
大きな肉に、包丁を向ける。
「……──ぬ、し……」
「──え?」
ヨトギサキの事に思い浸っていて、
エンマさんの異常に、気づくのが遅れた。
え……な、なに……?
「え、エンマさん?」
「お、お、おぬし……どこでそれを……!!」
エンマさんは、私の包丁を指さして、
ぷるぷると震えてる?
……っあ!
え、エンマさんって、旅の鍛冶屋なんだよね!
も、もしかして、ヨトギサキ……この包丁が、
"魔刀"だって、気づいちゃったのかな……。
私の脳裏に、初めてサキを見た時の、
ヒキ姉の顔が思い浮かぶ。
ま、まさか、エンマさんも刃物マニア……?
「あ、あのですねエンマさん、この包丁はですねぇ……」
「……──盗んだのか──?」
「は ──?」
────────、
──────、
────……は?
「……はァ?」
あんまりの言葉に、
素で、あんぐりと口があいた。
この、ひ、と……なに、いってんの……?
「ぬす、ん、だ──?」
「お、おぬし、その包丁は、ただの包丁ではない! 見よ! その空気をも裂きし、優美なる刃を! ヌシほどの実力者じゃ! その刃の価値に気づき、手に入れよったな!?」
「な、な!? え、エンマさん、急にどうしたんですかっ!? なんで、そんなッ!!?」
驚きがある。
さっきまでのエンマさんは、
ひょうきんで、愉快なドワーフさんだった。
なのに何故か、今は、"怒り"のような覇気を感じる!
えっ、えっ!?
────怒ってる、の!?
なに!?
なにが起こったの!?
「おっ、おぬし! それは、おぬしのような者が持っていてよいものではないっ!! やはりおぬし、盗っ人の類であったか!!」
「なっ……!!?」
な、何なのよいきなりさ!!
これは、私が父さんと母さんから譲り受けた、
大切な包丁だ!
何故、私が持っていちゃダメなんだ!!
かなり、カチンとくる!
ああくそっ、でも、
実家の食堂の事は、もちろん話せないし……!
な、なんでエンマさんは、
包丁を持っているだけで、
こんなに私に突っかかるんだ!?
まさか、魔刀だからなのっ!?
危なそうなスキルを持っているから!?
でも、この包丁に宿る意志は、
優しく、高潔だわ!
何も、危険なことなんてない──!!
それを、いきなり盗っ人呼ばわりなんて……!
「たっ、確かに私はこんな義賊の格好をしています! でも、これは、盗んだモノなんかじゃありません!」
「いいや、信じられんっ! 現に、それは……!!」
エンマさんの表情に、明らかな怒りと、
疑いの眼差しが見て取れる!
な、によ、何なのよぅ……!?
あ、サキを、ずっと右手に持ちっぱなしだった。
こんな、怒ってる人の前で、
包丁を持って、しゃべりたくない。
相手を刺激しそうだ……。
とりあえず、横にあった大聖堂の長椅子の上の、
お肉とまな板の横にヨトギサキを置き、
エンマさんの方へ向き直る。
「エンマさん、急に何なんですかっ!? おかしいですよ! いきなり怒りだして!」
「おかしいのはおぬしじゃあ! なぜ、それを持っておるのだ!」
…………ヴヴヴヴヴヴヴ……。
ん? なんだ、この音……。
え、あ、いや、それどころじゃなァ────い!!!
「え、えと、この包丁はですね……」
ジロり、と。
エンマさんが、長椅子の上の包丁を見る。
その後、もう一度、私の方を見た。
ご、ごくり……。
髭面のドワーフさんの顔って、
怒るとかなり怖いぃ……!
な、なんでよぉ、なんでそんな顔で見んのよぉ……!
…………ヴヴヴヴヴヴヴ……。
突然の怒りを受けて、
私は完全に萎縮してしまっていた。
それを見計らったのか、
エンマさんが行動にでるっ!
「とっ、とにかく、これは返してもらうっ──!」
「──えっ、ちょ──!?」
エンマさんが、置いてある包丁に、
ゴツい手を伸ばす────!!!
────その時、
──えらい事が起きた────。
置いていた包丁が────……、
─────────ぴょ─────────んっ!!
「─────なっ────!?」
「────っわっ─────!!!」
─────私の方に、すっ飛んできた──!!
「ちょ! おっ──!」
いきなりの事に、ビビる!
うおっ、旋回しながら、包丁がくるっ!!
─────ひゅんひゅんひゅん、
────────────────パシッ!
「…………ほっ」
元通り、私の右手に、戻った……
な、ナイスキャッチ、私。
「な……な……?」
エンマさんを見ると、流石に、驚いたみたい……。
包丁が、ひとりでに飛んで、私ん所にきたからね……。
さっきまでの怒りの表情は抜け、
いまは、呆気に取られてる。
…………ヴヴヴヴヴヴヴ……
「わっ……」
エンマさんの表情に気を取られていると、
手の中の家族の、異変に気がついた。
────ふるえてる……?
「……あの人が怖いの? サキ……」
小声で、包丁に話かける。
でも、エンマさんにも、聞こえていたかもしれない。
小刻みに震える包丁は、
私の金のグローブと触れて、
微かな振動の音を、周囲に響かせていた。
「……ふるえて、おるのか?」
ほら、エンマさんにも、聞こえちゃってる。
でも、今のエンマさんには、
さっきまでの怒りんぼうな感じはしない。
……説明するには、今しかないわ。
ええと、食堂のコトは言えないから……。
恐る恐る、しゃべりだす。
「あの……エンマさん、詳しくは話せないんですけど、この包丁は、ある大切な人達から、私が直接、受け継いだものです……」
惚けた顔で、エンマさんが、私を見る。
「……"受け継いだ"、とな……?」
あ……話きいてくれそう。
「……はい。その、この包丁が貴重なモノだと、確かに私も理解しています。でも、断じて……断じて! 盗んだりした物じゃあ、ありませんっ……!」
少し、語尾が荒んだ。
気持ちがこもってしまったんだと思う。
これは、父さんらから譲り受けた、
私の誇りのようなものだ。
それを、盗んだなんて、思われたくはない。
それに、この包丁には、優しい魂が、宿っている。
もう、充分すぎるくらい、愛着があるわ。
私以外の、誰にも触らせたくはない。
あの、夢の中で会った、気高い趣の彼女が、
こんなに、震えてしまってる。
今度は、私が守ってあげなくちゃ。
「わたし、この包丁が、大切です……! もう、家族みたいなモンです! この子、とても怖がってるわ。エンマさん、どうか、落ち着いてください……!」
「"家族"……」
エンマさんは、まだ惚けた顔で、
指をさしたまま、止まっている。
でも、今見ているのは、包丁じゃない。
……私?
……私を見てる……?
「……"受け継いだ"……"家族"……"金の目"に、"金の髪"……? お、おぬし、まさか……?」
な、なによぅ、なんなのよぅ……。
ボソボソ言ってて、よくわかんないわ……。
クラウンなら聞き取れたかな。
エンマさんが、
なんて言ってたかクラウンに聞こうとしたら、
いきなりエンマさんが─────、
「……────どわっはッッはッはっはっはッッ!!!」
「──うえっ!?」
────腹を抱えて、大笑いし始めた。
「どはっはっはっはっは!!! そ、そうじゃったか! な、なんじゃ今のは!!? と、飛びよったぞ!!? ほ、包丁がっ、どわっはっはっは、ぴ、びょ───んて!!! どわっはっはっは────あ!!!」
う、うわぁ……!
何なのよこの人……。
さっきまで、めっちゃ怒ってた風なのに、
いま目の前で、床でガッシガッシ、
笑い転げてるんでスけど……。
…………ヴヴヴヴヴヴヴ……!
わぁ。
ヨトギサキ、めっちゃ震えてるわね……。
大聖堂中に響きまくる、
エンマさんの笑い声が、怖いのかなぁ。
な、なんか印象と違うな。
夢で会ったヨトギサキは、
凛としていて、ちょっとやそっとじゃ、
怖がったりしないような、
かっこいい系の、女の人だったんだけど……?
「……あ、あの、エンマさん? なんか、この包丁、エンマさんが怖いみたいなんです。デカい声で笑うの、止めてくれませんか?」
「どわっはっはっは──!!! そっ、その包丁、ワシが怖いと抜かしよるかっ!! どわっはっはっは───!!! こらたまるか!! どわっはっはっはぁ──!!!」
…………ヴヴヴヴヴヴヴ……!
「…………」
その後、
エンマさんが、5、6フヌ笑い続けている間、
ヨトギサキは、ずっと震えっぱなしだった……。
なんなん……。
どうしたんさ、ふたりともぉ……。










