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問おう 彼女は普通だったか?

 


 アンティ・キティラは、割と普通に育った。



 彼女の生家は、街で一番最初にできた食堂で、

 赤ん坊の頃から、お客まみれだった。

 皆が、一度は足を運び、

 金の眼と、金の髪を、目にした。


 父と、母は、ごく普通に、彼女を愛した。

 元気で愛しい、一人娘だ。

 健やかに育っていき、店もよく手伝い、

 彼女は自他ともに認める、看板娘になった。


 店には、老若男女問わず、人がくる。

 彼女はたくさんの人と触れ合う。


 たくさん話し、

 たくさん見て、

 たくさん聞いて、

 たくさん笑った。



 9歳になる頃、彼女は、

 街のほとんどの人の名前を暗記してしまった。

 性格や、家族構成や、常連の誕生日まで。

 彼女は、一度話した人の笑い方や、

 大切にしている事を、忘れなかった。

 久しぶりに食べに来た食堂に、

 自分の事を覚えていてくれる看板娘がいる。

 食堂が、流行らない訳がなかった。



 11歳の頃、転機が訪れる。

 街に侵入したウルフを倒した、

 同じ歳の冒険者に、憧れたのだ。

 それは、歳相応の子供の、ごく普通の、憧れ。


 親に頼み込み、魔法学院に入学し、

 彼女は、大きな挫折を味わう。

 自分だけが、魔法の才が無かったのだ。


 自分への情けなさと、

 両親への申し訳なさが渦巻く中、

 しかし、店での接客は、

 彼女に、落ち込む暇を与えなかった。

 自身の不甲斐なさに打ちひしがれても、

 食べに来てくれた人と話し、回復した。

 明日もがんばろうと、活力を得ていたのだ。


 彼女は腐らず、諦めず、"見る"事にした。

 教室では、からかわれたり、自慢されたりしたが、

 彼女は、彼らもまた、

 努力の上に、それらを体得したことを、

 よくわかっていた。

 魔法に目覚めたクラスメイトは、

 いやらしく見せつけてくる者もいたが、

 中には、あいた時間に鍛錬を積み、

 確かに上達していく様を、

 見せつけられた者もいた。


 魔法の才能があり、

 それを伸ばす努力が出来ることを、

 普通に、彼女は羨ましいと思った。


 だから、見た。

 悲しいけれど、腐らずに、諦めずに。

 よく、皆の努力を、見ることにしたのだ。

 からかわれて、追いかけ回して、

 でも、心の中で、どこか、すごいと思っていた。

 皆、活き活きと、目を輝かせて、頑張っていた。


 皆が、自分の魔法に夢中になって、

 自分ばかり見ている中、

 彼女だけは、自分以外の全てを見て、育った。



 14歳になる頃には、彼女は、

 とても広い視野で、

 全てを見れるようになっていた。

 大人になったという意味ではない。

 ただ単純に、

 広い範囲から情報を得る力が増したのだ。


 それなりに広い食堂の中で、

 どこに誰がいても、

 だいたい何をしているか、わかった。


 たとえ、厨房で鍋を振っていても、

 遊び帰りのドロンコの子供が侵入してくれば、

 すぐに発見し、

「てめぇふざけんなフロはいってこい」

 と、一瞬で服を剥ぎ取り、

 残り湯に突っ込んだし、


 新規の女性のお客様に、

 言いよりそうな男がいれば、

 配膳する際に、大きく後ろに束ねた、

 一つ(くく)りの金の髪を、

 ムチのようにしならせ、

「あら、ごめんあそばせ?」

 と、首の動きだけで、男性客の顔面を攻撃した。


 教室にいる時は、

 おそらく茶化してくるであろう男子を、

 すぐに追いかけられるように、

 靴を履き直したし、


 妙な女グループが、

 髪を触ってくるだろうと思ったら、

 前もって姿をくらます事が、

 できるようになっていた。


 彼女は、見続けた。

 諦めず、見続けた。

 そして、だいたいは、

 わかるようになった。


 たくさんの他を、見ていた。

 他の、人ばかりを、見てきた。

 それだけが、普通じゃなかった。

 黄金の目で、たくさんを、見続けた。

 魔法の使えない彼女の、

 自分では気づいていない、"鍛錬"。


 ──彼女は、他の誰よりも、

  広い視野の使い方を、積み重ねてきた──。



 ────そして、今、彼女は。


 物理的に(・・・・)頭の後ろまで(・・・・・・)

 見えてしまう視覚を(・・・・・・・・・)手に入れたのだ(・・・・・・・)




 さて。


 彼女にとって、


 "十四人程度の客"が、


 相手に、なるだろうか。






(見えるよね……)


 彼女自身、

 ここまで冷静なのが、不思議だった。

 広い。

 全てが、よく見える。

 前から後ろまで、スローモーションで、見える。

 何が脅威なのか、よくわからなかった。


 仮面の小さな視野は、今まで、

 想像以上の焦りを、彼女に与えていた。

 その焦りは、急激な加速を誘発する。

 冷静な今、彼女は、過剰に加速し過ぎず、

 ゆったりと時を、流す。


 客商売をしてきた彼女は、

 相手がヒトの体格だったことも幸いし、

 安心して、じっくり見ることができた。



『────分析完了(アナライジング)

 ────対象名【ロイドシスターズ】。

 ────弱点:不明。────属性:不明。

 ────検索にヒット無。

 ────人工的に生産された魔物の可能性:高。』



「ん……ま、いいや……ヒトの形してるし。ぶん殴ってみたら、なんか、わかんでしょ」



 先程まで、外の石の台に突っ立っていた、

 十四の少女の像。

 今は、髪の部分がマントのように広がり、

 空を舞って、襲いかかってきている。


 しかし、

 空中を風に乗り、

 トロトロ泳いでくる、お姉さん(がた)が、

 こちらに向かってきている程度の出来事が、


 ──彼女の焦りを、誘えるはずが、無い。


 彼女は、広い視野を見る事に(・・・・・・・・・)慣れている(・・・・・)


 いささか、慣れすぎている────。




(後ろのこれ、蹴りよね────)



  ──ひょい。



 後ろを振り向かず、

 最低限の動きで(かわ)す。


 のんびりと、顔の右後ろから、

 にょっきりと、ピンク足が、スライドしていく。



(────()()())


 食堂のお昼時のピークで、

 テキパキした動きに慣れている彼女は、

 すっトロい、ピンクの足を見て、イライラした。


 左手でピンク色の足首を掴み、

 右上から、左下へ。

 袈裟斬りにするように、

 前の敵に、ぶん投げる。



 ────ぶぶぶうううおおおぉぅうおお。



(……ゆっくりの時って、変な音だな)


 2人の女の像は、

 ぶつかった瞬間に破裂し、

 バラんバラんになった。



 真横のピンク女が、左から、マントのような髪を、

 身体を回転させながら、叩きつけてきている。

 食堂の外の席の、パラソルみたいだった。


(これ、髪が刃みたいになってんのね)


 キィン、と。

 床を蹴り、舞う。

 すぐ横の、長椅子の背もたれに捕まり、

 右手だけで、逆立ちする。

 襲ってくるはずのピンクの像は、

 ゆっくりと、くるくる、

 踊りのように、空中で弧を(えが)く。


(あーゆう、回転させて生地を伸ばすパンがあったわね)


 三方向から、襲いかかるピンクは、見えている。

 小さな身体は、強化された右腕の力だけで、

 充分な高さに、ジャンプする。


 ───きくゅるるるる。


 少し捻りを加えて飛んだ身体(からだ)は回転し、

 2人の顔に、ほぼ同時に、

 左右のブーツを叩き込む。

 彼女のブーツには、

 高速回転する歯車が付いている。


 一対のピンクの首は、ねじり取られた。



 残る一体が、身体をひるがえし、

 裏拳をしながら、彼女に迫る。

 逆さまになって、空中に回転し続ける黄金。

 コマのような、ヨコ回転は、

 次の瞬間、タテ回転となる。

 彼女が、一瞬だけ、

 右足の全ての歯車を空中に固定し、

 左足を使って、遠心力の向きを変えたからだ。


 黄金の(かかと)は、

 上から下への、黄金の一撃を、繰り出した。

 首なしの像は、そこに、3体となった。


 ──この(かん)、約3ビョウのことである。



 残る、9体の姉妹は、

 一瞬で散った仲間を前に、

 造形のない、つるりとした顔で、

 たしかに、黄金を睨んだ。


 大聖堂の長椅子。

 背もたれにつま先立ちしている。

 義賊クルルカンの格好をした、

 二つ括りの、金の少女に。


 それを、後ろから見ていたドワーフは、

 素直な気持ちをこぼした。




「……これワシ、要らなくね?」








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