EP 9
初めての一皿
オークとの激戦から一夜が明けた。
城内の誰もが、まだ昨日の衝撃から抜け出せずにいる中、シンイチは一人、アルクス城の厨房に立っていた。彼は自らのスキル「アース・ボックス」を展開し、食材ガチャを回していた。
【カテゴリー:食材】→【ガチャ:日本の調味料セット、旬の野菜詰め合わせ】
彼の目の前に、見慣れたボトルやパックが現れる。
「味噌に、醤油…それに新鮮な野菜か。鶏肉は昨日出したものがあるしな。…よし、決まりだな」
シンイチが一人ごち、慣れた手つきで調理を始めた、その時だった。
「シンイチ…? こんな所で、何をしているの?」
厨房の入り口に、リオナがひょっこりと顔を出した。昨日の今日で、彼の姿が見えないことを心配して探しに来たのだろう。彼女は、厨房に満ちた、香ばしくも今まで嗅いだことのない匂いに、不思議そうに鼻をくんくんさせていた。
「見て分からないか? 昼飯の準備だ。味噌の照り焼きチキンを作っている」
「みそ…? てりやきちきん…?」
初めて聞く異国の言葉に、リオナは首をかしげる。
シンイチは手際よく、熱したフライパンの上で鶏肉を焼いていた。じゅう、という食欲をそそる音と共に、醤油と味噌の甘辛い香りが、リオナの空腹を刺激する。
「腹が減ってるんだろ。旨いんだぜ、これ。食べてみるか?」
「う、うん!」
リオナは、こくりと頷いた。
シンイチは焼きあがったチキンを切り分け、小さな皿に乗せてリオナに差し出す。リオナはおそるおそる、一切れを口に運んだ。
次の瞬間、彼女の青い瞳が、驚きに見開かれた。
「おいひいぃぃーーーっ!!」
甘くて、香ばしくて、しょっぱくて、そして今まで感じたことのない深い「コク」。鶏肉の旨味と、未知の調味料「ミソ」が織りなす味の暴力に、リオナは夢中になってチキンを頬張った。
その幸せそうな顔を、シンイチはどこか眩しそうに見ていた。
「…俺の作った飯を食ったのは、リオナが初めてだな」
「え?」
もぐもぐと口を動かしながら、リオナは顔を上げた。
「いや…」
シンイチは、少しだけ遠い目をした。
「俺のいた環境では、食事なんてものは、優秀なシェフに作られて当たり前だったからな。親父もお袋も、世界中を飛び回るような仕事で、ほとんど家にいなかったし…」
初めて語られる、彼の身の上話。
完璧で、万能で、神様のように見えた彼の、意外なほどの孤独。
リオナは、胸がちくりと痛むのを感じた。自分と同じだ、と思った。若くして親を亡くし、領主という重圧を一人で背負っている自分と。
「…そうなの? ねぇ、私、もっとシンイチの事を知りたい! あなたがどんな世界で、どんな風に生きてきたのか、教えてほしいな」
リオナは、皿を置いて、身を乗り出すように言った。
その真っ直ぐな瞳に、シンイチは少し照れくさそうに顔をそむけた。
「ふん。…ま、そのうちな。気が向いたら、教えてやるよ」
「え〜! 今すぐ教えてくれてもいいじゃない!」
ぷくーっと頬を膨らませるリオナ。
その、年相応の少女らしい仕草を見て、シンイチの口元に、彼自身も気づかないほどの、柔らかな笑みが浮かんでいた。
異世界に来て初めての、穏やかな昼下がりだった。
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