EP 8
神か、悪魔か
オークの死臭がいまだ微かに漂うアルクス城の一室で、緊急の会議が開かれていた。
重々しい樫のテーブルを囲むのは、領主リオナと、彼女の腹心たち。しかし、その場の空気は鉛のように重く、誰もが口を開けずにいた。あの、一方的な殺戮の光景が、全員の脳裏に焼き付いて離れないのだ。
最初に沈黙を破ったのは、リオナだった。彼女は、か細く、絞り出すような声で呟いた。
「シンイチ…。彼は、一体…」
その問いに、答えられる者はいない。
すると、耐えきれないといった様子で椅子を蹴立てたのは、副団長のフィアだった。
「リオナ様! 良いのですか、奴をこのままにしておいて! あれは人間業ではありませぬ! 我々の知らない、何か得体の知れない…!」
フィアは、シンイチを「奴」と呼んだ。それは、彼女の恐怖と、己の無力さを踏みにじられた騎士としての屈辱の表れだった。
「フィア、落ち着きなさい」
冷静な声で制したのは、賢者ルーナだった。彼女は指を組んで、興味深そうに目を細めている。
「シンイチ君の力は、確かにこの世界の理から外れている。魔法でも闘気でもない、全く別の物理法則の顕現。…フフ、実に興味深いわ。何百年も生きてきたけれど、あんな現象は初めて見た」
「ルーナ様は、興味深いだけで済むかもしれません! ですが我々は…!」
「ですが、フィア」
今度は、壁際に控えていたメイド長のセラフィナが、静かに口を開いた。
「彼に救われているのは、紛れもない事実です。私たちが生きているのも、民が無事なのも、全ては彼という『現象』の結果。感情論で語るべきではありません」
「それは…!」
フィアが言葉に詰まる。その横で、騎士団長のガレンが、テーブルに置いた巨大な拳を握りしめ、低く唸った。
「…悔しい、限りだ。民を守るべき騎士団が、一人の男の背に隠れ、ただ見ていることしかできんかった。このガレン、生涯の不覚…」
それぞれの立場からの、恐怖、好奇心、論理、そして屈辱。
渦巻く感情を、リオナの一声が断ち切った。
「皆、お聞きなさい」
その声は、もはや震えてはいなかった。若き領主は、顔を上げ、腹心の部下たち一人ひとりの顔を、強い意志の宿った瞳で見据えた。
「シンイチをこの城に招き、助力を願ったのは、この私です。そして事実として、彼はアルクスに牙を向けていません。…どちらにせよ、考えてもみて。私たちがシンイチに出会わなかったら、今頃どうなっていたかを。最初の襲撃で、あるいは今日のオークの群れで、私たちは皆、この世にはいなかった」
広間が、静まり返る。
「くっ…」
フィアは、何も言い返せず、悔しそうに顔を伏せた。
リオナの言葉は、冷徹なまでの真実だった。彼らが今ここで議論できていること自体が、シンイチのおかげなのだ。
ガレンは、天を仰ぎ、大きく息を吐いた。そして、決然と言った。
「…覚悟は決まりました。リオナ様が彼を信じると仰るのなら、我ら騎士団、最後まで付き合うしかありませませぬな」
それは、忠誠を誓った騎士の、揺るぎない答えだった。
若き領主の覚悟が、側近たちの心を一つにした。
彼らが神と呼ぶべきか、悪魔と見るべきか、いまだ分からぬ存在。
だが、アルクス領は、この規格外の「医師」に全てを賭けることを、この日、決断したのだった。
◇
その頃、シンイチは。
城の一室で、オークの血脂で汚れたSCAR-Hを、慣れた手つきで分解し、静かにメンテナンスを行っていた。
城内で繰り広げられている、自分に関する激論など、知る由もなかった。
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