EP 7
異世界の執刀医
防衛と食糧問題に光明が差し、アルクス領にようやく安堵の空気が流れ始めた矢先のことだった。
カン、カン、カン、カン!
街の物見櫓から、甲高い警鐘が打ち鳴らされる。それは、敵襲を告げる緊急の合図。
城壁に駆け上がったリオナとシンイチが見たのは、緑色の醜悪な肌を持つ、豚のような怪物の一団――オークの群れが、大地を揺るがしながら迫ってくる光景だった。
「オーク、だと!? なぜこんな街の近くに、これほどの規模の群れが…!」
騎士団長ガレンが、苦渋に満ちた声を上げる。副団長のフィアは、既に剣を抜き、部隊に檄を飛ばしていた。
「うろたえるな! 隊列を組め! 何としても門を死守するぞ!」
ガレンとフィアを先頭に、アルクス騎士団は城門の前で必死の防衛線を展開する。しかし、兵の練度も数も、そして個々の筋力も、オークの群れが圧倒的に上だった。
樫の木のような棍棒が振り下ろされるたびに、騎士たちの盾が砕け、兵士が吹き飛ばされる。味方の悲鳴と、オークの鬨の声が入り混じる、阿鼻叫喚の地獄絵図。
「くっ…! きりがない!」
フィアがオークの一体を切り伏せても、すぐに二体、三体と新たな敵が襲いかかってくる。彼女の呼吸は荒く、額には脂汗が滲んでいた。
その、絶望的な戦場に、場違いなほど静かな声が響いた。
「――もう良い。下がれ」
声の主は、城壁の上から戦場を見下ろすシンイチだった。
「何!?」
フィアが思わず振り返る。この状況で、退けと?
「何を言っている! ここで私たちが引けば、街に雪崩れ込まれるぞ!」
「お前たちがそこにいると、射線に入って執刀の邪魔だ。部隊をすぐに後退させろ」
「しっ、とう…?」
理解不能な言葉と、あまりにも冷徹な命令。フィアは一瞬、言葉を失った。だが、シンイチの瞳が、冗談や気まぐれなどでは断じてない、絶対的な自信に満ちているのを見て、彼女は背筋に氷を差し込まれたような悪寒を覚えた。
「――ヒイッ!」
フィアは、本能的な恐怖に突き動かされるように、叫んだ。
「退け! 全員、城壁まで退けえええええ!」
騎士たちが混乱しながらも、必死に後退を始める。それを見届けたシンイチは、背負っていたSCAR-Hを静かに構えた。スコープの中のオークたちは、彼にとって、もはやただの侵食する病原体にしか見えなかった。
タタタッ! タタンッ!
空気が連続して破裂する、異質な轟音。
次の瞬間、オークたちの頭部が次々と破裂し、血肉をまき散らした。棍棒を振り上げていたオークが、胸に風穴を開けて前のめりに倒れる。雄叫びを上げていたオークが、喉を貫かれて悲鳴すら上げられずに絶命する。
魔法ではない。矢でもない。不可視の、あまりにも無慈悲な死が、オークの群れを蹂躙していく。
それは、もはや「戦闘」ではなかった。シンイチという、ただ一人の執刀医による、完璧で、迅速な「腫瘍切除手術」だった。
数分後。
あれほど猛威を振るっていたオークの群れは、一体残らず死体の山と化し、戦場には不気味なほどの静寂が戻っていた。
城壁まで退避した騎士たちは、目の前の光景が信じられず、ただ呆然と立ち尽くすのみ。
シンイチの視界には、淡々とシステムメッセージが流れる。
【アルクス防衛に貢献しました。10,000ポイントを加算します】
【オークの群れを討伐しました。5,000ポイントを加算します】
その時、震える足で、リオナがシンイチの元へ歩み寄った。彼女は、血の海と化した戦場と、硝煙の匂いを纏う静かな男の横顔を、信じられないものを見る目で見比べていた。
「シンイチ…」
その声は、か細く、震えていた。
「貴方は、一体……」
問いかけられた男は、世界の理から外れた存在は、ただ静かに、死体の山を見下ろすだけだった。
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