EP 6
大地への処方箋
防衛の目処が立った翌日、シンイチは再び領内を、今度は人々の生活を中心に見て回っていた。彼の目に映るのは、厳しい現実。市場に並ぶ作物は痩せ細り、道行く人々の頬はこけ、子供たちの瞳には活気がない。医師として、彼は一目で理解した。この領地は、慢性的な栄養失調という病に冒されている。
「…領民が痩せすぎているな」
隣を歩くリオナに、シンイチは静かに告げた。それは非難ではなく、医師による冷静な診断だった。
「うん…」
リオナは、唇を噛み締めて俯いた。作物が育ちにくい土地、度重なる魔物の襲撃と隣領からの妨害。民を飢えさせているという事実は、彼女の心を最も苛む痛みだった。
「城の学者を集めろ。話がある」
「え? ええ、分かったわ!」
リオナの号令で、急遽、アルクス城の書庫に主要な人物が集められた。若き領主リオナ、メイド長セラフィナ、騎士団長ガレン、そして…。
「シンイチ君! 君のくれた設計図、最高だよ! 何なんだいあれは! 幾何学と物理学の芸術品じゃないか! おかげでこっちは徹夜続きさ!」
書庫の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、目の下にうっすらとクマを作った、しかし瞳は爛々と輝いている賢者ルーナだった。彼女は巨大な羊皮紙を抱え、興奮冷めやらぬ様子でシンイチに詰め寄る。そのただならぬ雰囲気に、ガレンもたじろいだ。
「ああ、解析は進んでいるか」
「もちろんさ! ブロック爺さんも、見たことのない素材の精錬法や加工法に頭を抱えながら、嬉々として槌を振るっているよ。…それで、今日はどんな驚きを見せてくれるんだい?」
ルーナは、期待に満ちた目でシンイチを見つめた。
真一は何も答えず、昨日と同じように、空間に電子ボードを展開させた。
「まずは知識からだ」
【カテゴリー:知識】→【書籍:農耕ガチャ - 100連】
光と共に、今度は農業に関する専門書が山となって現れた。『土壌改良の基礎』『輪作と連作の理論』『家畜の衛生管理と繁殖』…。ルーナはそれらを手に取り、その合理的で体系化された知識に再び目を見開いた。
「次に、資本だ」
【カテゴリー:食材】→【ガチャ:さつまいもの種芋、各種野菜の種子】
真一の手のひらの上に、緑色の光が集まる。光が形になった時、そこには瑞々しい土がついたままの、生命力に溢れるさつまいもの種芋と、様々な野菜の種子が入った袋が握られていた。
そして、真一は最後に告げた。
「最後に、労働力だ」
【カテゴリー:生物】→【ガチャ:鶏 - 雌雄50羽セット】
今度は、部屋の中央にひときわ大きな光の塊が出現した。リオナたちが息を呑んで見守る中、光はゆっくりと形を変え――次の瞬間、そこには木製の立派な鶏小屋と、その中で元気に鳴き声を上げる、数十羽の鶏が出現していた。
「えええええ!?」
リオナは、思わず素っ頓狂な声を上げた。何もない空間から、本や種だけでなく、生きている動物まで創り出した。それはもはや魔法ではなく、神の御業そのものだった。
「なんと…生命の創造…いや、転移か…? シンイチ君、君は一体…」
賢者ルーナですら、その翠の瞳を驚愕に見開き、言葉を失っていた。
当のシンイチは、そんな彼らの反応を意にも介さず、ルーナに向き直って言った。
「育て方は…そこに置いてある本を読めば、分かるな?」
それは、この世界の賢者に対する、絶対的な信頼と、容赦のない業務命令だった。
ルーナは、一瞬呆気に取られた後、やがてくすくすと笑い出した。
「フフ…あはは! 分かったよ、マイロード。この賢者ルーナに、お任せあれ」
彼女が恭しく一礼したその時、シンイチの視界にシステムメッセージが浮かぶ。
【領内の豊かさに貢献しました。10,000ポイントを加算します】
防衛、そして食糧。
滝沢真一の「処方箋」は、瀕死だったアルクス領に、確かな希望の光を灯し始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




