EP 5
神の設計図
翌日、滝沢真一はリオナと彼女の側近たちを伴い、アルクス領内を見て回っていた。彼の視察は、観光客のような呑気なものではない。城壁の高さ、門の構造、兵士の配置、見張り塔からの死角。その目は、かつて数多の戦場を潜り抜けてきたSEALs隊員として、そして全てを分析する外科医として、この領地が抱える「欠陥」を冷徹に見抜いていた。
城壁を一通り見終えたところで、真一は静かに、しかし断言した。
「これではアルクスは守れんぞ」
その言葉に、リオナは不安げな顔を向け、ガレンとフィアは悔しそうに唇を噛んだ。
「では…どうすればいいの? シンイチ」
「問題点が多すぎる。城壁は低く、脆い。敵の侵攻ルートを限定する工夫も、迎え撃つための罠もない。これではただの『的』だ」
「ぐっ…」
ガレンが反論できずに唸る。彼らとて、わかっているのだ。資金も人手も、そして知識も足りないということを。
「建築は誰が担っているんだ? この領地で最も腕の立つ職人は誰だ」
「え? それなら…ドワーフの親方かしら」
リオナの答えを聞いた真一は、すぐさま踵を返した。「案内しろ」と。
◇
一行が訪れたのは、城下の一角でひときわ大きな槌の音を響かせる「ドワーフ工房」。中に入ると、むせ返るような熱気と鉄の匂いが彼らを迎えた。工房の主、ブロック・アイアンハンドは、巨大な鉄塊を真っ赤に熱しながら、汗だくで槌を振るっていた。
「あら、親方。お忙しいところごめんなさい」
「おう、嬢ちゃんかい。どうしたんだ、騎士様がたまで引き連れて。俺ぁ今、漁師の銛を直しんで忙しいんだが」
ブロックは無骨な手で汗を拭い、リオナに親しげに声をかける。そして、その後ろに立つ見慣れぬ黒衣の男、真一に訝しげな視線を向けた。
「シンイチが、親方にお会いしたいそうよ」
「ほう? この兄ちゃんがかい。何の用だ」
真一は、ブロックの問いには答えなかった。ただ、目の前の空間に意識を集中させる。彼の視界にだけ、半透明の電子ボードが展開された。
(カテゴリー:知識。サブカテゴリー:書籍。ガチャタイプ…建築工学だ。ポイントを消費して、レアガチャ100連)
真一がボードを操作すると、彼の足元からまばゆい光が放たれた。驚くブロックたちの前で、光は収束し、分厚く、そして見るからに上質な装丁の十数冊の書物へと姿を変えた。それは、この世界の羊皮紙とは明らかに違う、滑らかで頑丈な素材でできていた。
「…学習しろ。この領地の防衛設備を、これに書かれている通りに改修するんだ」
真一は、その書物の束を無造作にブロックへと差し出した。
「な、なんだぁこりゃあ…?」
ブロックは怪訝な顔で、しかしその未知の書物に宿るただならぬ雰囲気に気圧され、おそるおそる一冊を受け取った。
表紙には、『ヴォーバン式星形要塞の理論と実践』と書かれている。
ページをめくった瞬間、ブロックは息を呑んだ。
そこには、彼が人生で見たこともないほど、緻密で、正確で、そして美しい設計図が描かれていた。無駄のない稜堡の配置、完璧な射線の計算、立体的なキルゾーンの構築。それは、職人である彼が直感で理解できる、まさに「神の設計思想」だった。
「な、何じゃあ…これは…」
指が、震える。ページをめくる手が止まらない。『古代ローマ建築におけるコンクリート技術』『近代軍事工学に基づく塹壕と地下施設の設計』…。
一冊一冊が、彼の常識と矮小なプライドを粉々に打ち砕いていく。
「す、凄い…! なんてこった…! この構造、この計算…! バカか!? いや、天才か! 神か!」
ブロックは、もはや周りのことなど目に入っていなかった。書物に顔を埋め、ぶつぶつと独り言を呟きながら、その場にへたり込んでしまった。
その様子を横目に、真一の視界には、いつものようにシステムメッセージが浮かび上がっていた。
【領地防衛への貢献を確認。10,000ポイントを加算します】
知識を与えるだけで、ポイントが入る。
(効率的だな)
真一はただ、そう思うだけだった。
呆気に取られるリオナたちを後に、ブロックは設計図の解読に没頭し始める。
滝沢真一によるアルクス領の「根本治療」は、まずその骨格となる防衛機能の再構築から、静かに、しかし確実に開始された。
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