EP 4
契約の対価
アルクスの街を、奇妙な一行が進んでいく。
先頭を歩くのは、領主リオナ・アルヴァンス。そして、その隣には、異様な黒衣を纏った謎の救世主、滝沢真一。彼らの後ろを、戸惑いと警戒を隠さない騎士団長ガレンと副団長フィア、そして全てを見通すような静かな瞳のメイド長セラフィナが続く。
道端では、領民たちが遠巻きに彼らを見つめていた。恐怖、好奇心、そして一条の光を見出したかのような、かすかな希望。誰もが、自分たちの運命が、あの黒衣の男の手に委ねられようとしていることを肌で感じていた。
やがて一行は、丘の上に立つアルクス城へとたどり着く。
通された広間は、かつての栄華を偲ばせる装飾が施されているものの、その多くは色褪せ、城全体に漂う疲弊を隠しきれていない。
広間の中央で、リオナは真一に向き直ると、スカートの裾を優雅につまみ、深々と頭を下げた。
「シンイチ様。此度は誠に、誠にありがとうございました。貴方様がいなければ、アルクスは今頃…」
「リオナ様!?」
リオナの言葉を遮ったのは、副団長のフィアだった。彼女は信じられないものを見る目で、主君と謎の男を交互に見やった。
「お待ちください! いかに命の恩人とはいえ、どこの馬の骨とも分からぬ者に、伯爵家当主が軽々しく頭を下げるなど…!」
「いいえ、フィア」
リオナは、静かだが凛とした声でフィアを制した。
「この方に助けていただかなければ、私やセラフィナだけでなく、壁の上で戦っていた貴方やガレンも、今頃は冷たい骸となっていたのですよ」
「そ、そんな…」
「…副団長の言うことにも一理ありますが、リオナ様の仰る通りです。私たちが今こうして立っていられるのは、ひとえに彼のお力添えあってのこと。それは紛れもない事実ですわ」
冷静なセラフィナの言葉が、フィアの反論を完全に封じ込めた。
その重苦しい沈黙を破ったのは、当事者である真一だった。彼は腕を組み、まるで品定めでもするかのように広間を見渡しながら、淡々と問いかけた。
「で? 俺をわざわざこんな所に呼んだ用件は何だ?」
そのあまりに直接的な物言いに、ガレンの眉がピクリと動く。しかし、リオナは臆さなかった。彼女は顔を上げ、澄んだ青い瞳で、真っ直ぐに真一を見据えた。
「正直に、単刀直入に申し上げます。…私達を、いえ、このアルクスを、貴方様のそのお力でお助けいただけないでしょうか」
「リオナ様!?」
今度は、沈黙を守っていた団長ガレンが、驚愕の声を上げた。一国の領主が、素性の知れぬ流れ者に助力を乞う。それは、アルヴァンス家の誇りを捨てるに等しい行為だったからだ。
「助ける、ねぇ」
真一は面白そうに呟いた。
「私共は、貴方様が何者で、その力が何なのか、一切を詮索いたしません。…いえ、正確に言えば、私達にはもう、そんな余裕すらないのです」
力なく、しかし一点の曇りもなく言い切ったリオナ。その潔さに、真一は思わず口の端を上げた。
「ふ、正直だな」
「お恥ずかしい話です…。ですが、これが今のアルクスの全てです。お願いします。どうか、貴方様の力で、このアルクスをお救いください…!」
再び深く頭を下げたリオナ。その声は、震えていた。
沈黙が落ちる。誰もが固唾をのんで、黒衣の男の返答を待っていた。
やがて、真一はふっと息を吐くと、まるで難しい症例を前にした外科医のように言った。
「良いだろう。この難病、俺が担当してやる」
「!…本当、ですか」
「ああ。だが、無論タダじゃない。治療代はきっちり貰うぞ。まずは、俺がここに滞在する間の食事の世話と…後は…」
「後は? 何でしょうか。金銭であれば、今すぐにはあまり多くは…」
不安げに問いかけるリオナに、真一はこともなげに続けた。
「俺の名は、シンイチだ。『貴方様』じゃない。他人行儀は、どうも好かんでね。やめてくれ」
予想だにしなかった言葉に、リオナはきょとん、と目を丸くした。ガレンもフィアも、呆気に取られている。張り詰めていた広間の空気が、ふっと和らいだ。
やがて、リオナの口元に、小さな花が咲くように笑みが浮かんだ。
「フフッ…」
それは、彼女が領主になってから、初めて見せたかもしれない、心からの笑顔だった。
「…分かったわ。よろしくね、シンイチ」
こうして、若き女領主と、異世界から来た完璧超人の外科医との間に、奇妙な契約が結ばれた。
それは、滅びゆく辺境の領地を救うための、「治療」という名の、壮大な手術の始まりだった。
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