EP 26
国の礎
アルクス城の静かな書庫。そこは、今やマリージョにとって、新たな祈りの場であり、試練の場となっていた。
テーブルには、シンイチが「ガチャ」で出した、無機質な装丁の教本が山と積まれている。『初歩から学ぶ科学』『中学レベルの化学』『基礎数学大全』…。
「いいか、マリージョ。ここに書いてあることは、俺の世界では子供でも知っている常識だ。だが、この知識こそが、衛生的な環境を作り、病の発生を防ぎ、正確な計算で富を生み出す。お前が民の幸せを本気で願うなら、まずお前が学べ」
「は、はい…!」
「分からないことがあれば、ルーナに聞け。あいつなら、魔法という観点から、これらの法則を翻訳してくれるだろう。全て覚えきったら、俺に声をかけろ。お前が正しく理解できているか、俺が直々に採点をしてやる」
シンイチは、教師の顔でそう告げると、書庫を後にした。残されたマリージョは、神聖な聖典とは似ても似つかない、数式と化学式が並ぶページを前に、固い決意でペンを握りしめるのだった。
◇
その足で、シンイチはリオナ、ルーナ、そしてメイド長のセラフィナを連れて、ブロックの工房へと向かっていた。工房は、以前にも増して活気に満ちている。シンイチの設計図を元にした新しい炉が、もうもうと煙を上げていた。
「親方、次の仕事だ」
「おう、シンイチの兄ちゃん! 今度は何だ!?」
シンイチは、三人の女性が見守る中、宣言した。
「防衛、食、経済と来た。今度は『インフラ』だ。国の発展に、流通と動力の革命は欠かせん」
彼がスキルを発動させると、工房の前の広場に、巨大な光のゲートが出現した。ゲートの向こうから、のっしのっしと姿を現したのは、たくましい体躯を持つ十数頭の牛と、しなやかな脚を持つ馬たちだった。
「…………」
ルーナは、もはや言葉もなく、天を仰いだ。
「もう…君という存在を、驚きという言葉だけで表現するのは、私の語彙では不可能のようだね…」
シンイチは、呆然とする一行に説明する。
「牛は、荷物の運搬、農耕、そして非常時の食肉だ。馬は、言うまでもなく、人や軽い荷物を、より速く運ぶためのもの。これらを飼育・繁殖させ、アルクスで有効に生かせ」
さらに、シンイチはガチャから、荷台の付いた頑丈な三輪自転車と、鉄製の手押し車を数台、取り出した。どちらも、この世界にある荷車より、遥かに効率的に荷物を運べる構造をしている。
「親方。この構造をよく調べて、同じものを量産できるようにしろ。牛の力と組み合わせれば、お前たちが進めている要塞の建設速度も、格段に上がるはずだ」
ブロックは、その合理的な構造の三輪車と手押し車を、食い入るように見つめると、ニカッと歯を見せて笑った。
「ハッ、任しとけ! これくらいのカラクリ、俺様の手にかかれば、すぐにでも作ってやらぁ!」
その、頼もしい言葉に、シンイチは静かに頷いた。
教育、牧畜、輸送。
アルクスという国を形作る、いくつもの重要な礎が、今、確かな音を立てて、築かれようとしていた。




