EP 22
傭兵の値段
アルクス城の作戦会議室に、張り詰めた緊張が走っていた。重厚な樫のテーブルに広げられた領地の地図を指し示しながら、メイド長のセラフィナが、冷静沈着な声で報告を行う。
「――以上が、斥候からの報告です。リザードマンの群れが、南の街道近くにある沼地を根城とし、活動を活発化させています」
「リザードマンが、あんな場所に…?」
リオナが、険しい顔で呟く。リザードマンは、オークとは異なり、集団で巧妙な罠を仕掛ける知性を持つ魔物だ。その出現は、アルクス領にとって新たな脅威となる。
「はい。あそこは、春から始まる他領との交易で必ず通る、まさに交易の要。放置すれば、我が領の経済は致命的な打撃を受けます」
セラフィナの言葉に、リオナの顔に焦りの色が浮かぶ。領地の経済基盤は、シンイチの指導でようやく安定の兆しを見せ始めたばかりだ。ここで交易が滞れば、その努力は水泡に帰しかねない。
「困りましたね…」
フィアも、腕を組んで唸った。練兵場での地獄の訓練で身体能力は飛躍的に向上したものの、実戦経験は不足している。
その時、騎士団長のガレンが、自信を持って立ち上がった。その顔には、訓練で培われた確かな自信が宿っていた。
「よし! 直ちに部隊を編成しよう。もはや、我々は以前の我々ではない! そして何より、シンイチ殿がいれば、オークの時のように簡単な話だ!」
ガレンの言葉は、騎士たちの士気を高めるものだったが、その楽観的な意見を、シンイチは冷たく一蹴した。彼は、部屋の隅で静かに壁にもたれかかりながら、彼らのやり取りを眺めていた。
「断る。俺は今、マリージョへの指導で忙しい。それに、いつまで俺に頼るつもりだ? お前たちで対処しろ」
彼の言葉は、騎士団に突きつけられた、厳しい現実だった。
「そ、そうよ! シンイチの言う通りだわ! いつまでも頼ってばかりでは駄目! アルクスの問題は、私たちが何とかするのよ!」
シンイチの言葉に、リオナも力強く続く。彼女の瞳には、以前のような怯えはない。リーダーとしての覚悟が、その言葉に宿っていた。
「し、しかし、リオナ様…」
ガレンが、なおも不安げに口を開いた時だった。
部屋の隅で、壁に寄りかかってその様子を見ていたシオンが、面白そうに口の端を吊り上げた。彼女の金色の瞳は、全ての状況を冷静に見抜いているようだった。
「何だい、だらしないねぇ。あれだけ地獄の特訓をしたってのに、トカゲの化け物相手に、まだびびってるのかい?」
「なっ…何だと!?」
挑発的な物言いに、フィアが激昂する。彼女のプライドが、シオンの言葉で傷つけられたのだ。
その二人を制するように、リオナはシオンの前に進み出ると、領主として、深く頭を下げた。彼女の決断は、彼女自身の倫理観と、領民を守るという使命感に基づいていた。
「シオンさん。領主として、貴女にお願いします。どうか、その力を私たちに貸してはいただけませんか。貴女と共に、戦ってくれますか?」
その真摯な態度に、シオンは一瞬、面食らったような顔をした。人間、それも領主が、一介の盗賊にここまで頭を下げるなど、彼女の常識にはなかった。だが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「良いぜ。ただし、ビジネスとして、だ。タダ働きはごめんだね。報酬は、きちんと貰う」
シオンの言葉に、リオナは迷うことなく答えた。
「分かりました! 払います!」
「じゃあ、前金で金貨5枚だ」
「た、高っ!?」
予想外の金額に、リオナが素っ頓狂な声を上げる。アルクスの財政は、決して豊かではない。
「うぅ…! 今、アルクスの財政は、その…ピンチでして…。なんとか、4枚では如何でしょうか…!」
リオナが、必死に交渉する。その真剣な顔を見て、シオンは愉快そうに笑った。
「ふん、まぁ良いだろう。交渉成立だ」
シオンが頷いた、その時だった。
「お待ちください、リオナ様! 我々の月々の給金よりも高いではありませぬか!」
フィアが、悲鳴に近い声を上げた。その言葉に、シオンはフィアを鼻で笑う。
「当たり前だろ? あんた達の、倍以上の働きはしてやるからね」
その自信に満ちた言葉に、フィアはぐっと唇を噛む。悔しさで顔を歪ませながらも、彼女はシオンの言葉が、決して虚勢ではないことを理解していた。
最後に、団長のガレンが、重い決断を下した。彼の顔には、迷いはない。
「よし。傭兵シオン、貴殿を本作戦における特別遊撃隊員として、部隊に組み込む! 直ちに、出撃準備にかかれ!」
こうして、シンイチという切り札を欠いた、新生アルクス騎士団の初陣が決まった。彼らの訓練の成果が、今、まさに試されようとしていた。彼らは、リザードマンの群れが根城とする沼地へ、その一歩を踏み出す。




