EP 19
二つの車輪
シンイチは、リオナ、セラフィナ、そしてルーナを連れて、再びブロックの工房を訪れた。工房の中は、以前にも増して熱気に満ちている。ブロックは、シンイチの設計図を元に、新しい炉の試作に没頭していた。
「親方、また新しい知識を授けに来た」
「おう、シンイチの兄ちゃんか! 今度は何だ!?」
シンイチは、スキルを発動させ、今度は金属の装丁が施された、重厚な専門書を数冊取り出した。
「飯を食うのにも、兵を養うのにも、金がいる。これは、簡単な複合金属…鋼、青銅、黄銅の作り方と、効率的な鋳造法をまとめた書籍だ。これを使って質の良いインゴットを作り、経済を回せ」
その本を受け取ったブロックの手が、わなわなと震えた。
「な、なんと…!? 質の安定した鋼の精錬法だと…? こんなものが…あってたまるか…!」
「まあ、これはまた…宝の山だねぇ」
ルーナは、その本の価値を瞬時に見抜き、楽しそうに目を細める。
「情報とは、財産であり、力だ。セラフィナ、この技術の管理を徹底し、うまく商売に繋げろ。足元を見られないようにな」
「…お任せください。必ずや、アルクスの大きな富としてみせます」
セラフィナが、力強く頷いた。その時だった。
工房の入り口で、そのやり取りを、複雑な表情で見つめている人影があった。マリージョだ。
「貴方の知識は、素晴らしいものです…。たくさんの人を救う力がある…。でも…」
マリージョは、彼の非情なまでの合理性を、どうしても受け入れきれずにいた。
シンイチは、そんな彼女に、静かに向き直った。
「マリージョ。お前と俺は、手段が違うだけだ。目指すべきゴールは、同じはずだろう。『人々の幸せ』、違うか?」
「…………」
マリージョは、何も言い返せなかった。
シンイチは、彼女に手を差し伸べるように、言葉を続けた。
「俺の元に来い、マリージョ。俺がお前に、この世界の誰も知らない『学問』を教える。そして、お前が、その知識を民に教えるんだ」
「え…? 私が…?」
「ああ。祈りや道徳は、人の心を支える上で非常に重要だ。だが、それだけでは腹は膨れない。民をより多く、より確実に救おうとするなら、豊かになるための『正しい知識』がいる」
シンイチは、諭すように言った。
「民が富を得るためには、『正しい道徳』と、『正しい学問』、その二つの車輪が揃って、初めて前に進むことができるんだ。お前には、その片方の車輪を回す、重要な役目がある」
その言葉に、マリージョの瞳から、迷いが消えていった。
彼がやろうとしていることは、自分の信仰を否定するものではない。むしろ、自分の祈りを、より多くの人々に届けるための、新しい道を示してくれているのだ。
「…わ、分かりました。このマリージョ、お力になります」
深く、彼女は頭を下げた。
その様子を見ていたリオナが、感嘆の声を漏らす。
「シンイチ…。貴方、本当にたくさんのことを考えているのね」
シンイチは、その言葉に、少しだけ照れたように、そっぽを向いて呟いた。
「…俺の世界では、常識だ」
その横顔は、どこか誇らしげで、少しだけ寂しそうに見えた。
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