EP 16
戦友
牢獄の冷たい空気の中、シンイチは、囚われの黒豹の金色の瞳を、真っ直ぐに見据えていた。
「お前は、生きたいのか? それとも、このまま死にたいのか?」
その問いは、取引や交渉を超えた、魂の核心に触れるものだった。
「お前の『欲望』が知りたい」
「…欲望?」
シオンが、訝しげに繰り返す。シンイチは、静かに頷いた。
「どんな病気であろうと、それと戦うためには、俺だけ…医者だけでは駄目なんだ。患者自身の『絶対に治ってやる』という強い意志と、全面的な協力がいる。医者と患者は、病という同じ敵と戦う、『戦友』になる必要が有る」
「戦友…」
リオナが、その言葉を噛みしめるように呟いた。
シンイチは、今度はリオナと、その後ろに立つフィアに視線を向ける。
「このアルクス領もそうだ。貧困や、外敵という『病』に打ち勝つためには、患者であるお前たち自身の頑張りが必要だ。俺におんぶにだっこじゃ、決して根本治療にはならない。自分たちの力で生き抜き、豊かになるんだという『欲望』があってこそ、初めて俺の知識が活きる。そうしなければ、病には勝てん」
フィアは、何も言えず、ただ黙って彼の言葉を聞いていた。騎士としての誇りとは違う、もっと泥臭く、もっと根源的な「強さ」の話をされている気がした。
シンイチは、再びシオンに向き直った。
「もう一度言う、シオン。お前は生きたいか?」
その真摯な問いに、シオンの心の鎧が、ついに音を立てて砕け散った。
「…い、生きたいさ…! 当たり前だろ…! 生きて…あいつらが待ってる、故郷に…帰りたい…!」
それは、絞り出すような、魂の叫びだった。
それを聞いたシンイチは、静かに、しかし力強く頷いた。
「よし。ならば今日から、俺とお前は、お前の身体を蝕む『不調』という敵と戦う戦友だ。付いてこい」
◇
シンイチは、シオンの枷を外させると、城の使われていない大部屋の一つへと、一行を導いた。
何もない、だだっ広い石の部屋。ここで何をするのかと誰もが訝しむ中、シンイチは再びスキルを発動させた。
【カテゴリー:医療】→【ガチャ:最新医療設備一式】
部屋の中央が、まばゆい光に包まれる。光が収まると、そこには、誰も見たことのない、白や銀色に輝く、奇妙な機械群が出現していた。角度を自在に変えられる診察台、様々な色の液体が入った袋を吊るす柱、心臓の鼓動を波形として映し出す画面…。
「さあ、始めよう。まずは、お前の血液だ」
シンイチは、戸惑うシオンの腕を掴むと、慣れた手つきで消毒し、注射器の針を突き立てた。
「ウッ…!」
一瞬、シオンが顔をしかめる。赤い血液が、するすると透明な筒の中に吸い上げられていく。
「よし。次はレントゲンだ」
シンイチは、シオンを巨大な機械の前に立たせると、何やら操作を始めた。
「な、何だこれは? 何をされてるんだ、あたしは…」
「黙ってろ。お前の身体の、骨の構造を調べている」
やがて、シンイチは現像されたレントゲン写真を光にかざし、満足げに頷くと、次の機械を指差した。
「次はMRIだ。診察台に横になれ」
シオンは、なされるがままに、奇妙な機械の筒の中へと吸い込まれていく。
リオナもフィアも、ただ呆然と、その異様な光景を見守るしかなかった。
それは、この世界の誰も知らない、「健康診断」という名の、未知の儀式。
滝沢真一の、異世界における医学研究の、記念すべき第一歩が、今、ここに記されたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




