EP 15
臨床試験の被験者
シンイチに案内を求められ、リオナが向かった先は、アルクス城の地下にある牢獄だった。湿った空気と、微かな黴の匂いが漂う、冷たい石造りの空間。
「リオナ様? なぜこのような場所に…。ここは牢獄ですよ?」
松明の光に眉をひそめながら、護衛についてきたフィアが心配そうに声をかける。
リオナは、覚悟を決めた目で、地下牢の奥を指差した。
「…彼女を、ここに連れてきて」
「…! シオン、ですか? なりませぬ! あのような凶悪な盗賊風情、リオナ様の御目が汚れます!」
「良いから」
主君の、短くも揺るぎない命令に、フィアは「ハッ!」と短く応えると、不満を露わにしながらも牢の鍵を開けた。
やがて、手足に枷をはめられた一人の女性が、フィアに引き立てられるようにして現れた。黒豹のようにしなやかな身体つきに、暗闇でも爛々と輝く金色の瞳。囚人でありながら、その佇まいは一切の気品を失っていない。盗賊団「黒豹の爪」の頭目、シオンだった。
「…何だい? とうとう、あたしの首を刎ねる時が来たのかい?」
シオンは、嘲るような笑みを浮かべて言った。
フィアが、その不遜な態度に激昂する。
「黙れ、罪人が! 口を閉じろ! これから言われたことにだけ、従え!」
その、張り詰めた空気を切り裂いたのは、シンイチの静かな声だった。
「俺はシンイチ。医者だ。今日から、お前の治療を任された」
「……医者? あたしを治療するだぁ? ふざけてるのかい?」
シオンが、鼻で笑う。その態度に、フィアの怒りが再び燃え上がった。
「貴様、黙れと言っているだろう!」
「よせ」
シンイチは、フィアの前に立つようにして、静かに制した。
「俺の患者に、手荒な真似はするな」
「――!?」
フィアが、息を呑む。目の前の罪人を、彼は「患者」と呼んだのだ。
「シオン、とか言ったな。お前を治療してやる。お前の身体に残っている古傷や不調も、全てだ。完璧にな。…だが、少々時間がかかる」
「…何だって?」
「俺は、この世界の回復魔法と、俺の知っている医学を組み合わせることで、人体がどこまで再生できるのか知りたい。その研究に、付き合ってもらう」
シンイチのあまりに率直な言葉に、リオナが「シンイチ…」と心配そうに彼の名を呼ぶ。
当のシオンは、その回りくどい言い方に苛立ったように、枷を鳴らした。
「はっ、周りくどいね! はっきり言いな! あたしを実験台にするってことだろう!」
「そうだ。だが、お前にとっても悪い話じゃない」
シンイチは、シオンの金色の瞳を真っ直ぐに見据えて、取引の条件を提示した。
「俺の治療計画に最後まで従えば、お前には十分な報酬を支払う。そして、この牢獄から解放し、お前が望むなら、故郷に帰れるよう手配してやる」
「なっ…!?」
故郷に帰れる。その言葉に、シオンの瞳が、初めて激しく揺れた。処刑か、終身刑。そのどちらかしかないと思っていた未来に、ありえない選択肢が提示されたのだ。
「よく考えろ。このまま牢で朽ち果てるか、俺の治療を受けるか。お前が選べ」
シンイチは、ただ静かに、囚われの黒豹の答えを待っていた。
それは、絶望の淵にいた彼女にとって、あまりにも甘く、あまりにも危険な、悪魔の囁きのように響いていた。
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