EP 13
選択の天秤
「そ、そんなこと…できません…」
かろうじて、リオナは言葉を絞り出した。目の前の男がやろうとしていることは、彼女の倫理観が、領主としての誇りが、決して許容できるものではなかった。
だが、シンイチの瞳は揺るがない。
「リオナ。お前は領主だろう?」
静かな、しかし有無を言わせぬ響き。
「民の命を、その両肩で預かる身だ。忘れるな。お前が今その地位にいるのは、これまでお前のために死んでいった兵士や、お前の統治を信じて税を納めてきた、名もなき民の犠牲の上だ」
「……わかっています」
「俺は、人の命を救いたい。ただ、それだけだ。俺の行動は、回り回って、必ずお前たちの利益になる。それも、わかるな?」
「……だからと言って、人を物のように扱い、痛めつけていい理由にはなりません!」
リオナは、勇気を振り絞って反論した。
その、あまりにも青く、正しい言葉に、シンイチはふっと息を吐いた。
「リオナ。俺たち医者は、絶えず『取捨選択』を迫られる」
「しゅしゃ、せんたく…?」
「ああ。例えば、瀕死の急患が二人、同時に運び込まれたとする。一人はまだ助かる見込みがある。もう一人は、致命傷で、助かる確率は限りなく低い。そして、お前は一人しか救えない。…さあ、どうする?」
それは、あまりにも酷な問いだった。
「そ、そんな…」
「俺たち医者は、迷わず『助かる見込みのある方』を選択し、治療する。見込みのない患者を、切り捨てるんだ。それが、最も多くの命を救うための、非情で、合理的な判断だからだ」
シンイチの言葉は、正しく、そして残酷だった。
「俺が今までやってきたことは、全て『対処療法』に過ぎん。オークが来れば銃で倒し、食糧がなければ種を出す。問題が起きたら、俺のポーチからアイテムを出して、その場しのぎで解決しているだけだ。アイテムが尽きれば、この領地はまたすぐに悪化する。…根本的な治療にはなっていない。どうするか?」
彼は、自ら答えを告げた。
「答えは一つだ。俺の『知識』と、お前たちアルクスの民が持つ、『生きようとする欲望』。その二つが、完全に合わさることだ」
「生きようとすることが…欲望、ですって…?」
リオナは、その言葉の響きに、嫌悪感を覚えた。生きることは、もっと神聖で、尊いものではなかったか。
「ああ、そうだ」
シンイチは、彼女の理想を、ためらいなく斬り捨てた。
「生きるということは、決して綺麗事じゃない。人間は、産まれた瞬間に『オギャア、オギャア』と泣き叫び、母親にミルクを、生きる糧を、貪欲にねだることから始まるんだ。それが生命の、抗いがたい本質だ」
生きることは、欲望。
彼の言葉が、リオナの胸に重く突き刺さる。
「理想を語るだけでは、民は救えん。腹は膨れん。病も治らん。時には、非情な選択をし、手を汚し、それでもなお、民を生かすという『欲望』を貫き通せるか? それが、領主としてのお前に、今、問われている」
シンイチは、ただ静かに、リオナの答えを待っていた。
彼女は、領主として、そして一人の人間として、己の魂を乗せる天秤の、どちらに傾けるべきなのか。
あまりにも重い決断を、迫られていた。
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