EP 11
同じ狢
シンイチの頬を打ったマリージョの手は、小さく震えていた。だが、打たれたシンイチの表情は、驚きこそすれ、怒りや痛みは一切浮かんでいなかった。彼は、まるで興味深い症例を観察するかのように、感情を露わにするマリージョを見つめ返した。
「…何を綺麗事を言っている」
静かに響いた彼の声は、氷のように冷たかった。
「医療とは、そういうものだ。切って、切られて、繋いで、失敗して。何度も、何度も、動物実験や、死体解剖、そして危険な臨床を繰り返して、一つの確実な治療法に結びつくんだ。その裏にある無数の犠牲の上に、今の医学は成り立っている」
「り、臨床…? ですが、それは…!」
「あんたらとて同じだろう」
シンイチは、マリージョの言葉を遮った。
「その『回復魔法』とやらも、最初から完璧だった訳ではあるまい。治しきれずに死なせた患者、魔力が暴走して逆に体を破壊してしまった失敗例。あんたらも、おぞましい人体実験の歴史を『奇跡』という言葉で塗り固めてきただけだ。俺たちと、同じ狢むじなさ」
その言葉は、彼女の信仰そのものを冒涜する、あまりにも残酷な刃だった。
「シンイチ…」
リオナが、悲痛な声で彼の名を呼ぶ。だが、シンイチは意に介さない。彼は、マリージョを真っ直ぐに見据えたまま言った。
「さあ、実験を続けよう。その魔法、どこまでなら回復できるんだ?」
そう言うと、シンイチは自らの右手の親指を掴み、躊躇なく、逆方向へとへし折った。
ゴキッ、と骨が砕ける、鈍く、嫌な音が静かな教会に響き渡る。
「あ、貴方…!? 正気ですか!?」
マリージョの顔から、血の気が引いた。目の前の男は、狂っている。自らの体を、まるで実験用の粘土か何かのように扱っている。
しかし、またしても彼女の身体は、意思に反して動いていた。彼女の掌から、先ほどよりも強い、悲痛な光が溢れ出す。
「ああ…! 神よ…!」
涙ながらに祈り、彼女は折れた指を光で包む。砕けた骨が軋みながら元の位置に戻り、繋がっていく。治癒の光が消えた時、指は元通りになっていた。
シンイチは、その指を数回、曲げ伸ばしした。
「…痛みは残るが、機能的には問題ない。使えるな」
その、あまりにも非情な分析結果に、マリー-ジョの中で、何かがぷつりと切れた。
彼女は、涙で濡れた顔を上げ、震える声で、しかしはっきりと告げた。
「…もう、お帰りください」
「……」
「貴方のような方に、ここは、あまりにも神聖な場所です。お願いですから…二度と、ここへは来ないでください…!」
それは、彼女にできる、最大限の拒絶だった。
シンイチは、何も言わなかった。ただ、求めるデータを得たという満足感と、予期していなかった完全な拒絶という、二つの相反する結果を手に、静かに教会を後にするしかなかった。
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