本当にやりたいこと④
「泣かないんだね」
自分一人だけが取り残されたように感じていた空間で不意に声が掛かる。
声のした方を振り向けば、星川が果実の元へ歩み寄って来ていた。
初めて二人の視線がしっかりと交わる。お互いに心の内を推し量ろうとしているのか、視線が逸れる事はない。
「……私、マグロなんです」
(ん⁉ え、マグロ⁉)
見つめ合っている状態の中で突如として投下されたマグロ宣言。
その真意を測りかね星川は内心目を白黒させたが、それをおくびにもださず次の言葉を待つ。星川が果実の姿を目の当たりにするのはオーディション時と合算しても精々数十分。そんな短時間の中であっても笑っている顔、疑問に感じている顔、訝しむ顔、真剣な顔、と色々な表情を見せていた目の前の少女が感情の抜け落ちた表情で語っているのだ。浮ついた話である筈がない。
果実は静かに目を伏せ、睫毛が影を落とした。
「目標が出来ると突っ走って立ち止まっていられないんです。
やっと掴んだチャンスをふいにしたくなくて自分の事ばかり考えて。他のメンバーの気持ちとか、これっぽっちも考えていませんでした。だから私に泣く資格なんかないんです。メンバーとして受け入れてもらうためにぶつかろうともしなかった私には……。
あっ、次ここ使うって言ってましたよね。すみません直ぐどきます。気まずい思いをさせてしまって、その上で気を遣わせてしまって本当にすみません」
眉を下げ苦しそうにしながらも笑顔を作る果実。傷つきながらも迷惑をかけまいと気丈に振る舞い一人で抱え込む姿は、見ていて手を差し伸べたくなる衝動に駆られた。
(その顔は……できれば見たくなかったかな)
急いで荷物を纏め出て行こうとする果実の腕を星川は掴んだ。想像以上に細く折れそうな腕に、咄嗟に力加減を注意する。
「ねぇ。それじゃあさ、一緒に練習しようよ」
「え……?」
「言われっぱなしは癪じゃない? それに立ち止まれないなら尚の事、ギュンと上手くなって一泡吹かせてやろうよ。オレ、ダンス得意だから教えられる自信はあるよ」
「でも……。ご迷惑になりますし、お気持ちだけで」
「そう言われる方が困っちゃうなぁ~。元々居残りする予定だったんでしょ? ならやろうよ。絶対後悔はさせないから、ね?」
渋々といった様子でコクリと一つ頷く果実に、星川は自然と口角が上がる。
「早速……といきたい所ではあるんだけど、オレに十分頂戴。それと振付師さんのお手本動画があればそれも見せて」
星川の要求を受け、果実はグループ内で共有されているお手本動画を携帯で表示し渡す。
腕捲りをして自信満々気合十分の星川とは対照的に果実はひどく不安げだ。
その様子を目敏く見逃さなかった星川は
「まぁ期待して待ってなって。絶対に裏切らないからさ」
果実の頭をポンと一撫でし、不敵な笑みを浮かべた。その笑みは妖艶で、そしてこの人ならできると思わせるだけの力を秘めている。
(不思議な人……)
果実は撫でられた頭に片手を置きながら、ボーっと星川を見つめる。視界に入る星川はお手本動画を見ながら小さく自分の体を動かしていた。その横顔に笑みはなく真面目に取り組んでいる事は一目瞭然だ。
星川には全く関係のない、ましてやメリットもない事。それを駆け出しの少女の為に本気でやってのけようとしている。どうしてそんな事ができるのか果実には信じられなかった。
ターンの度に小さく揺れる少し長めの金髪を見ながら思う。
こういう人が主人公なのだろうと。
自分は逆立ちしても主人公になれないのではないかと。
「よし、じゃあ始めようか」
「え⁉ もう大丈夫なんですか⁉ 十分どころか数分しか経ってないと思うんですけど」
「だいじょ~ぶ。オレ振り入れ早いから」
驚く果実に陽気にVサインを向ける星川。少しおちゃらけた言動は陰りをみせた果実の心境を考慮した結果であろうか。
さぁさぁ早く、と手招きをする星川の元へ果実は小走りで駆けて行く。
「まずターンだけど、ちゃんと顔を残せるように一点を決めて——」
果実と星川。二人で横並びになり練習に励む。
秘密の特訓は日が暮れるまで休むことなく続いた。
スタジオ貸出終了後。
帰り支度を整えた果実と星川は、階段を下りながら自主練の成果について話を弾ませていた。
「ほんっとうにありがとうございました‼」
「い~え~。ね? 後悔しなかったでしょ?」
「はい‼ この数時間でメキメキ上達したのが自分でも分かります……‼」
「それは良かった。最後に通した時に撮った動画送りたいから連絡先教えてくれる?」
「ありがとうございます‼」
新しく追加された一人の連絡先。
星川はそれを確認して自然と頬が緩む。
そんな星川とは対象的に、果実は表示されている名前を見てフリーズ。暫し逡巡した後に目をこれでもかと大きく見開いた。
「ハヤテ……。っ星川ハヤテさん‼ すみませんっ‼ 私気付かないで、ご厚意に甘えてそんな多忙な方の時間をもらってしまいました。すみません‼」
背負っていたリュックサックがひっくり返るほどの勢いで一気に頭を下げる。
星川ハヤテ。あの夏の日のオーディションで初めて知った名前。そして彼が超売れっ子のトップアイドルであることも全て思い出した。余りの申し訳なさ、恥ずかしさに頬は上気して赤く染まる。穴があったら入りたい。
そんな果実の姿を一瞥し、星川は声を出して笑う。
「ハハハッ。気にしないで良いよ。俺が好きでやった事だから。
それにこんな所で勢いよく頭下げるとか危ないよ?」
ほら顔を上げて、という星川の声に果実は恐る恐る頭を上げる。見上げた星川の顔は穏やかそのものであり声色も含め怒気は感じなく、ホッと胸を撫でおろす。
止めていた足を再び動かし始めた星川に続き、果実も残り少なくなった階段を下る。
エントランスに着き出入口を潜る直前で星川は振り返った。
「せっかく連絡先交換したんだしさ、ダンスの事でも何でも相談してよ。上達報告でもいいし。連絡待ってるから」
真っ直ぐ目を見て伝える星川。
出入口から見える外も暗いというのに不思議と彼の周りはキラキラと輝いて見える。
「秀でた所がない私に……華も無い私にどうしてそんなに良くしてくださるんですか……?」
内に秘めていた疑問を果実は自然と口に出していた。
慌てて口を押えるも時は既に遅し。星川は果実の疑問を受けキョトンとした表情をしている。そしてこれ見よがしな考えるポーズを取った後に
「なんで、か……。そうだなぁ~。今は『アイドルだから』って答えておく。沈んだ顔をした人を笑顔にするのもアイドルの仕事、ってヤベ。マネージャーから鬼電来た。ゴメン先に帰るわ‼ 気を付けて帰ってね~‼」
自然な笑顔で手を振りビル前に止まっていたワゴン車に乗り込んで行った。
「ちょっと入れ込みすぎなんじゃないのか?
十分分かっているとは思うがお前はトップアイドルなんだ。どこで誰が見ているか分からない。不要な接触は慎むべきだ」
移動用のワゴン車の中で星川はマネージャーから釘を刺されるも、どこ吹く風とばかり。
窓に掛かっているカーテンをチビリと押しのかし
「大丈夫、分かってますよ」
人工的な輝きに溢れた街並みを漠然と眺めながら呟いた。




