本当にやりたいこと③
「そんなことより先生‼ 約束の十分が経ちました。次は必ず合わせてみせます。お願いします、通し練習をやらせてください‼」
果実は独りでに撃沈した星川を意に介することなく、きっかり十分経ったのを確認して講師に願い出る。このラストチャンスで講師を納得させるだけの実力を示さなければ見放される可能性もあるのだから、真剣そのものだ。
(そ、そんなこと……⁉ このオレだぞ⁉ 全国の老若男女を魅了している星川ハヤテだぞ⁉ そのオレが『そんなこと』……なのか……?)
だが、その言動は物の見事に星川へクリーンヒット。間髪を入れずに繰り出された無自覚な追撃を受け、星川はとうとう両手・両膝を付き項垂れた。生まれた時から周囲の視線を搔っ攫い、チヤホヤされ続けてきた男だ。人に、ましてや異性から興味を持たれなかったことなど無いに等しい。そんな中で、一度会っているにも関わらずのこの反応。星川は生まれて初めて敗北感を味わっていた。
「はい‼ 浮ついてないで早く位置につく‼ 最後の通し始めるよ‼」
講師は声を張り上げ手を叩きメンバーを追い立てていく。
実の所、メンバーの影に隠れて講師も星川に見とれていたのだが、果実の言葉でハッと意識を現実に戻していた。いかんいかん仕事中だぞ、と己を叱咤し瞬時に『スパルタ講師』の姿を取り戻しているのだから、これもまたプロたる所以だろう。
「……先生。オレ次ここのスタジオ使う事になってて。待ってるついでに練習見ててもいいですか?」
場の空気を読み即座に内なる敗北感から復帰した星川。心なしか顔色は青白い。
「(キャー‼ 星川ハヤテに話しかけられちゃった~‼)えぇ。構わな——」
「えぇ⁉ 次ここ使うんですか? おっかしいな? 居残り練できるって社長から聞いてたんだけど……?」
「こら果実‼ 無駄口叩いてないで集中‼」
「すみませんっ‼」
(あ、うん。そこは拾ってくれるのね)
遠い目をしてアルカイックスマイルを浮かべる星川。初めて果実から自発的な反応が示されたことに喜びを感じる反面、興味を引いた点が自分自身ではないことに悔しさを感じる。スタジオ登場時に比べるとやや覇気の薄れたオーラを纏い、壁際に腰を落ち着かせた。
(色々思うところはあるんだけど……一先ず成長具合を見させてもらいますか)
視線の先に映るのはオーディション時と変わらない前だけを見ている果実の姿。
そんな彼女は二人から力量を測られているとは露知らず。
審査の開始を告げるように音楽が流れ出した。
「まだまだ課題はあるけど取りあえずは合格で良いでしょう」
通し練習が終了し、講師は開口一番評価を告げた。
百二十%の力を出し切った果実は肩で息をしながら胸を撫でおろす。
しかし、講評はそれで終わりではなく
「でも『指摘されたからやります』じゃダメなんだよ。『体を大きく動かす』とか『表情管理』は自主練でも気を付けられることじゃん。出来る事をやって来ないで全体練習に臨むって正直ありえないし甘えだと思うよ。普段から見られる事、『自分の魅せ方』を考えて練習するように。
他の子も果実が途中加入したとはいえ、今は同じグループで活動しているんでしょ? 果実が指摘されてるのを見て、『足引っ張ってる』みたいな空気出して他人事でいるのは可笑しくない? 切磋琢磨していけないようじゃ、人に感動を与えられるような良いパフォーマンスが出来るグループになんてなれるとは思えないけど。
……では今日の練習は以上です。
各自、今日の反省を次に活かすようにしてください。お疲れ様でした」
そして講師は足早にスタジオを退室していく。星川の前を通った際に軽く手を振っていたのはご愛嬌であろう。
残されたメンバー内で重苦しい空気が流れる。
誰もが立ち尽くし口を閉ざす。
ただ時間だけが刻々と過ぎてゆく。
「正直、私は先生の言っていることに納得ができない」
どれ程の時間が経過した頃だろうか。
何の前触れもなく、センターを務めるメンバーが芯のある声で告げた。
「事務所ができた時から私達はずっと六人でやってきた。
グループを結成して初めてのライブ。期待に胸を膨らませてステージに上がったのに、お客さんは一人も居なかった。あんたそんな事だって知らなかったでしょ⁉ 私達はそこから一緒に頑張ってきたの‼ 今はまだ小さい箱かもしれないけど……それでもお客さんを呼び込めて、ファンが付くようになったの‼
それをあんたは何よ? 途中で合流して。歌もダンスもまだまだで。それなのに必死に獲得したファンはあんたに推し変して。認められる訳ない。『一緒に頑張っていこう』なんて手を取り合えるほど私は聖人じゃない‼」
認められない。
そうハッキリと告げた少女の頬に涙が伝う。ふんだくるようにして自分の荷物を拾い、そのまま駆けてスタジオを出て行った。他のメンバーも少女の後を追うようにしてスタジオから姿を消す。
「まっ——」
待って。
そう言いかけるも最後まで音にすることは叶わない。
追いかけようと踏み出した一歩、伸ばした腕。
しかし想いも虚しく届くことはない。
果実は行き場を失った腕をだらりと下げる。
悲しくも、果実と他メンバー間での亀裂が明確になった瞬間だった。




