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本当にやりたいこと②

 数日後の休日の昼下がり。


「果実‼ ワンテンポ遅い。ちゃんと音聞いて合わせて‼」

「はい‼」

「ちょっと! アタシに被ってる‼ 立ち位置ぐらい合わせなさいよね」

「すみません‼」


 都内某所のダンススタジオ内では怒声が飛び交っていた。

 若手アイドルユニット『夏の華』が全体ダンスレッスン中なのである。全体練習では当然、全員の動きが一目瞭然となる。メンバーのレベルに必死に喰らいついている状態の果実は悪い意味で目立つことが多く、講師やメンバーからの指摘も多く受けていた。

 通し練習のため指摘が入りながらも流れ続けていた曲が突如止む。呼応するようにスタジオに響くスキール音もピタリと止み、その代わりとばかりに講師の手を叩く音が響き渡る。


「ストップストップ。果実さ、やる気あるの? テンポも遅れ気味、体も大きく動かせてない、表情管理も出来てない。私だってこんな事言いたくないけどさ、今の所良いところは一つもないよ。果実が出来てないから折角の全体練習を止めなきゃいけなくなって、皆の時間も無駄になってるの分かってる? どうする? 辞める?」


 講師の怒りを孕んだ静かな言葉に場が張り詰める。

 他のメンバーは講師と目が合わないよう俯くばかりで助け舟が出る気配もない。

 果実は荒い息を繰り返しながら拳を握りしめ、懸命に叫ぶ。


「っすみません。私に十分だけ時間をください‼ 必ず修正してみせます‼」

「……。じゃあ全体十分休憩。その後にもう一回最後の通し練習します」


 心底落胆している、と言わんばかりの表情と声色で泣きの一回を行うことを告げる講師。

 始めの頃は心にクるものがあったが、今ではもうその感情もない。慣れも当然あるだろう。しかし、実力が周りと比較し劣っていると果実自身も認めていたため、如何にしてその差を埋めるか、という事のみに脳のリソースが割かれていたことが大きかった。

 他のメンバーがゆっくりと壁際に移動する中、果実は持参したノートと携帯を取り直ぐさまフロア中央へ戻る。

 そのノートは曲毎に振りのカウント取りやポイント、過去に指導された要点をギッシリと書き込んだ、果実手製の教科書のようなもの。

 必死にノートを捲り要点をザっと復習した後に、携帯で音源を聞きながら実際に体を動かして踊り、頭の中のイメージと擦り合わせていく。

 十分という限られた時間が刻々と過ぎていく中で


「どうもこんにちは~」


 スタジオ内の空気にそぐわない陽気な声を出して一人の男が入室してきた。男は付けていたマスクを外し、被っていた帽子も取る。現れた男の顔を見て壁際で休憩していたメンバーは一斉に目を丸くし


「「「きゃあぁぁぁ‼ 星川ハヤテ‼ えぇ何でここに⁉ ヤバいカッコいい~‼」」」


 黄色い声援が一瞬にして湧き上がる。視線は星川に向けたままメンバー同士で身を寄せ合い、喜びを嚙みしめているようだ。そんな反応に


(そうそうそうそう‼ これこれぇ~これよ‼ やっぱオレはキャーキャー言われるのが一番似合う男っしょ‼)


 営業スマイルで手を振りながら、星川も内心喜びを嚙みしめる。

 星川がここへ来た目的。それは偏に果実へのリベンジだった。

 己の人生は常に黄色い声援と共にあり、今ではトップアイドルにまで上り詰め人気・知名度共に手に入れた星川。そんな彼はオーディションの審査員を務めた際に自分の顔を見て悲鳴を上げなかった、ましてや自分の事を知らなかった人がいた事にショックを受けていたのである。

 しかしアイドルの頂点にまで上り詰めた男、やはり気概が違う。確かにショックを受けたのだが、同時に絶対に小林果実にキャーキャー言わせてみせる、と燃えたのだ。

 所属事務所同士の繋がりから果実が夏空事務所に所属した事を知った星川は以降、夏の華に注目をしていた。そんな中、事務所スタッフから今日この場所で果実達が練習することを聞きつけた星川は所属事務所社長・内予に頼み、事前に次のスタジオ使用枠を抑えていたのである。


(今こそリベンジを果たす時‼ アイドルとして活動を始めたのなら尚の事、オレのことは認知しているはず‼ さぁ小林果実、存分にキャーキャー言うがいい‼)


 完璧な笑顔を崩すことなく周囲を見回す。も、こちらを向いている者の中に果実の顔はない。そして直線上に見える一心不乱に踊り狂う一人の少女の姿。


(う……嘘……だろ……?)

「こ……、こばやしぃ?」


 崩れる事を知らないはずの星川の笑顔がピシりと固まり、口角がフルフルと震える。小林と呼ぶ声は素っ頓狂な音程を奏でていた。

 そんな事情などまるで知らない果実は名前を呼ばれたことで漸く(ようやく)踊るのを止め、星川に視線を向ける。

 が、やはり以前と同様に訝し気にこちらを見る果実に、星川は顔を引き攣らせていく。

 蘇る夏の日の悪夢。


「お、オレのこと……分かる?」


 訊きたいようで訊きたくない。そんな相反する感情を抱きながら訊ねる。

 果実は二、三秒じっと星川を見つめ、口を開く。


「えっと……。すみません、どちら様ですか?」


 その表情は酷く純真無垢なモノで。

 星川はリベンジどころかその場に崩れ落ち片膝をつく羽目となった。

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