夢への挑戦権
「あ、ねぇ! 七橋さん!」
スタッフが退室し緊張感が薄まったスタジオ内で、果実は七橋に声を掛ける。
「色々励ましてくれてありがとう。私、相当不安そうな顔してたから気にかけてくれたんだよね? おかげ様で全力を出し切れたと思う。本当にありがとう‼」
「全然‼ 私も初めて応募したオーディションだから緊張してて。同じように緊張してる果実ちゃんを見て同士だぁ~‼って勝手に肩組んじゃった。迷惑になってないなら良かった。それに勝手に名前呼びしちゃってゴメンね。私の事も麻衣でいいから」
眉を下げ申し訳なさそうに笑う七橋。コロコロと変わる表情からも彼女の明るい性格が垣間見えた。穏やかな二人の雰囲気に触発されてか他の受験者達も会話に加わって来て。気が付けば七橋は皆に囲まれ、その中心で太陽のように笑っていた。
(溢れる主人公感……。本当に麻衣ちゃんは天性のヒロイン気質なんだなぁ)
輪の中心から外れた果実は七橋を見てそう感じた。
談笑に花が咲き始めた頃。
ドアをノックする音の後に中年男性がぞろぞろと入室して来た。受験者一同は素早く用意された椅子に戻り着席する。
若手スタッフがスタンドマイクの高さを調節し終わると、ひと際大きな存在感を放つ人物がマイクの前に立つ。最終審査の審査員も務めたナイヨ芸能事務所代表取締役社長・内予大吉だ。その手に持つのは一冊のファイル。あの中に合格者の名前が記載されている事は想像に容易く、自然と受験者の視線は内予の手元に集中していた。
「え~。『ナイヨ芸能事務所 真夏の女性アイドルオーディション』受験者の皆さん。当事務所代表取締役社長を務めております、内予大吉と申します。この度は弊社のオーディションにご参加いただき誠にありがとうございます。早速ですが合格者の発表に移らせていただきます。合格者は募集要項通り五名となります」
長ったらしい前置きをするでもなく、内予は直ぐに本題へと入る。持っていたファイルを開く動作を皆が固唾を飲んで見守っていた。
「それでは発表します。一人目……、エントリーナンバー六千八百三十一番、七橋麻衣」
「はいっ‼」
名前を呼ばれた七橋が返事をしてその場で立ち上がる。感極まってかその瞳は微かに潤んでおり、涙が光に反射して目元がキラキラと光っている。その姿さえも美しい。きっとデビュー後にはオーディション時の映像としてドキュメンタリーに使用されることだろう。
その後も淡々と合格者が発表されていく。
しかし、果実の名前が呼ばれることはなく。
「五人目、最後の合格者の発表です」
残すところあと一人となった。
果実は藁にもすがる思いで両手をきつく握りしめ、必死に祈る。数えきれない程に落ちたオーディション。そんな中で差し込んだ一筋の光。このチャンスを決して逃してはいけないことは直観的に分かる。
「五人目……。エントリーナンバー——」
(九十七……、九十七……。呼べ、呼べ、呼べ、呼べ、呼べッ‼)
心の中で必死に叫ぶ。
しかし。
「三千三百八十二番」
現実は願えば叶うほどに甘くはなく。無情にも果実の番号が呼ばれることはなかった。
「あ、あのっ……」
合格発表が終了し、その場を後にしようとしていた内予を果実は引き留めた。スタッフが慌てて果実を下がらせようとするも、それを内予は片手で制止する。
「何かな?」
「エントリーナンバー九十七番の小林果実と申します。急に引き留めてしまってすみません。……あの、もし差支えなければ私の落選理由をお聞かせ願えませんでしょうか」
「ほう?」
無下にされるでもなく続きを促すような内予の反応に、果実は交渉を続ける。
人生を懸けてアイドルという夢を追っているのだ。ここでただ転んで帰る訳にはいかなかった。
「私は本気で、人生を懸けてアイドルを目指しています。その夢を掴むために何故私が選ばれなかったのか……その理由を知ると知らないとではその先の未来は大きく変わると思いました。ですのでどうか……お願いします。私に落選理由を教えてください」
ガバッと果実は頭を一気に下げる。涙が零れないように必死に目元に力を入れ、床を見つめた。コツッという靴音と共に視界に革靴の靴先が現れる。
「頭を上げて。君には少々酷な事を言ってしまうかもしれないが、それは評価者が下した嘘偽りない評価として許してほしい。……小林果実君。君は歌もダンスも自らの魅力をアピールするプロデュース能力も粗削りではあるが光るモノがあると思う。容姿だって悪くない。磨けば強い光を放つ可能性を秘めた原石である可能性は十分にあるだろう。でもね、君には『華』がない。ウチは華々しい王道のアイドルを輩出することで生き残っている事務所だからね。ウチには合わないと思って君は選ばなかった」
内予から告げられた言葉に果実は目を見開き、息をのむ。
『華がない』
告げられた事実は果実の心を深く、深く抉った。
「っ……。ありがとう……ございます。お忙しい中引き留めてしまい、申し訳ありませんでした。」
果実は再度頭を深く下げる。その姿を一瞥した内予が会場を後にするまで頭を下げ続け、退出した瞬間にその場に崩れ落ちた。ポタポタポタと床には幾つもの水滴が次から次へと零れ落ちる。
「ッ。……っふ。ふんっ……。うっ……」
蹲り声を押し殺して泣く果実。その姿は小さく、どこか儚さを感じるものだった。
内予は会場を出た所で壁に寄りかかる男を見つけた。男はポケットに手を入れ片足重心で立っている。その姿が異様に様になっていた。
「来ていたのかハヤテ。……お前には悪いが例の子は不合格にさせてもらった。悪く思うなよ」
「……。まぁ、社長の判断ならしゃーなしっスね。私情を抜きにしても、ミリでも可能性感じたんだけどなぁ」
聞きたいことを聞き終えると、ハヤテは颯爽とその場を立ち去って行く。
(他人に興味を抱くことのないハヤテが気にかける……ましてや合否を自ら確認しに来るとは。それにあのガッツ。悔しさを我慢しその先へ繋がる行動を取れるのは大きい。然るべき場所で研鑽を積めば本当に眩く光るかもしれん……。悪手を打ったか?)
そう考えた所で内予はフッと自傷気味な笑みを漏らす。
選択の結果など今は誰にも分からない。
所詮は採った選択を正解にできるよう、精進するしかないのだ。
(さ、多く『正解』を出すためにも溜まった仕事を捌くとしよう)
喜びや悲しみの声で満ちたスタジオとは対照的に閑静な廊下を内予は歩き出した。
落ち着きを取り戻した果実は帰り支度を整え、帰路に就こうとしていた。
(色々付き合ってくれた璃日心には申し訳ないなぁ……)
泣き腫らした目元を隠すように深く帽子を被り、事務所の玄関を潜る。今日ばかりは夏の刺すような厳しい太陽光に感謝だ。おかげ様で帽子を被っていても何ら不自然はない。俯きがちに歩いていると
「そこの君‼ ちょっと待って‼」
との声が聞こえた。不合格となった落胆もあり、どこぞの誰かがスカウトでもされているのだろう、と他人事としてスルーをしかけた果実。しかし、『黒いキャップ帽被った君‼ 止まって~‼』との声が続けざまに上がり足を止めた。振り返ると、今正に歩いて来た道のりを走って此方に向かって来るスーツ姿の中年男性がいた。運動不足か、はたまた歳のせいか。足がビックリするほど上がっておらず、躓きそうになる姿が見ていて危なっかしい。
「はぁはぁ。やっと……お、おいついたぁ……」
「あの? 私に何か?」
果実の元まで辿り着いた中年男性は膝に手を付き大きく肩を上下させる。が、そんな様子を気にすることもなく、果実は要件を早く話すよう催促した。
「呼び止めてゴメンね。僕は決して怪しい者ではなくて……、こういう者です」
果実が催促したのは精神的な余裕のなさから来るものであったが、男性は不審者と認識されたと勘違いしたらしく、怪しい者ではない、という部分を強調して話す。切れる息を整えながら懐から名刺を取り出して果実に渡した。果実は受け取った名刺に目を落とす。
「夏空……芸能事務所?」
「はい。夏空芸能事務所社長を務めております、夏空と申します。といっても、まだまだ知名度がないから聞いた事ないよね……? 元々僕はナイヨ芸能事務所の社員で、一年程前に独立して新しく事務所を設立したんだ。古巣のよしみでナイヨの傘下に入れてもらってて、その関係で今回のオーディションの様子も見させてもらっていてね。僕は君に可能性を感じたんだ‼ ぜひ僕の事務所に来て、共に上を目指して行きたいと思ってる‼ 直ぐには返事をできないと思うから——」
「やります‼ やらせてください‼」
果実は夏空の言葉を遮り叫ぶ。
地獄に突き落とされた直後に降って湧いたようなチャンス。それをみすみす逃すという選択肢は果実には無かった。
「ありがとう、嬉しいよ‼ 慌てて追いかけたから資料を持ってきていなくてね。一度取りに戻るから、二度手間になって悪いけどナイヨ事務所に戻ってロビーで待っていてくれるかな? 受付の子には話は通しておくから」
「わかりました‼ よろしくお願いします‼」
九十度に頭を下げる果実に、こちらこそ、と夏空も頭を下げる。
女子高生と中年男性がお辞儀をしあう図。傍から見たらさぞかし可笑しな光景だろう。
こうして十七歳の夏、果実は夢への挑戦権を手に入れることとなった。




