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アイドルになるべくして生まれた女の子

 三次の歌唱審査、四次のダンス審査も奇跡の如く突破することができ。

 八月下旬某日、果実は最終審査を受けに都内某所に存在するナイヨ芸能事務所を訪れていた。

三次以降は審査会場がオフィス内であったため、ここを訪れるのもこの短期間で三回目。しかし、膨れ上がる期待と比例するように緊張も増大するため、慣れることはない。

 果実は背負っているリュックサックの紐をギュッと強く握り、自動ドアを潜る。

 真夏のうだるような暑さに対してオフィス内は冷房が効いていた。緊張も相まってか少し肌寒くも感じる。


「ご案内いたします」


 受付を済ませ控室に通される。控室内でジャージに着替え(部屋の中は簡易更衣室としても使用できるようパーテーションで一部区切られていた)再度スタッフから声が掛かるまで待機する。集合時間にはある程度ゆとりを持って来た果実であるが、既に控室内には八人の先客がいた。二次審査通過率はおよそ十%、三次で半数に絞られ、最終審査へ進んだ者は僅か十名。あと一人を残しライバルは出揃っていた。

 鏡で髪型をチェックしたり軽く準備体操をしたりと、各々自由に過ごしてはいるが、相手の力量を計るような視線が隠し切れずにチラチラと飛び交う。果実も例に漏れることなく、気にしていない体を装いながら他の受験者に視線を送っていた。


(うわっ、あの子すっごく可愛い。あの子はダンスめちゃめちゃ上手かった子だ‼)


 この場に居る者は熾烈を極める審査を潜り抜けて来た者である訳で。当然の如く、皆が自身に満ち溢れた表情をしてキラキラと輝いていた。果実がライバルのレベルの高さに圧倒されていると、扉がノックされ


「おはようございまーす‼」


 元気よく挨拶をして少女が入ってきた。静まり返っていた室内に響き渡るハッキリとした声に皆がその少女に視線を集め


(うわ、めっっっちゃ可愛い子……‼)


 果実は戦慄した。くっきり二重で大きくクリクリとした瞳、ぷっくりとした涙袋、理想的なまでのEライン。蛍光灯の光を反射して輝く綺麗な茶髪はポニーテールに纏められ、動くたびに揺れる様が可愛らしい。あの子は受かる、誰が見てもそう確信してしまう程に容姿端麗であり、纏っているオーラが一味違っていた。




「それでは皆さん、時間になりましたので審査会場へご案内します」


 着替えを終えたポニーテールの少女が更衣室から出てきてから程なくして、果実達は審査会場へと移動した。

 通されたのはスタジオのような場所。長机に審査員五名が座っているだけでなく、壁際にズラリと社員が並んでいる。そればかりでなく前後左右、構えられているカメラの数も段違いだ。


「~~。まず始めに審査の流れについての説明です。二人毎に課題曲を披露していただきます。受験番号を呼ばれたら速やかに前に出てください。受験者全員終了しましたら、この場で五分~十分ほど待機していただきます。その後、弊社代表取締役社長・内予より合格発表を行います。次に注意点ですが、審査中は受付時にお渡しした受験番号が記載されたカードを見えやすい位置に付けるようにしてください。それでは『ナイヨ芸能事務所 真夏の女性アイドルオーディション』最終審査を開始します。受験番号二十六——」


 番号を呼ばれた受験者が前に出る。

 審査員と少しやり取りをした後にかかる課題曲。

 運命を分ける最終決戦が幕を開けた。

 最終審査は総合パフォーマンス審査だ。課題曲は事務所所属アイドルグループが出している有名な王道アイドルソング。受験者は審査一週間前に送られて来た課題用動画を確認し、歌唱パート及び振りを覚えて披露する。つまり、踊りながら歌うライブ形式の審査だ。そして送られてきた動画はセンター用の割り振り。自らの輝き、可能性を存分にアピールしてみろ、と言わんばかりの審査内容であった。

 受験番号が呼ばれ、課題曲がかかる。それが三回、四回と繰り返されるも果実が呼ばれることはなく。最終グループでの審査であることが確定した。

 前グループのパフォーマンスも終盤。緊張した面持ちを浮かべながら見ていると


「私たち、最後だなんて緊張しちゃうよね」


 隣に座っていたポニーテールの少女に小声で話かけられる。そう、最終グループのもう一人は(くだん)のポニーテールの少女であった。声に反応し振り向いた果実を少女は真っ直ぐな瞳で見つめる。少女の瞳に映った果実の表情は自分でも驚く程に自信なさ気で。


「ここまで来たんだもん。自信持って頑張ろ」


 そう言うと少女は果実の背中をポンッと軽く叩く。

 ついさっき出会ったばかりの名前も知らない他人、ましてや限られた椅子を懸けて戦うライバル。そんな相手を気遣い、敵に塩を送る行為を平然とやってのける少女。なんてアイドルに相応しい女の子なのだろう。


「ありが——」

「それでは最終グループです。受験番号九十七番、六千八百三十一番前へ」

「はい‼」

「っはい!」


 お礼を言おうとした所でスタッフから呼び出しがかかり、急いで返事をする。少女の後を追う形で前に出て、片方のバミリ(バツ印)の上に立つ。心臓が脈打つのを全身で感じた。


「受験番号六千八百三十一番、七橋(ななはし)麻衣(まい)です‼ よろしくお願いします」

「っ、受験番号九十七番、小林果実です……! よろしくお願いします!」

「では最終審査を開始します。音先のポーズを取ったら4カウントの後に楽曲が流れ始めます。それでは準備をしてください」


 果実は一つ大きな深呼吸をして、後ろを向く。その瞬間


「果実ちゃんは可愛いよ。大丈夫、自信持ってこ」


 小さくそう聞こえた。隣にチラリと視線を向けると、先に準備を終えていた七橋がポーズを取りながらウインクを送ってきている。七橋のおかげでどこか肩の力が抜けた果実は口元に薄く笑みを浮かべ、静かに瞳を閉じ同じポーズを取った。

 果実たちの戦いが始まる。

 タン、タン、タン、タン、とカウントが流れ、曲の入りと同時に振り返りポーズを決める。王道アイドルソングらしく指でハートを描いたり、元気に飛び跳ねたりと可愛らしい振付をされていて手数も多い楽曲だ。ターン、ステップと忙しなく足を動かし、カウントギリギリになりながらも指さしポーズを入れ切る。いくら練習したとはいえ踊りながら歌うのは難しく、マイクの位置もブレブレに。それでも今発揮できる最大限を出すべく、懸命に踊り、歌い続ける。


(もうちょいで落ちサビ……! ちゃんと決める‼)


 落ちサビでは演奏がワンフレーズ分止み、センターパートのみが歌唱する。その後はハモリが入り音程を取るのが難しくなる反面、ビシッと決める事ができれば非常に盛り上がる場面だ。

 胸に手を当て、一音一音大切に紡いでいく。

 ワンフレーズを歌いきると音源上でハモリが入ってきたため、釣られないよう自由な右手を無意識に耳に当て主旋律を歌いきる。


(よし、いけた‼)


 落ちサビを抜けた所で偶然にも七橋と顔を見合わせ、笑顔が弾ける。果実と同様に七橋も不安を抱える箇所であったのだろう。その笑顔は普段以上にキラキラと輝いていた。

 そのままの勢いでラスサビを走り抜け、最後の音に合わせてポーズを決める。

 肩で息をしながら、大きなミスをする事もなくパフォーマンスを終えられたことに果実は安堵した。審査終了の合図と共に自然と膝に手をつき、滴る汗を拭う。

 やり切った。

 その思いを胸にスタジオ内の待機列に戻る。

 再度受験者に軽く説明を行った後、審査会場にいたスタッフの殆どが退室して行った。

 受験者十人の内、用意された椅子は五つ。

 運命の結果発表まで、あとわずか。

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