初めて掴んだチャンス
啖呵を切ったは良いものの無情にも不合格が続く日々が流れ、果実は終業式を迎えていた。
学内にアイドルを目指している人がいる。そんな話は多感な時期である高校生の興味を引くには十分すぎるほどで。一瞬にして拡散した。そして小林果実という生徒の存在は学年を問わず皆が認知する事態となり、彼女の姿を知らない者の中には『一体どんな奴なんだ』と、興味本位で果実の姿を一目見ようと画策する者さえ出て来る始末。そのような状況の中で行われる終業式は正に針のむしろであり、四方八方から好奇の目に晒されていた。
「なんかドッと疲れた……」
無事に教室へ帰還した果実は扉に手を掛け思わず小さく呟く。その様を見たクラスの女子や他クラスの知り合いが労いの言葉を掛けてくれるため、アハハハハと愛想笑いを浮かべながら軽く手を振っておく。一足早く芸能人にでもなった気分だ。
今は全体集会が終わり、ホームルームが始まる前の移動兼休憩時間。
普段は一緒に行動する松基もこの時は姿を消しており手持無沙汰になった果実は、時間潰しに携帯を触る(果実の通う高校は基本的に自己責任である代わりに校則が非常に緩く、授業中を除けば校内での携帯電話の使用も許可されているのだ)。最近付いてしまった手癖により無意識にメールボックスを開いていると、集会中に新規メールが一通届いていたことに気が付いた。もしや、と思い素早くメールに目を通す。そこには果実が待ち望んで仕方がなかった文面が記されていた。
「それで? ホクホク顔ってことは、とうとう一次審査突破した⁈」
放課後になった瞬間に果実と松基は屋上に移動していた。というのも、ホームルームが始まる直前に教室へ帰って来た松基が目にしたのは、緩みまくった表情で上機嫌な果実の姿。周囲に花を飛ばしている幻覚まで見えるのである。これは何か進展があったな、と確信した松基は放課後に事情聴取する約束を取り付けていたのだ。
「うふふふふ~ん‼ 私も早く璃日子に言いたくて仕方がなかった‼ なんと私小林果実、この度『ナイヨ芸能事務所 真夏の女性アイドルオーディション』に参加する事が決定致しました~っ‼」
盛大に拍手をしつつ、パフパフパフ~↑↑と自分の口で効果音を付けているのだから相当浮かれている。松基の祝福の言葉すらかき消される勢いだった。
ナイヨ芸能事務所。それはアイドル業界を主戦場とした、今最も勢いに乗っている芸能事務所だ。近頃活躍しているアイドルグループは専らこの事務所所属であり、大御所の一角を担うまでに華々しい急成長を遂げている。その知名度は高く、業界に興味のない者でも日常生活を送る中で誰しも一度は耳にするほどだ。
「それでね‼ 少しでも印象に残るようにキャッチフレーズを作ろうと思うんだけど、個性が出るモノを思いつかなくって。何かいい案ない?」
縋るように見つめると、松基は顎に手を当てフムフムと呟き
「『田舎が生んだ小さな果実、小林果実で~す‼ 大きくなれるよう頑張ります♡』とかは?」
「……う~ん、もう少しスタイリッシュさというか、カッコ良さが欲しいかも」
「そう? 結構出来がいいと思うんだけどなぁ。出身に名前、今後の意気込みまで入ってるし。強いていうなら『イメージカラーはグリーンです♡』も追加すれば情報量としては完璧でしょ」
「情報云々は一旦置いておくとして……。何故にイメージカラーが緑? 『元気っ娘』からの連想で黄色とかオレンジの方が近くない?」
「一理ある。けど、名前に『林』と『果実』が入ってるし緑もアリじゃない? 後々メンバーカラーの衣装着るってなった時に、顔の系統的には緑の方が映えそうってのもある」
「うわ、それ言われたら何も言えないわ。璃日子の美的センスには敵わないもん」
「任せなさいって。それで言ったら服装は——」
その後も二人の作戦会議は止まることを知らず、日が暮れ始めるまで続いたのだった。
体力作りに自分磨き、歌、ダンス……と自主練に励み続け。
八月某日、果実は都内のとある野外イベントスペースに居た。
ナイヨ芸能事務所のアイドルオーディションは数年に一回開催されており、その応募者数は例年一万人近くにのぼる。
この事務所の最大の特徴。それは『実際に目にしてみなければオーラは分からない』という社長の意向から、余程の事がない限り書類審査は通過する点である。
その分狭き門となるのが、果実がこれから挑もうとしている二次審査だ。そのメイン評価項目は『個性』。一人三分の持ち時間内で各々自由に特技などのアピールポイントを審査員の前で披露し、採点される。
しかし、いくら一人三分とはいえ一万人近くを捌くには膨大な時間が必要となる。そこで、ステージ(審査会場)に辿り着くまでに受験者を篩に掛ける『名前のない審査』が存在した。
本当の二次審査は受付時からスタートする。採用担当スタッフは受付に来た受験者の風貌を確認し、見込みありと判断した者にはエントリーナンバーを書き込んだ養生テープを渡し、見込みなしと判断した者には無慈悲にもその時点で帰宅用通路へ案内する。受付を突破した者も『控えの間』と呼ばれるテントに順次十人単位で通され、この中で再度風貌チェックが入り、通過した者のみがその先の通路へ通される。そうしてようやく審査待ちの列に整列できるのだ。
こうした斬新かつ残酷なオーディション様式はたちまち世間の間で有名となり、受験者は次第に自分に自信を持っている子や、それでも挑戦したいといったガッツのある子が大半を占めるようになった。本気でアイドルを目指す者のみに洗練されていったのである。そして、その中でさらに個性を出せなければ無論三次審査には進めない。
果実は受付待ちの列に足を向ける。
本日の出で立ちは白いシフォンブラウスにデニムのショートパンツ、足元はアイボリーのスニーカー。薄めの色で統一し顔回りを明るく見せつつ、清潔感を出している。さらに袖部分がシースルーとなっている物をチョイスし、夏らしい清涼感を演出。ベルトを取り入れ全体を締めると共にスタイルを際立たせている。シフォン素材とデニム生地、スニーカーを取り入れることで、アイドルらしいフェミニンさと野外会場であることを踏まえたカジュアルさを両立。清楚感のあるナチュラルメイクを施し、髪はハーフアップに。顔回りのおくれ毛も含め綺麗な外ハネにセットされていた。
度重なる作戦会議の集大成。本日も松基は始発に間に合うよう、朝早くからメアメイクを施してくれている。友の多大なる援助により、史上最高の自分で望んでいるという自負がある。しかし、どうしても不安は拭えないもので。
ここまで来て門前払いかもしれない。
ネガティブな予感が腹の中をグルグルと回る。
着々と進む列。ステージと反対方向に進まされる人の姿。通路で蹲り号泣しているのであろう背中。列が進むほどに不合格者の姿がより鮮明に見え、数分後の自分の姿となっているのではないか、と不安が膨れ上がる。
そしてとうとう列の先頭まできた。
「次の方どうぞ」
呼びかけにビクリと肩を跳ねさせ、スタッフの元まで進む。
「エントリーナンバー九十七番、小林果実です」
「本人確認を行いますので、本人確認が出来るものの提示をお願いします」
指示に従い果実が学生証を提示すると、スタッフは手元に持っている書類と学生証に相違がないか確認し、頭のてっぺんから足元まで鋭い視線を走らせた。
今だかつて向けられたことのない値踏みをするような視線に自然と手に汗を握る。事実にして数秒の出来事。しかし、果実には数分にも至るように感じられた。パッ、とスタッフの視線が外れた所で息を吐く。どうやら気付かぬ間に呼吸を止めていたようだった。
スタッフは卓上に置いてあった養生テープにマジックで大きく九十七と書き
「それでは、このテープを胸に貼り右手の通路にお進みください」
と、果実に渡す。
第一関門突破の証。あまりの嬉しさに胸元で大きくバッツポーズを浮かべる。名前のない試験とは云え、何十連敗もしていた中で初めて得た『通過する』という経験。それは果実にとって大きい前進であった。
どこか誇らしい気持ちで受験番号を左胸に張り、通路を進む。集合時間が千人単位でずらされており、果実は初回のグループに属している事もあってか次に続く列は予想以上に空いていて。
あれよあれよという間に控えの間に通された。
前に続く形で列のままテント内に入った果実達は、側面に設置された長机に着席しているスタッフ三人と向かい合うように九十度方向転換させられる。ここでもまた、審査員の鋭い視線に耐えながらジッと立ち尽くすのみ。アピールをしたくても許されない場にもどかしさを感じながら、己の魅力が伝わることを切に願う。順次スタッフが手元のタブレットに何かを打ち込んでいく様には寿命が縮まる思いだ。
「お待たせいたしました。それでは次に進む通路を発表いたします。」
特に何かを相談する素振りも見せず、スタッフの一人が唐突に説明を始めた。
逸る気持ちを抑え、祈るように次に続く言葉を待つ。
「~~~。三十五番、百二番、九十七番は右手側の通路に進んでください。以上です」
(帰宅コースって確か左側通路だったよね……⁉)
一抹の不安を抱えながらテントを出て右側の通路へ進む。
そのまま順路に従い進んでいくと、ステージ脇に辿り着いた。
(ヤバい‼ ありがとう璃日子‼ おかげ様で今日ツイてるかも‼)
果実は思わずその場で小さく飛び跳ねる。口に両手を当て我慢しているが、驚きのあまり気を抜けば叫んでしまいそうだ。ステージから時折悲鳴や歓声に似た叫び声が聞こえるのだが、果実は自分の世界に入り気にも止めない。ムフムフと嬉しさが滲み出した表情を浮かべるばかりである。そして——
「それでは次の方、ステージに上がってください」
階段を上れば二次審査本番が始まる。
緩んだ気持ちを引き締めるため果実は頬を両手で思い切り叩き、気合を入れ直す。その様を見た誘導スタッフは若干引いた表情を見せるが気にしない。こちとら人生を懸けた挑戦をしているのだ。生半可な気合など入れられる訳がない。
必ず受かる。決意を新たに、不思議とその先が光り輝いて見える階段を果実は駆け上がった。
ステージに上がると一か所バツ印が貼られている事に気付き、その場所まで進む。
(うわ、若いイケメン兄ちゃんが審査員に居ることってあるんだ)
目の前には審査員五名。四名はごく普通の中年男性であるのだが、一番左端に座る男性が見た目二十前後で容姿端麗。対比出来てしまうこともあり、正直かなり異質であった。
審査には関係のない事に気を取られていると進行のアナウンスが入ったため、慌てて意識を戻す。
「それでは、これより二次審査を始めます。持ち時間は三分。この時間内で自己アピールを行ってください。それでは始め」
開始の宣言と共に果実は弾ける笑顔を作り、身振り手振りを交えて語りだした。
「初めまして‼ エントリーナンバー九十七番。田舎が生んだ小さな果実‼ 高校二年生の十七歳、イメージカラーはグリーンの小林果実です‼ よろしくお願いします‼ 私は学校では『転びそうで転ばない小林』で有名なので、今日はそれをお見せできればなと思います。それでは……、行きまーっす‼」
果実はステージの端に移動し小走りで駆け出す。審査員の前付近でわざと躓き、勢いそのまま綺麗な前回り受け身を取って体制を立て直し、何事もなかったかのように走り出す。
これも松基と共に考えた自己アピールだった。絵や書道、語学など特筆すべき特技を持ち得ていない果実が捻り出したもの。他の受験者と被り辛い点も『印象』という点では高いだろう踏み、採用された。
二人の読みは大きく外れる事がなく。この演技に審査員からは『おぉ~』という声が上がる。掴みは上々といった所だろうか。
「ありがとうございます。私は『この国に住む人皆を元気にするアイドル』を目指して頑張っています。歌もダンスも一生懸命に練習しているので、二次審査を突破して披露させていただく機会を得られれば嬉しいです。小林果実、後悔させないので覚えていてください‼ お時間いただき、ありがとうございました‼」
お辞儀をすると共にタイマーが鳴る。
ジャスト三分。
練習に練習を重ね、果実は時間ピッタリに合わせる感覚を掴んでいた。
満面の笑みで顔を上げる。果実はやり切った、という達成感で満たされていた。
係員の誘導に従いステージを後にしようとすると
「ちょっと待って」
と声が掛かる。振り向くと、どうやら声を掛けたのは若い審査員のようだ。何用だ、と疑問を浮かべる表情の果実を見て、若い審査員は不思議な生命体を確認したかの様に更に眉根を寄せる。
「オレを見てもノーリアクションなんだけど……、オレが誰か分かってる?」
(は?)
突飛な質問に、今度は果実が眉根を寄せる。この男は何を言っているのだろうか。
「審査員の方であるとしか……。失礼ながらお名前は存じ上げません」
「えぇ⁉ マジで言ってんの⁉」
(いや、『マジで言ってんの⁉』はこっちのセリフだわ)
心底驚いたように目を丸くする審査官一同に果実は内心を隠し微笑みを浮かべる。本当に浮かべられているかは甚だ疑問だが。
「ふ~ん。ま、イイや。聞きたいことはそれだけだから。もう行っていいよ」
「……失礼しまぁす」
口角を努めて上げて渾身のスマイルを投下し退散する。果実の頭には唯一つ、『結局あんたは誰なんだよ』という疑問だけが残った。
そんな果実とは裏腹に
(小林果実……ね。珍しい女が居たもんだ)
と若い審査員は果実の存在を認知することとなった。
「ねぇ、貴方さっきハヤテに話かけられてたよね⁉ 何話してたの⁉ 羨ましい~」
「? 自分の事を知っているか確認されただけですけど……。」
ステージから降り暫く進んだ場所で、果実は似たような年代の少女に話かけられた。何でも彼女は果実の前の受験者で、件の若い審査員『ハヤテ』の姿を見るために、ステージが間近に見えるこの場所で居座っていたらしい。
しかし果実は問いたい。
「ハヤテって何者なんですか?」
あの男は結局何者なのかと。あれだけ勿体ぶっておいてその正体は明かさぬまま。流石に果実も気にはなっていた。
果実の疑問に少女は口を大きく開け、審査員と同じように目を丸くする。まるで信じられないモノを見たかのような反応だ。
「えぇ⁉ 貴方知らないの? 星川ハヤテ、今一番人気の男性アイドルグループ『ラストアビス』の中でも飛びぬけた人気を誇る大スターだよ‼」
「ほう」
(なんと。あの男はそれほどに有名な人だったのか)
少女にお礼を言い、果実は先に帰路に着く。
駅に向かう道中で一人、女性アイドルしか調べてなかったしなぁ、と知らなかった事実に対して内心言い訳をごちてみる。
(ま、失礼な対応ではなかっただろうし審査に影響はないでしょ。受かってると良いなぁ~~)
こうして星川の存在は果実の頭から消えていった。
そして数日後。
果実の元には二次審査突破のメールが届いた。




