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文化祭

「うっひょ~! お客さんめっちゃ集まってるじゃん!」


「あのね、あんたはもう無名のアイドルじゃないの。新人アイドルNo.1の座を争う、あ(・)の(・)小林果実のライブが無料で見れるってんならそりゃ皆見に来るでしょ」


 体育館にすし詰め状態となって待機している観客を果実はステージの舞台袖からチラリと覗いていた。

 新人アイドルとして名を馳せているとは思えない素朴な感想を呟く果実に冷静なツッコミを入れるのは、当然の如く松基(まつもと)璃日心(りかこ)である。親友というだけでなく、果実の衣装(+今日はヘアメイク)をも担当している松基は特別に舞台裏へ入る事を文化祭運営から許可されていた。


「それはそうかもしれないけどさ? やっぱり嬉しいじゃん! それに今日は大事な役目がある訳だし気合入ってるわけよ!!」


「……それもそうだね」


 アイドルとしての笑顔ではなく、少し前までよく目にしていた年相応の少女の笑顔を浮かべる果実を目の当たりにして、松基は何も言う気が無くなった。







 事の始まりは一つの連絡からだった。

 頼みたいことがある。

 受験に集中する為に一時的に活動を休止した大西から久しぶりに連絡が来たのだ。何事か、と思い話を聞くと、軽音楽部に所属していた大西が引退ライブとしてバンドメンバーと共に文化祭で演奏を行うと言うのだ。そして、最後の曲に果実へ提供した楽曲を行いたい、可能であれば果実にも出て欲しい、という依頼だった。自分が飛躍するキッカケを共に作ってくれた大西の頼みを断るという選択肢は果実には無く二つ返事で了承し、果実も文化祭に参加する事が決定したのであった。

 が、その報告書に衝撃を受けたのは文化祭運営である。果実とて学校の一生徒。大西が提出した文化祭ライブの参加予定者欄にその名前が書かれていたとしても何も不思議ではなく、規律違反でもない。大西が提出した書類に不備も無い。よって承認する他ない。

 だが、しかし。小林果実は唯の生徒ではない。新人アイドルとして名を馳せている、あの小林果実本人なのである。

 果実がライブに出演するとなれば在校生だけでなく、噂を聞きつけた外部の来客も大勢押し寄せ文化祭自体の運営に差し障る可能性がある。が、そもそも文化祭は未来の受験生達へ向けた学校見学的側面も持ち合わせている為、外部客の入場を遮断する事は本末転倒。かと言って、果実の参加を拒否する事も公平性の観点から躊躇われる。散々頭を悩ませた運営は自分達では解決できないと判断し学校側へ問題を上げ、教員側も様々な議論がなされた結果、今年度の文化祭は外部客の入場を一部規制することが決定された。

 こうして果実の文化祭参加が決定し、大西が有終の美を飾る手伝いをしようと意気込んでいるのである。






「ギリギリまでフリの確認してるから、出番ちょい前になったら教えてほしい!」


 MC役の生徒が登壇したのを確認して、果実は奥に引っ込んで行った。

 おっけ、と小さく返事をしながらその背中を見送り、松基は改めて観客側へ目を向けた。所せましと並んでいる大勢の人。その手には二本のペンライトを持っている者も多い。きっと果実がステージに立てばそのペンライトは水色と緑に光るんだろうな、と松基は呆然と思った。そして以前果実が話してくれた言葉を思い出す。

 それは果実がグループを抜け、事務所を退社して個人で活動を始めた時の事。オリジナルソングの衣装デザインについて話し合っている内に、イメージカラーの話題が出た。メンバーカラーを引き継ぐ場合もあれば、変更する場合もある。果実はどうするのか、それを衣装に反映するのか、そんな話を始めはしていた。だが、松基が一番記憶に残っているのは、その後の何気ない言葉。


—— グループに居た頃のメンバーカラーはね、空いてたってのも勿論あるんだけど、璃日子の色だなって思って水色にしたの。ほら、「璃」って青色じゃん。心の中でいつも璃日子が味方でいてくれる、私を照らしてくれる。そう思ったら自然と水色選んでた! それに、ファンの方も私を応援する為にメンカラの服をわざわざ買って着て来てくれたりしてたんだよ。色を変えちゃうとそれが無駄になっちゃうし、過去の自分も忘れたくないから、新しいイメージカラーは水色と緑にしたい!! ——


(アタシが果実を照らしてる、ね……。笑っちゃうよ。アタシは何時だってあんたに照らされる側だっての)


 松基が思い出に耽っている間に滞りなくスケジュールは進行していて、壇上には既に大西達が上がっていた。果実の出番は大西達が披露する最後の楽曲。そろそろ呼びに行くか、と松基は舞台袖から姿を消した。







 松基から呼ばれた果実は再度舞台袖に戻って来ていた。完璧なアイドルメイクを施し、MV作成にも使用した松基作の衣装を身に纏う。手にはマイク一本のみ。ステージに立つ前の独特な緊張感を久々に感じていた。大勢の前でのパフォーマンス、失敗できない仕事、様々な困難を乗り越えて来た今でも、この緊張感は毎度変わらず新鮮に感じるのだ。何度歌ったか分からない、何度踊ったか分からない。幾度となく練習を繰り返し身体に嫌という程教え込ませ、この曲ならば間違えることはないという自負もある。が、それでもやはり、観客を楽しませられるのか、見る者に勇気や希望を与えられるのか不安に駆られ、ステージに足を踏み出すのを躊躇してしまいそうになる。

 それでも。

 大西のMCの声に応える様に、ステージに一歩踏み出した。

 途端に湧き上がる歓声。ゆらゆらと揺れる二色の波。

 この光景を目にする度に、どうしようもなく感じるのだ。元気を届けたい、見ている人を幸せにしたい。そんな傲慢で純粋な願いを。だから今日も果実は緊張や不安を隠して笑顔を浮かべ叫ぶのだ。


「最後まで盛り上がる準備出来てるかーーー!!」


 たかが文化祭の出し物の一つ。それでも、果実にとっては観客も演者も一人残らず幸せにしたい大切な時間。この瞬間がこの場に居る皆にとってかけがえのない思い出になるように、何年経っても色褪せない温かな記憶となるように。普段と同様に全力でパフォーマンスをするだけだ。


「それでは聴いてください! 『田舎娘の快進撃』!!」


 時間にして僅か数分。それでもこの数分が学校史上一番の盛り上がりを見せた瞬間となった。同時に後に、レジェンドアイドル・小林果実の幻の文化祭ライブ、と呼ばれ語り継がれる伝説が生まれた瞬間でもあった。

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