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変わるもの、変わらないもの

——【速報】チョメプロに小林(こばやし)果実(かじつ)が電撃加入


——小林果実チョメプロ加入マジか!?


——あのチョメプロに加入するなんて推しが凄すぎる!


——小林果実、今勢いあるもんな~


——そもそもチョメプロに加入者でるのが久しぶりだよな


「——だって。『小林果実』、『チョメプロ』とか果実関連のワードがSNSのトレンド掻っ攫ってるよ。いや~やっぱ話題になるよね~、アタシも初め聞いた時はビックリしたし。そんな話題の中心小林果実さんや、今はどんな気持ちだい?」


「そりゃ純粋に嬉しいよ。私自身もまさか入れるなんて夢にも思ってなかったし。その件に限らず、最近は良いご縁を頂けたな~って感謝する事ばかりだよ、ほんと」


 イエーイ、と照れ臭そうに笑いながらダブルピースをきめる果実の声が、お馴染みの作戦会議室と化した数学研究部部室に響き渡る。

 新しいクラスにも慣れ始めた五月某日の昼休み、果実たちチーム小林一同は数研部室に集合していた。

 進級しクラス替えが実施されたものの、果実と松基(まつもと)は豪運によるものか見事同じクラスとなり、三年連続同クラスを達成。大西とはクラスが離れる結果となり、その事を大西が内心少しばかり残念に思っている事は果実達が知る由もない。聡馬(そうま)は相変わらずのマイペースっぷりであり、四月の風物詩であるクラス替えの話題が出た際に、特段仲が良い奴も悪い奴も居ないから俺的には何も変わらないと言い放ち、果実達を戦慄させたのは記憶に新しい。

 何はともあれ、色々と環境が変わってしまった今、チーム小林全員が集合できる機会は貴重であるのだ。


「とまぁ、喜びはこれくらいにして。今日はね、皆に重要な話があって集まって貰ったの」


 先程とは打って変わり、どこか緊張した面持ちで話始める果実に、松基達は何事かと身構える。三人の視線を一身に受けた果実は、逸り出す心臓を抑える様に胸に手を当て一つ深呼吸し言葉を続けた。掌が異様に湿り気を帯びてゆく気がする。


「チョメプロにアイドルとして所属するのは私が初めてらしいんだけど、レッスン料や移動費も会社持ちだし、業界の人脈とかもあるみたいでサポート体制は万全なの。……それで……、楽曲や衣装とかも希望があればプロに依頼する事もできるから考えてみてねって言われてて……」


 そこで一度、果実は言葉を区切った。

 正直言ってこの後の話を続けるのが、松基達の本心を聴くのが怖かった。果実自身がどうしたいかは、当の昔に答えは出ている。しかし、それは一個人の意見に過ぎないのだ。松基、大西、聡馬。それぞれの意見があって、それぞれの人生がある。

 部室の空気が一気に重苦しくなったのを肌で感じた。


「『チーム小林』として曲を発表して、それが注目を集める事が出来て。三年になった今受験も考えなきゃいけないし、私が皆の人生に責任を持つ事なんて逆立ちしてもできないから、もし辞めるなら今はいいタイミングだと思うの。……だからね……皆がどうしたいか、意見を聞かせてくれないかな……?」


 あぁ、もうちょっと上手く言う予定だったのにな、と果実は頭の隅で感じていた。どう切り出そうか、どう伝えようか、何時間も掛けて綿密に考え準備をしたにも関わらず、出て来た言葉は飾り気のない言葉たち。今まで苦しい事も緊張する場面も数々の困難を乗り越えて来た筈で、並大抵の事では動じない強靭さを身に着けた自信があったのにも関わらず。

 避けては通れない将来の話を突き付けられ表情が曇る松基、大西の姿に、果実は胸の苦しさを感じていた。


 ——皆と一緒に駆け抜けたい——


 そんな想いは口に出さない。出してはいけない。松基たち自身の率直な意向を聞くまでは。大好きな親友の、和解した戦友の、才能に溢れた従弟の未来の分岐点になる事なのだから。

 輝かしい光が差し込んでいるのとは対照的に暗い雰囲気が漂う室内。居心地の悪さを感じる沈黙が続く場面で、


「……アタシはさ」


 それを破ったのは松基であった。普段は相手の目を見て話す松基であるが、この時ばかりは手元に視線を遣り、動かす気配はない。それだけ彼女も嘘偽りのない本心を話す心積もりなのだろう。


「元々ちっちゃい頃からファッションデザイナーになるのが夢で、今でもその夢を追いかけ続けてるから。仮にこのチームが出来てなくても、人知れず一人で服を作ってたと思う。だからアタシは、アタシの作る服が果実に求め続けられる限り、作り続けたい。それが自分の為にもなると思うから」


 松基の言葉に果実は一つ頷く。


「俺はやりたい事もないし。そこまで負担でもないし」


「うん、聡馬らしいね」


 先程と異なり今度は残る一人——、大西に三人の視線が注がれる。

 視線を一手に引き受ける中、大西は口を横に引き結ぶ。

 膠着した状況が続き、午後の授業に備え一度この場をお開きにしようかと思い出した頃、漸く大西は長い沈黙に終止符を打った。


「……俺は……大学進学を重視したいと思ってる。……音楽で食っていく事は小さい頃からの夢だし、それは今でも変わりないけど、博打みたいなモンだって身をもって知ってるから……。どう転んでも良いように受験はしっかりやってイイ大学には行っておきたい。だから……我が儘が許されるのなら、受験が終わるまでは楽曲制作からは身を引いて、終わってからは復帰したい……と思ってる。マジ都合のいい事言ってんのは自分でも分かってるんだけど、俺としてはそうしたい」


 何時になく自信無さげに、強気な態度は鳴りを潜めてそう告げる大西。彼にも『チーム小林』での活動を通して思うところがあり、成長する事もあったのだろう。


「うん、わかった。本心を話してくれてありがとう」


 気持ち小さくなっている大西を見て、果実は穏やかに微笑みかけた。

 何事にも変わっていくものもあれば、変わらないものもある。


「私は許されるなら皆と一緒に『アイドル・小林果実』を作り上げていきたい、駆け抜けたい。でも一番はね、皆に笑顔で居てほしいの。だって、私のアイドルとしての根幹はそこだから。だから『チーム小林』としての楽曲制作は一時休止しよう。当面の間は作詞作曲、振付系……必要に応じて映像撮影も。そこはプロの方にお願いして、璃日心と聡馬には今まで通り力を貸してほしい」


 松基と聡馬が頷く中、大西は一人「ごめん」と呟いた。


「俺が今まで作ってきた曲が日の目を見る様になったのも皆のおかげだって分かってる。この活動だって凄く楽しいんだ。それでも俺は……本当にごめ―—」


「それでね」


 果実は意図的に大西の謝罪の言葉に己の言葉を被せ、遮った。


「大西の受験が終わって万全の体制になった時には、より多くの人に私達の想いが届けられるよう今よりもっともっと大きくなってよう。チーム小林発足メンバーがこの四人であることは、未来永劫変わらない。私達の絆も簡単に崩れる様な柔なもんじゃないって信じてる。だから各々ベストを尽くそう。皆で笑ってまた再始動できる日まで」


「アタシも賛成。大体謝ってんじゃないわよ、自分の将来掛かってるんだから普通でしょ。ちょっと前までオレ様気質だった癖に何気遣ってんのよ。調子狂うわ」


 やれやれ、といった表情を作り手を左右に広げる松基。大西を煽る様な言い回しをしているのは、彼女なりの気遣いなのか、はたまた本来の性分であるのか。その真偽は不明だが、大西は前者と受け取ったらしく、珍しく言い返す事はしなかった。普段言い合いをする事も多い二人だけに、その僅かな差異を感じ取ったのかもしれない。


「……おう。じゃあ、曲作りはちょっとばかし休ませてもらうわ」


 声量としては聞こえない程度のほんの僅かな音。それでも大西の口はしっかりと、その言葉を告げる動きをしていた。

 こうして高校三年、初期メンバー揃っての活動は人知れず休止した。

 新たな風が今日も吹く。

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