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草木が青々と芽吹く頃

『ヤベーよ!! マジでスゲぇ!! 今も急上昇一位に居続けてるし、再生回数もコメントもこんなに沢山……!! こんな事ってあるんだな……!! マジヤベー!!』


『ヤバい、ヤバい、煩いのよアンタは。語彙力どこに落として来たんだっての』


「まぁまぁ璃日心(りかこ)、その辺にしといてあげなよ。それだけ大西も嬉しいってことじゃん」


 音声のみの通話にも関わらず、二人の表情がありありと脳内で描き出され補完出来てしまうことに、果実(かじつ)は思わずクスっと笑う。

 動画公開翌日の日曜。『チーム小林』はグループ通話を行っていた。長く続けて来たプロジェクトが一旦終了を迎え、休養期間として『チーム小林』を一週間程度動かさないと決めたのはつい昨日の事なのだが、予想を遥かに越える反響に興奮した大西が突発的にグループ通話を開始させたのだ。何だかんだ言いつつ果実も松基(まつもと)も合流してしまうのだから、ビジネスライクな付き合いを越えた絆が芽生え、それぞれが居心地の良い空間となり始めたのかもしれない。

 果実は手元の携帯から目を離し、学習机に着きながら我関せずといった様子で黙々と読書をしている聡馬(そうま)を捉えた。悪戯を思いついた子どものようにニヤリと片頬を上げ、


「ほら、聡馬だっていつもより少ぉ~しだけ口角上がりながら本読んでるし」


『え、そうなの? あの能面杜中(もりなか)君が⁉』


『それ暴言だろ』


「……。こいつが面白がって言ってるだけで、何時もと変わりませんよ」


「えぇ~そうかなぁ~? 私にはそう見えるなぁ~。本当は聡馬も嬉しいんでしょ~?」


 ベッドを背もたれにして座り込み、ニヤニヤと此方を見上げてくる果実を視界に入れ、聡馬は眉根を寄せた。こういう時はどんなに懇切丁寧に言葉を尽くそうと、ロジカルな説明を用いようと無意味であることを経験則で知っている。そのため聡馬は大きく一息吐き、


「じゃあ、もうそれで良いよ」


 と早々に白旗を挙げた。

 その様子を果実は楽し気に見つめる。だが、それは聡馬をイジって楽しんでいる訳ではなく、純粋に従弟の人間的な成長を喜ぶものだった。

 そもそも、聡馬が他人と一緒に居ることや関りを持っていること自体が珍しいのだ。それは従姉弟とて例外ではなく、幼少期に参加した親戚会で初めて聡馬に会った際には、仲良くなりたい一心で何度も絡みに行き、その度に冷たくあしらわれ号泣した苦い記憶も微かに残っている程。聡馬は端正な容姿に加え能力が高いこともあり、周りには常に人が寄って来るのだが、本人は目障りとばかりに塩対応を繰り出すばかり。年齢を重ねるに従って火の玉ストレートで物事を告げることは無くなったが、本質が変わることもなく。依然として好んで一人で過ごしていた。これには流石に、人間として必要な感情の機微が欠けている、と叔母・千鶴(ちづる)も心配をするばかりであった。


 しかし、ひょんなことから果実の手伝いをすることになり、その流れで他人と共に過ごす日々を送り。この天才にも僅かながらも確かな変化が現れていた。

 グループ通話が開始して早々聡馬以外が集合し、ダメ元で部屋に突撃してみたものの、案外あっさり紙特有の匂いが漂う部屋に足を踏み入れることを許可され。読書をしながらも会話の内容には一様耳を傾けており、話を振られた際には自然と会話に参加する。先日だってそうだ。聡馬へのプレゼント選びの参考にする為に理由を付けて部屋に入ったが、本気で嫌がれば取り付く島すら与えられなかっただろう。大西に勉強を教える事も無かった筈だ。

 今までであれば考えられないことが起きている。それも良い方向で。『チーム小林』として活動を通し、聡馬の何重にも張り巡らされた強固な心理的障壁が徐々に崩壊し、人間らしい姿を見せるようになった従弟の成長が、果実は堪らなく嬉しいのだ。


 聡明であるにも関わらず、そんな自身の変化には気づいていないのか、聡馬はニコニコとしている果実に更に眉根を寄せる。されど、果実を部屋から摘まみ出そうとはしない。そういった小さな変化ですら果実には微笑ましく感じてしまう。


『でも実際嬉しいは嬉しいよね。妥協せず拘って作ったモノだしさ』


『俺にはうるせぇとか言っときながら、お前も喜んでるんじゃねぇかよ!!』


『話ちゃんと聞いてた? アタシはあんたのヤバい連呼に煩いって言ったのよ』


『ンだとぉ~!?』


「まぁまぁ二人とも落ち着いて。折角お祝いムードなんだから喧嘩しないの」


 目を離した傍から言い合いを始める二人に果実は困ったように眉を下げる。これも幾度となく繰り返した場面であるから対処法も熟知しているのだが、少しは歩みよりってやつをね、と小言を言いたくなる衝動に駆られるものだ。そして、そんな皆との何気ない日常が楽しく、何時までも続けばいいのに、と願ってしまう自分が居ることに、更に困る羽目になる。どんなに願い乞おうとも、終焉はいずれ必ず訪れる。

 果実は床に着いていた手を固く握り、努めて明るい声を出して話題転換を図った。


「……ほらっ! 反響凄くてさ、通知がひっきりなしで! こんな事経験したことないからビックリしちゃったよ」


『マジそれな! 今回の動画から俺のチャンネルに飛んでくれた人が結構いてさ。今まで見向きもされなかった曲たちを聴いてもらえて、『良かった』って感想まで残してくれて……。マジ夢みたいだわ』


 へへへ、と照れくさそうな大西の笑い声が機械越しに再生される。

 大西の興奮が冷めやらない一番の原因はこれだろうと、果実も薄々気付いていた。一度は夢を諦めた男を、最後の望みを自分に掛けないか、と説得して仲間に引き入れたのだ。それが口先だけで終わらず、約束を果たせたことに内心ホッと胸を撫でおろす。そして、大西の嬉しそうな様子を見られることが果実にとっても嬉しかった。


「それは良かった。私もね、動画の影響が同時に作成したSNSアカウントの方にも影響あって、まだ一個しか投稿してないのにフォロワー二十万人突破してて! 本当にありがたい限りだよね……って、ん……?」


『どうした?』


『どうしたの?』


 会話が不自然な終わり方をした為か、読書に戻っていた聡馬も視線を手元の本から果実へと移す。果実は口元に手を当て、唯々携帯の画面を凝視していた。よくよく観察するとその手は微かに震えており、唯ならぬ事態であることが分かる。

 返答を待つ数分の沈黙がひどく長く感じられた。

 漸く脳内で情報の処理に成功したのか、果実は一つ瞬きをし、


「私たち……ものすごくツイてるかもしれない」


 震える声でそう告げた。


 草木が青々と芽吹く頃、果実たちの運命はまた動き出す。奇しくも、アイドルという夢を得た日から約一年が経とうとしていた。

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