番外編 四月の星川
「うぇえ!? 脱退!?」
「急に大声出してどうしたハヤテ?」
「あ、わり。何でもないわ」
ハハハ、と心配そうに此方を見てくるメンバーに対して後頭部を掻きながら愛想笑いを浮かべる星川。何かを隠していることは明白なのだが、話す気が無い状態の星川はどんな手を使っても決して口を割らない事は長年の付き合いで重々承知しているため、メンバーはこれ以上の追及は諦め各々の作業に戻っていった。
四月一日。この日も星川ハヤテは売れっ子アイドルらしく過密スケジュールをこなしている最中であった。早朝三時台からラジオ番組に出演し、流れるように朝の情報番組への出演、所属グループの冠番組の収録を終え、この後も出演ドラマの撮影や数日後に控えている全国ツアーへ向けたレッスンとギュウギュウに予定が詰まっている。今はそんな束の間の昼休憩なのだが、如何せん時間が無い星川はCD購入特典で封入される直筆サインを書いていた。一定のリズムでサインを書き続ける腕にも疲れが見え始め、腹も減ったし一旦休憩するか、と携帯を開き何気なくネットの海を漂っていた所で衝撃の事実を知ったのである。
そう、小林果実が所属していたアイドルグループ『夏の華』を脱退したのだ。
(え? マジで? オレ何にも知らないよ!? 最近マネージャーがオレにあんまネット見させないようにしてたのはこれか!?)
『夏の華』初出演となったテレビ番組の放送前後より、星川はマネージャーからの監視の目が厳しくなったことを実感していた。口八丁手八丁でネットに触れさせようとしない様に些か疑問を感じていたが、軌道に乗りかけている今マイナス面での大きな動きは無いだろうと高を括り、マネージャーからの提言に素直に従っていた節はある。
脅威の集中力を発揮し、星川は関連記事や投稿一つ一つに高速で目を通しスクロールしていく。そうして果実の脱退が唐突に発表され、事務所退所後の活動予定は明かされていないことが分かった。
(マジかよ……。同じ系列グループって強みが無くなったのか……。てかそもそもまた会える保障なくね? 折角連絡先交換したのに一向に連絡来ないし……。オレ何でも良いから連絡してって言ったよね!? あんなカッコつけた感じで言っといてオレから連絡するのダサいよね!? ……あ~もう……どうすりゃいいんだ……)
自信に満ち溢れた眩いばかりの覇気は鳴りを潜めていき。ボテッ、と星川は机の上に突っ伏した。携帯も勢いに任せ力なく放り出し微動だにせずうつ伏せている様は普段の陽キャ感満載な星川からは考えられない様相で。
「……取りあえず飯でも食えよ」
一時はサイン書きに戻っていたメンバーも堪らず声を掛ける。
「……いい。ナンカショクヨクウセタ」
「でもほら、午後も仕事詰まってるしよ。腹に入れとかないと持たねーぞ?」
「……ダイジョウブ。シゴトハチャントヤル……」
壊れかけの機械の様に動作不良を起こし片言になっていく星川。これは星川が落ち込んだ時や辛い時に見せるメンバーしか知らない一面。アイドルという言葉の権化のような人物である星川は表裏問わずアイドルらしい振る舞いを素でするのだが、極稀に沈み込む時がある。それは決して表舞台では見せることがなく、裏も裏、心を許した相手しか居ない場所でしか見せない。加えて、本来星川は自己肯定感激高のポジティブ男であるため、メンタルに効くこと自体が圧倒的に少ないのだ。そんな激レアな場面。そしてその場面に遭遇したという事は『星川から信頼されている』という証でもある。
そんな背景もあって、このモードの扱いは非常に難しくはあるのだがメンバーは悪い気はしなかった。偶には太陽の様な男が暮れる日があっても良いじゃないか。その時は代わりに俺達が引っ張ってやる。その様な見えない空気が次第に形成されていったのだ。
「まぁアレだ。言いたくなったら言えよ。」
サインを書く手を止め、しょうがなさそうに星川を見つめるメンバー一同。眉を下げているものの、そこには呆れといった感情は一切見えなくて。これが男性アイドル界で現在トップを走る五人組グループ『ラストアビス』の絆。幾多の困難を共に乗り越えて来たメンバー間の信頼の形だった。
「うぇえ!? 個人でソロ活動!?」
「今度はどうした? ハヤテ」
「あ、わり。何でもないわ」
四月下旬。星川率いる『ラストアビス』は全国ツアー真っ只中であった。アンコールも含めた本日の公演を全て終えて控室に戻って来た星川は、エゴサをしようと携帯を手に取り驚愕の事実を知ったのである。
そう、小林果実が個人でアイドル活動を再開したのだ。
動画配信サイトにて公開された再会の狼煙となるオリジナルソングMVは急上昇一位を獲得。しかもこの動画は果実の外は素人やアマチュアのみで制作されている言うではないか。とてもそうとは思えない出来。そして何にも縛られることなく自分の表現したい事、届けたい事を伝えようと伸び伸びとパフォーマンスする果実。その姿はあどけなさを残しながらも、真っ直ぐと力強い魅力を孕んでいた。贔屓目無しに見てもこの動画に引き込まれる。それ程までに動画の完成度は高く、携わった人間の才能を感じさせるものだった。食い入るように見る星川に
「……何でも無いってならどんな表情なんだよそれは」
黙っていられなかったメンバーが声を掛ける。それもその筈。星川は笑っているような、でも悔しそうな、といった何とも言えない判断に困る表情を浮かべていたのである。己の中に渦巻く感情に薄々気が付いていた星川は暫し沈黙。そして、
「……嬉しいけどちょっと不満もある……みたいな?」
メンバーの予想に反し、星川は含みのある笑顔で応えた。しかしこれ以上はメンバーであっても踏み込ませない。ここまでが精一杯の誠意であり譲歩。
己の中に渦巻く感情。一つは果実の魅力やその努力が報われるチャンスを迎えた事に対する高揚。そしてもう一つが、そこに自分が関われていない事に対する不快感。そしてそれらが何を意味するのか星川は薄々気が付き始めていたのだ。それでも必死に目を背け気付かないフリをする。その気持ちを認めラベルを付けてしまえば、ファンを裏切り悲しませることになってしまうと思うから。これは星川のアイドルとしての矜持。何時かは必ず訪れる終わりの時を迎えるまで、そっと蓋をして閉まっておくのだ——。




