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予想外の成果

「カットー!!」


 その声を皮切りに水とバケツを両手に持った番組スタッフが一目散に果実(かじつ)の元へと駆け寄って来た。果実はリバースしないよう必死に堪えており口は開けないため、懸命な会釈で感謝を伝え、物品を受け取る。バケツにはビニール袋まで被されており、後始末するにも楽ちんな手厚い配慮。いざという時には遠慮なくキラキラを放出することができそうだ。……とは言っても、やはり命を頂戴した事に変わりなく。出来る限りそのような事態にならないよう努力するのであった。

 果実は今しがた精神安定剤代わりとなったバケツを横に置き、水を一気に流し込む。無味無臭の水であったため口内に居座る残党と変な相性を発揮され二次被害を受けることも無く。安心して大量かつ勢いのある水で危険地帯を洗浄していく。ゴクゴクと喉を鳴らす果実に付随して猛スピードで水位を下げるペットボトル。


「ッはぁ~~!!」


 口の端から垂れてきた水を手首で拭い取る。五百ミリリットルのペットボトルを一瞬で空にした事を代償に、ハイアラート地帯と化していた口内は無事平穏を取り戻していた。完全にリセットが掛かった訳ではないのだが、意図的に意識を向けなければ気にもならない程度。一安心するには十分だった。


(いやぁ~一時はどうなることかと思ったけど。何とかなって良かった~)


「いや~良い飲みっぷりだね~」


 果実の内心と被るように番組MCを務めた男性芸人が話掛けて来た。勇姿を見せた果実を慮り、その危機的状況から逃れるまで待っていたのだろう。目元に皺を寄せクシャリとした笑顔を浮かべていることからも、果実のことを好意的に受け止めている事が伺われた。


「飲みっぷりといいガッツといい、君良いね! それにしても、あの場面で出て来てくれて本当に助かったよ~。ありがとう。この収録に於いてのMVPは間違いなく小林さん、君だと思う。あの緊迫した状況で挙手が出来ることも挑戦してやり遂げることも、両方凄い事だ。誇っていい。小林さんのこれからに期待しているよ。また一緒に仕事しよう!」


 一方的に言い残し、踵を返す男性芸人。セット外でマネージャーと思わしき男性が腕時計をトントンと指さすサインを送っていることから、収録が押して時間が無いのだろう。彼もまた今を時めく売れっ子芸人。そんなスターが自分の意志で果実の為に時間を割いたのだ。嬉しくない筈がない。


「あ……ありがとうございます!! またご一緒させてもらうことが出来るよう精一杯頑張ります!!」


 果実は後ろ姿に向かって懸命に叫ぶ。

 その言葉に男性芸人は後ろ手で手を振った。決して振り返る事も、立ち止まる事もしない。彼もまた前だけを向いて突き進む挑戦者の一人なのだ。歩いている場所が遥か先の領域であろうとも。


「あ、あの……果実ちゃん……」 


 大物芸能人からの期待の言葉に胸を熱くさせた果実は、その声にハッと我に帰る。そもそも果実が果敢にも苦手なモノに挑戦するきっかけとなった人物。恐る恐るといった様子で声を掛けて来たのは七橋(ななはし)だった。


「その……ごめんね。私が勇気がなかったから果実ちゃんが……。本当にごめんなさい」


 大きな瞳にこれまた大きな涙を溜める七橋。涙の膜を通しているからなのか、その瞳は酷く揺れてる様に見えた。

 普段からはかけ離れた弱よわしい七橋の姿に果実は眉尻を下げた。泣いてほしくて、ましてや自分を責める為に体を張ったのではない。七橋には笑顔で居てほしいから。


「麻衣ちゃんが気にすることじゃないよ。私が勝手にやったことだから。それにね、私麻衣ちゃん(ともだち)を助けたいって思ったから頑張れたの。だからゴメンじゃなくて、ありがとうって言ってくれると嬉しいな」


「ッ! 果実ちゃんありがとう!!」


 笑顔を作る拍子に七橋の頬に一筋の涙が流れ落ちた。あまりにも綺麗な泣き笑い。まるで映画のワンシーンの様だ。やはり七橋は主人公属性。そんな彼女には笑顔が一番似合うと果実は改めて感じた。


「果実ー! 事務所に帰って反省会するの忘れたんじゃないでしょうね? 社長も待ってることだし早く帰るわよー!!」


 と、七橋との友情を勝手に深めている最中に愛実(まなみ)からお怒りの言葉が降りかかる。愛実は人一倍負けん気が強い分、新人アイドルのトップを走る七橋のことをこれまた勝手にライバル認定している。曲がりなりにも自分の所属するグループのメンバーが敵に塩を送る行為をしていることが許せないのだろう。負けん気が強く、努力家で自信家。そして強かさを持ち合わせていたからこそ、集客数ゼロから『夏の華』をここまで牽引する事が出来たのだろう。それもまた愛実の強さであり、魅力でもあった。


「はーい! っと、呼ばれたからもう行くね。それと……、オーディションの時は言えなかったから今ここで言うね。合格おめでとう! それじゃあまた!」


「あっ! 果実ちゃん……!」


 引き留めかける七橋に笑顔で手を振り駆けて行く果実。

 七橋が助けた果実はもう居ない。

 再会した果実は自分の力でしっかりと立ち、周囲に目を向け、手を差し伸べられる程に逞しくなっていた。


(果実ちゃんの成長が異様に早いの? それとも私が立ち止まってる……?)


 底知れない果実のポテンシャルを感じ身震いをする七橋。自分以上の輝きを放つ未来、自分が果実に喰われる未来が想像出来てしまい、ゾッとした寒気を感じる。煌びやかな王道ヒロインの人生を難なく歩いて来た七橋にとっては初めての感覚。故に七橋はこの感覚に名前を付けることも、良い例えを見つけることも出来ないのだが。他人が聴けばこう例えるだろう。

 モブにヒロインが喰われかけている危機感、だろうと——。









 グループメンバー一同で控室までの通路を歩く。一緒に行動してはいるが劇的に仲が良くなった訳では無い果実と他メンバーでは会話も生まれないのは必然で。他メンバー同士で会話が弾む中、果実は無言でその後を歩いていた。そんな時に、


「ッた~~い!! ちょっと何処見て歩いてるのよ! 私アイドルなんですけど!? 怪我でもしたらどうするのよ!?」


 前方から怒気を孕む声が聞こえて来た。何事か、と思いメンバーの間を縫うようにして現場を覗くと、どうやら同じ収録を終えたアイドルの一人と番組スタッフがぶつかった様子で。二人が廊下に尻もちをついている状態であった。強く出るアイドルに対し、平謝りのスタッフ。ただ、その周囲には散乱した書類や物品。双方怪我が無いのであれば被害はスタッフの方が大きいであろう。


「全く! 気を付けなさいよね!」


 捨て台詞を吐き捨てその場を去るアイドル。スタッフが書類等を抱え前方不注意であった可能性は否定できないが、それを会話に夢中で視認できていなかったアイドル側にも落ち度はあるのではないだろうか、と果実は内心突っ込んでみる。……特に意味はないのだが。


「あんな奴にぶつかるなんて、あのスタッフも災難ね。さ、早く行きましょう。社長が首を長くして待ってるわ」


 オロオロとするスタッフに同情するもスルーする決断を下す愛実。他メンバーも特に異議を唱える者はおらず、真横を通り過ぎて行く。しかし、


「ごめん、先行ってて。直ぐ追いつくから」


 当然果実はスルーすることなど出来る筈もなく。散らばった書類を拾い始めた。スタッフが抱えていた書類はそれなりに量があったようで、一人で拾うには少々骨が折れそうな有様。かと言って二人で拾っても多少時間は掛かりそうではあるが。一人よりかはマシではあろう。


「す、すみません! あの、私の事は気にせず行ってください」


「私は大丈夫ですので手伝わせてください。この量です。一人で拾うには大変でしょう。パパっと一緒に拾ってしまいましょう!」


「あ、ありがとうございます。助かります」


 冷や汗を掻くスタッフに笑顔で受け答えをする果実。

 そんな裏側の一幕が後に大きな影響をもたらす事になるとは果実は思いもしなかった。

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