洗礼④
<<注意>> 物語の進行上、前回に引き続き虫が登場します。苦手な方は注意してください。
「おぉ~っと! 他グループから立候補が出ました! 逆MVPに輝いた酒砕さんと同じ『夏の華』所属の……小林果実さんですね!! 小林さんどうぞ前へ」
膠着状態を打破する手段を模索していたMCは果実の挙手に素早く飛びつく。カメラマンもMCに負けない素早さを以って一斉に果実へとレンズを向けた。
挑戦権を得られた事を理解し、果実はゆっくりと椅子から立ち上がり足を出す。
実の所、果実とて虫は苦手なのだ。大きい虫はおろか小さな蜘蛛や飛蝗ですら苦手意識がある。本音を言うのならば、七橋の手に渡っている食べ物にも近づきたくはない。せめて動きはしないと分かっていても、その姿形から生理的に拒否反応を示すのだ。
しかし。
それでも果実は立候補した。
七橋を助けたい一心で。
七橋の笑顔を取り戻す為だけに。
唯一つ、それだけの為に果実は立ち向かう決意をしたのだ。
震える足を気力で前に出し、七橋の元まで歩みを進める。苦手な物に近づくこと、そしてこれから起こることを想像し、自然と背中に冷たいモノが流れた。しかし、そんな事には気づかぬフリをして果実は努めて口角を上げ、笑顔を作ってみせる。泣きそうな七橋に今以上の不安を与えない為に。
一歩ずつ踏みしめるように進み、とうとう決戦の場に辿り着いた。
照明の光が一層強く当たり、此方を向く目の数も段違いで。
ここが自分の主戦場になるのか、と実感した。
「え~。立候補という事ですが、小林さん、虫は大丈夫なの?」
「大丈夫……とは言えないんですけど、頑張りたいと思ったので!!」
執行前の予定調和を笑顔で乗り切り。カンペの指示に従い七橋から皿を受け取った。
「そのガッツ良いね~! では早速挑戦してもらいましょう。『夏の華』小林果実さんの挑戦です!!」
七橋でのグダりがあったからなのか。照明が落とされ、果実だけにスポットライトが当たる。それだけに留まらず、ジャラランッ!と軽快な効果音の後にカウントダウンが流れ始めた。異例の特別待遇の様にも見えるが、これ以上停滞しない為の措置だろう。
『……ツー……ワン』
「いただきます!」
一度決めれば真っ直ぐな果実の性質は窮地でも変わらないらしく。特に躊躇する素振りも見せず、箸で一摘まみして口に入れた。即座に皿を台に置いて目を瞑り、意を決して咀嚼する。
(いや無理かもぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!)
懸命に触感や味といった『食べ物』の情報を受け取らないようにしながら、一心不乱に顎を動かす。顰めっ面を晒してしまっている事にはこの際目を瞑って貰いたい所だ。飲み込むことを刹那躊躇うも、気合で飲み下し——
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
解放された口で思いっきり叫んだ。
考えられたリアクションなど必要ないだろう。果実としては本当に虫が苦手で、挑戦した感想も『無理だった』なのだから。ありのままを曝け出せばこの企画の趣旨的には十分であろうと思ったのだ。その判断の結果の咆哮。目もひん剥き、キラキラアイドルからはかけ離れた姿。
「ハハハッ!! 良い叫びっぷりですね~! 挑戦してみてどうでしたか?」
「いや、もう、ほんと……。今でも口がこう……モゾモゾしてる感じ?です! こう何とも言えない感じで……うッ……」
感想インタビューに決死の思いで応えるも、口の中の感覚を知覚してしまい堪らず嘔吐く。瞬時に口元に手を当て下を向いたので、放送事故レベルの顔面を全国に晒す事態は回避できたが、アイドルらしからぬ姿をまたも収められてしまった。放送された暁には勇姿として前向きに捉えて貰えることを果実は切に願う。
「以上、『天国と地獄』コーナーでした! 以上でこの番組は——」
思いがけず晒してしまった果実の醜態をオチと判断し、MCが番組を畳み始めた。
口内に残る味と戦っている果実はMCの話に落ち着いて耳を傾けることは出来なかったが『さようなら』の言葉だけをキャッチし、すかさずカメラに向かって手を振る。
頑張りの成果か果実を映しているカメラも数台存在し。
当初想定していた事態とは違う形で爪痕を残し、果実は初めての番組収録を終えたのだった。




