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ハプニングを味方に付けろ②

 ライブはぶっ続けで四曲披露した後に時間調整も加味したMCを挟み、最後一曲披露して終了する構成。三曲を滞りなく終え、現在は四曲目に突入していた。

 四曲目はアイドルからファンへの気持ちをイメージした恋愛系(?)ソング。ファンの人の一番で居たい、最推しで居続けたい、という気持ちをメインテーマにしたであろう歌詞となっている。


——君の一番じゃなきゃイヤだ——


(本当は一番じゃなくても……そっと近くに居れるだけで良いんだけどね)


 内心では正反対の事を考えながら自分のパートを歌う果実(かじつ)


——他の子になんて目移りしないで——


 ワンフレーズを歌いきり違和感を覚える。

 マイクの音の入り具合が悪くなってないか、と。

 雲行きが怪しくなって来た事を肌で感じながらも楽曲は止まらないため、不安をおくびにも出さずパフォーマンスを続ける。きっと気のせいだ、そう自分に言い聞かせながら警鐘を鳴らすように逸る鼓動を落ち着かせようとする。

 しかし世の常として、不測の事態は突如として起こるものである。

 四曲目も終盤に差し掛かり、ラスサビへ向かうCメロの部分で問題は起こった。


(あれ!? マイクに声が入らない!?)


 担当パートの一音を発し、直ぐに異変に気付く。機械トラブルにより突然マイクが使用できなくなったのだ。ここは果実のソロパートでありこのままでは穴が開いてしまう。そしてラスサビ直前の大切な部分。


(抜けは絶対に作らないっ‼)


——君が変えたペンライト 表に出さず独りで泣くの——


 一瞬の判断でマイクを口元から外し、腹筋に力を入れ腹から精一杯の声を出し歌い上げる。

 果実はアイドルを目指し始めるまでは毎朝ギリギリを攻め全力ダッシュをキメていた少女。加えて生粋の田舎生まれ田舎育ちであり、普段から周囲に田んぼや畑が広がる広大な大地の上で歌の自主練に励んでいた者。肺活量が別格なのであった。生来の良く通る声質も相まって、マイクが無くともその歌声は観客中に届いた。


(よし歌いきった! 今のパートでソロは最後! 何とか乗り切れる……!!)


 気にする素振りも一切見せず、ラストまで歌い踊りきる。

 アクシデントに対して冷静に対処し、完璧なリカバリーを見せた果実。

 それは観客を大いに沸かせ、曲が止まると同時に最大級の拍手が沸き起こった。


「はい! ありがとうございます——」


 リーダーがMCに入ったのを確認し、果実は観客に手を振りながら急いで舞台裏にはける。


「すみません、マイクに音が入らなくなってしまって。遅くとも五曲目までには間に合わせたいのですが予備の用意など対処可能ですか?」


 果実は裏に待機していたスタッフに急いで要件を伝える。

 待っていてくれている観客の期待は必ず裏切らない。

 帰るべき場所を見据え、静かに対応を待つのであった。








「お待たせしました~‼」


 予備のマイクに切り替え、果実はステージに再登壇する。

 デッドラインギリギリまでMCで繋げてくれていた事には感謝しかない。


「この素敵な時間も終わりに近づいて来ているので。じゃあ果実! 簡単に自己紹介だけしてもらって、最後の曲に行きましょう!」


 時間が押し気味になっても観客の前で名乗る機会を与えたのは愛実(まなみ)なりの優しさであろう。衝突こそあれど、果実のことを徐々に認め始めている兆しであるかもしれない。

 思いがけない愛実のパスに果実は笑顔で応える。


「はい、皆さんこんにちは~! 田舎が生んだ小さな果実! 水色担当、高校二年生十七歳の小林果実です!! 大きくなるために頑張ります!! 名前だけでも覚えて帰って貰えたら嬉しいです!!

 え~、時間も押しているので早速ですが最後の曲に移らせていただきたいと思います。最後までぜひ楽しんでいってください! それでは聴いてください、『夏の華』」


 果実の曲振りと同時にグループのデビュー曲が流れ始めた。








「ありがとうございました~! 『夏の華』今後もよろしくお願いしま~す‼」


 トラブルがありながらも三十分のライブを走り抜け。観客から向けられる拍手喝采の中を手を振りながら壇上から降りる。

 スタッフに先導されながらメンバーと共に控室に移動していると、小さな女の子が親の手を離れこちらに向かって走って来るのが見えた。大丈夫かな?と思い、その子のことを目で追っているとどうやら果実の元目掛けて走ってきている様で。何事か、と思いながらもしゃがみ込み、果実は女の子と目線の高さを合わせた。


「水色のお姫様‼」


「(お姫様?)こんにちは。私は果実っていうの。あなたのお名前は?」


「きらら!」


 名前を告げると同時に、奥から女の子の名前を呼びながら保護者が駆けつけて来た。


「こらっ! きーちゃん、お姉さんも忙しいんだから邪魔しちゃダメでしょう。ごめんなさいしましょうね。……うちの子がすみません」


「イヤ! きららお姫様とお話するの~‼」


「きーちゃん、いい加減にしなさい。お姉さんも困っちゃうでしょう。……本当にすみません。どうも先程のライブを見て興奮しちゃったみたいで。この子の事は気にしないで行ってください」


「イヤだイヤだ~! お話するの~!」


 母親の叱責に怯むことなく、女の子は駄々を捏ね続ける。母親は言う事を聞かない我が子を前にどう事態を収拾すべきか、オロオロと焦り出していた。

 そんな家族の様子を果実はほんの少しだけ羨まし気に眺めていた。果実にはそんな何気ない日常ですら母親と共に過ごしたことはない。自分には持ちえない経験。


「ねぇ、きららちゃん。それじゃあ私と少しだけ話をしようか。お母さん困ってるから、それが終わったらちゃ~んとお母さんの言う事きくんだよ? 約束できる?」


「うん! 約束する‼」


「よし。それじゃあ、私に何か訊きたい事でもあるのかな?」


「うん。お姫様キラキラしてて、お洋服もリボンもフワフワで可愛かった! きららもお姫様みたいになれる?」


 純粋に難しい質問だな、と果実は感じた。アイドルとしても子ども相手という観点からも、夢を壊さない返答をするのが正解であろう。だからといって無責任に軽々しく、なれる、と答えるのも憚られた。果実は暫し逡巡し


「可愛くなる努力をすればきっと。努力して自分の心に正直でいれば、誰でも輝くことができると私は思ってるよ」


 そう優しく微笑んだ。大分濁した回答ではあるが、相手はまだ小さな子ども。果実の回答がお気に召したらしい女の子は満面の笑みで、ありがとう、と礼を残し母親と共に去って行った。


「ママ! きららもお姫様がしてたような水色のフワフワのリボンが欲しい!」


 女の子の元気な声を背に、果実は控室へと戻って行く。








「あの水色の子……小林果実ちゃんだっけ? トラブルにも冷静に対処してて凄かったよね!」


「パフォーマンスめっちゃ凄かった! 可愛い、ダンス上手い、ファンサ神。初めて見たけど、小林果実ちゃん推しになっちゃうかも~!」


「俺アイドルと目が合ったの初めてなんだけど! 可愛すぎだろ! トキメいちまうわ!」


「『夏の華』って普段どこでライブしてんだろ? 今度一回行ってみようぜ!」


「小林果実ちゃん、移動中に突撃しちゃった小さな女の子にも神対応してたの見たよ! 顔も可愛くて、性格も良いとか完璧すぎる~!」


「小林果実、一番はやっぱマイクなしで歌いきったのが印象的だよな~。マイクなしで観客後方まで届かせる声量は普通にバグだろ」


 ライブ後のショッピングモールでは『夏の華』、特に果実の話題で持ち切りだった。

 そして、その熱に浮かされた人々は次々にSNSで本日のライブの感想について投稿した。

 その結果、『マイクが要らないアイドル』として瞬く間に小林果実の名が全国を馳せる事となる——。

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