変化
十二月二十五日、クリスマスの夜。
小さなライブ劇場ではアイドルグループ『夏の華』のライブが行われていた。まだまだ知名度の低いアイドル。観客の顔ぶれは殆ど変わることがない。しかし。だからこそ、この日観客全員が感じていた。
水色を象徴とする少女の急激な成長を。
アイドルとしてのポテンシャルを——。
ステージに上がる。
それは私にとって特別な事だった。
スポットライトを一度浴びれば輝ける。
上手に歌って踊れれば喜んでもらえる。
私が無理にでも笑顔でいれば、皆も笑顔になれる。
ステージの上にいれば私は皆を笑顔にすることができる。
そう思ってた。
でも、それじゃダメだって漸く気が付けたの。
それは私が皆を笑顔にしているんじゃない。皆が笑顔を向けてくれているだけだから。
少し遠回りをしちゃったけど。
今からでも遅くはないって信じてる。
皆が私を見ていてくれた分、私も皆一人一人のことを見るよ。
ステージに立つ、立たないは関係ない。
私のファンじゃなくても構わない。
心から笑っているキミを見れれば、私も嬉しくなる。
辛い事があって世界に一人取り残された気分になっても、私がちゃんとキミを見てる。
一人にはしないよ。
キミの心に降りしきる雨を止ませることはできないけれど。
雲間から差す一筋の光になりたい。雨を凌ぐ傘になりたい。
だからどうか、私を見ていてほしい。
キミが気付きさえしてくれれば、私はいつだって傍にいる。
だって私は偶像だから。
目の前に居るキミも、今日は会えないキミも、まだ会ったことのないキミも。
誰も置いていかないアイドルに私はなりたい。
「今日の果実ちゃん……なんか雰囲気違くない? 一皮剥けたっていうか、何というか……。そう思いませんか? りっくんさん」
夏の華のライブ中、パフォーマンスを見ている観客の一人が隣に居るりっくんと呼ばれる男性に耳打ちをする。話かけた男性がピンクのサイリウムを両手に握っているのに対し、りっくんが持つは水色のサイリウム。両者の推しメンが違うことは一目瞭然。そんな中親し気に会話をする程の仲であるのは、二人が『夏の華』活動初期からの古参ファンであり、長い間現場を共にして来た同士でもあるからだ。
りっくんはその問いかけに直ぐに応えることができなかった。
果実から目を逸らすことができず、無意識に口も開いてしまう。サイリウムを持つ両手が自然と下がる。絶望をした訳でも、呆れた訳でもない。圧倒的な成長を目の当たりにした感動故の動作。
「……今日は良く目が合うんです。それ以外の時も、目線は常に我々観客の誰かを見ているように思います」
「確かに俺も目が合いました! 真っ直ぐに見つめられた上にバキュンポーズの確定ファンサを貰っちゃって、思わず舞い上がってしまいましたよ。いやぁ、愛実ちゃんに知られたら怒られちゃうなぁ」
会話しつつもサイリウムを振る手は止めない、『夏の華』センター愛実推しのファンの男性。コール部分ではしっかりと声出ししているのだから、器用な事この上ない。
「今まではパフォーマンスに意識が向きがちだったのに、今日は『相手』が居る事を意識して、一人一人を見てくれているんです。それも観客全員にファンサして応えている。こんなにも成長した姿を見られるなんて……推してて良かった、と思わずにはいられません」
「推し冥利に尽きますな。さぁさぁ、りっくんさん。感動はそれぐらいにしてサイリウムを振りましょう。推しに一人でも多くのファンがいるよ、と伝えなくては」
「そうですね。果実ちゃんは合流メンバーでファンの数もまだまだ少ないですから」
りっくんは水色に光るサイリウムを握り直し、高くつき上げる。
推しの目に留まるよう、味方がいることを知らせるように。
りっくんがサイリウムを再度掲げたことに気が付いた果実はウインクで応えた。
「これは果実ちゃん人気が出ちゃうかもしれませんな」
満面の笑みを浮かべるりっくんを見て、愛実推しの男性は人知れず呟いた。
曲が終わり歓声がワッと上がる。
ライブハウス内には徐々に水色の輝きが増えていた。




