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キミの力を貸してほしい

 ホームルームが終了した放課後の教室。なけなしの活気を取り戻したクラスメイト達が帰宅や部活動へ向かう準備をしている中、果実(かじつ)は一人の生徒の元へ一直線に向かった。その生徒は気付いた時には既にどこかへ消えている事が多く、捕まえるには今しかない。


「ごめん、ちょっと待ってくれないかな? ……大西」


「……んだよ」


 歩き出していた後ろ姿に慌てて声を掛けると、目当ての人物は思いの外素直に足を止めた。

 そう、目星を付けていた人物とは大西だった。

 クラスのガキ大将的ポジションで関わりの少ない生徒。そしてアイドルを目指し始めたばかりの頃に啖呵を切った相手。その事件は夏休み前の出来事で半年程しか経っていないのだが、濃すぎる日々のせいで遠い昔のように感じてしまう。


「大西に話があって。悪いけど少し時間を貰えないかな?」


 振り向きはしない背中に向けて声を掛け続ける。あの時とは違い、声も震えなければ心臓も逸ることはない。嬉しいことばかりではなく、むしろ苦しいことの方が多かったが、めげずに積んできた経験が果実に自信を与えていた。

 二人の間に流れる沈黙を周囲の喧騒が掻き消す。

 往来する生徒の動きがタイムラプスのように足早で過ぎ去るように感じた。

 大西と果実。まるで二人だけが異なる時間軸で過ごしているような錯覚。


「……付いて来い」


 たった一言の簡潔な言葉と共に大西は止めていた歩を進めだす。

取り付く島もない状態を危惧したがどうやら杞憂に終わったらしい。置いていかれないよう小走りでその後を追いかける果実であった。






 大西に先導され着いた先は体育館裏。部活開始前に自主練をしている生徒が居るのか、ボールが跳ねる音やスキール音がまばらに聞こえてくる。


「それで? 俺に話って何だよ」


 漸く大西は果実の方に身体を向けるも、俯きがちで視線が合うことはなく。ガキ大将としての威厳は鳴りを潜めていた。そんな姿を見て果実はもどかしく思う。


「単刀直入に言うとお願いがある。今後動画配信サイトでの活動を開始しようと思ってて、それに合わせてオリジナルソングを作りたいの。その曲作りを大西にお願いできないかな?」


「何で俺なんだよ。お前はもう事務所所属なんだろ。伝手なり何なりでプロに頼めば良いじゃねぇか」


「頼める人が思いつかないってのも確かに理由の一つではあるんだけど……。でも一番は大西に頼みたいから」


「だから何でおr——」


「挫折……したんでしょ?」


 大西の言葉を遮り、核心を突くべく一歩踏み込む。果実の言葉に心当たりがあるのか、大西は下げていた視線を勢いよく上げた。果実と視線が交わる。突かれたくない所を突かれたのか、大西の顔は酷く歪んでいた。


「少し前に仲間内で話してるのを偶然聞いちゃったの。大西が曲作りして動画配信サイト上で発表してた、でも殆ど見てもらうことができなくて、音楽で生きていく夢を諦めて世に出すこともしなくなったって。私がアイドルを目指し始めた時に厳しい事を言ってきたのも、もがき苦しみ続ける辛さを実体験として知ってたからなんでしょ? 大西なりの優しさだったんだよね」


 大西がグッと息を詰まらせる。脳裏に過るは忘れたい程に辛く苦しい過去。いつか日の目を見る日が来ることを信じ、誰からも見向きをされなくても発信し続けた日々。何日、何カ月、何年と無情にも時は流れて行き。とうとう彼は走るのを辞めた。足を止めて周りを見回す。光があると信じて走った道の先に待っていたのは、恐ろしい程に暗く深い闇だったのだ。


「……それが何だってんだよ。俺が夢を諦めたから、挫折したからって何の関係があるってんだよ!」


「夢を追いかけ続けた過去に後悔しかないなんて悲しすぎるよ。私がなりたいのは人を笑顔にさせられるアイドル。大西のことだって笑顔にしたい!! 色んな人に届くようパフォーマンスしてみせるから!! だからお願い、私に力を貸して下さい」


 深いお辞儀をする果実。上体を倒すと同時に髪の毛が重力に従いサラサラと落ちてくる。一時期ミディアムボブまで短くなっていた髪はセミロング程にまで伸びていて。誰かをお手本にするのではなく、自分自身で歩みたい道を進む果実の姿がそこにあった。

十二月の凍てつくような肌寒い風が通り抜ける。


「……俺は日の目を見ずに終わった男だ」


「うん」


「アイドらしい曲なんて作れない」


「うん」


「……それでも……良いのか?」


「うん。大西が良い。私は大西に頼みたい」


 顔を上げ、真正面から気持ちを伝える。しっかりと見つめる果実の瞳はキラキラと輝きを放っていた。涙が光に反射した等による物理的な輝きではない。それは内側から湧き出る輝きであった。


「じゃあ。まぁ、よろしく。ってことで」


 ぶっきらぼうに言い放ちながら、片手を差し出してくる大西。頬が赤いのは夕暮れ時のせいだろうか。

茜色に染まった空の下、二人は力強い握手を交わした。

——きっと期待に応えてみせる——

 そう静かに心に誓って。

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