チーム小林
~~キーンコーンカーンコーン。
週明けの憂鬱な月曜日。
四限目の終了を知らせるチャイムが鳴った。
日直の号令に従い礼をすれば一気にクラス内は騒がしくなる。青春真っ盛りの高校二年生の昼休みだ。早弁をした男子生徒は友人と共に体育館シューズを持って消え、昼食を持ってきていない生徒は購買に一目散に向かい、仲良し女子グループは一か所に集まりお弁当を広げ、と各々取り留めのない青い日常を過ごしていた。
「璃日心~。早くお弁当持って準備して~。移動するよ~」
それは果実とて変わりはなく。
一番の友人・松基璃日心と行動を共にしていた。
机の横に掛けた鞄をゴソゴソと漁る松基を教室の入り口付近にて待つ。
残念な事に夏休み明けに実施された席替えによって二人の座席は離れてしまっていた。窓際から廊下側の最前列への移動となった果実に対し、窓際最後列の座席に移動した松基。もしかしたら残念に思うのは果実だけで、松基にとっては収支プラスであったかもしれないが。
「お待たせ。昼休みなんてどこも激込みだろうに、どこ行くつもり?」
「まぁまぁ。それは着いてからのお楽しみって事で」
目的地に向かいつつ他愛もない話をしていると、廊下の向かい側から歩いて来る男子生徒二人組が目についた。その生徒達は果実のことをチラチラと盗み見て
「おい見ろよ。小林だ!」
「あいつマジで可愛くなったよなぁ~」
「お前去年同じクラスだったんだろ。声かけてみろよ」
「馬鹿言うなよ! 仲が良かった訳じゃないんだ。変な目で見られるって!」
身を寄せ合いコソコソと耳打ちをしている。本人達は気付いていないのだろうが、まだ少し距離が開いている果実本人の元まで声が届いているのだから耳打ちの効果は薄いかもしれない。
すれ違う頃には男子生徒は会話を止め、気にしていない体を装う。
果実も会話が聞こえていない体で何食わぬ顔をして通り過ぎた。
数歩歩いた先で背後から再度聞こえ始めるヒソヒソ声。
このような事態ももう慣れたもの。
アイドル活動を本格的に始めたからといって一学生としての学校生活は特段大きな変化はないのだが、明確に変わった点が一つある。
それは『学内のマドンナ』として密かに人気を集めるようになったのだ。
事務所所属前の時点で『普通に可愛い』レベルには達していたのだが、活動を始め自分磨きに拍車が掛かり『普通ではない可愛さ』に到達。多感な時期の高校生は当然の如く反応を示した。しかし、果実は学内の有名人。身の周りに起きる事は噂になりやすい。そのリスクヘッジによるものか告白を始めとして直接的な行動を起こす者は少なく、学内のマドンナとして納まっていた。
「着いた。ここ!」
賑わいをみせる一号館から静まり返る二号館に移動して来た二人。
二号館には物理実験室などの特別教室や文化部の部室が集約されている。用事がなければ足を向けない場所であるため、昼休みの現在は辺りに生徒の姿は見えない。教室から距離があるという難点はあるが、静かに話すには適した場所だ。
ただ教室や部室を利用するにはそれ相応の資格が必要であるため、今まで果実達は授業以外で二号館に来ることはなかったのだが
「……数学……研究部?」
辿り着いた部屋の扉に貼られている張り紙を見て松基が戸惑いの声を上げる。
二人とも部活には所属していないため部室を使用する権利はない。加えて松基はこの時初めて数学研究部なる部活が存在していた事を知った。二重の意味で困惑する松基を他所に、果実は遠慮なく扉を開け入室して行った。
「そう。ここでもう一人と待ち合わせしてるんだけど……、まだ来てないみたい」
「もう一人?」
「うん。私の夢の為に璃日心は沢山協力してくれてるでしょ? だからその人には会っておいてほしくてさ。それで今日は態々ここまで来たのよ。取りあえず座って待ってよ」
初めて入る数学研究部の部室は非常に簡素であった。壁際にスチール製の書庫が二つ設置され、中央に机がコの字で並べられているだけ。机の上や周辺に物が散乱していることもなく、本当に部室として誰かが使用しているのかも怪しいくらいだ。
「てか、勝手に使っていいの? 分かってると思うけど、アタシたち数学研究部じゃないよ?」
「大丈夫。その人が数学研究部に入ってるらしくて。ここ指定したのもその人なのよ」
無断使用ではない事が分かると松基は入室し、既に手頃な席に着いている果実の隣に着席する。特にやる事もないため果実の様子を観察していると、持っていたビニール袋の中から昼食を机の上に広げ始めていた。ゆで卵、蒸し鶏、カップサラダ、おにぎり——。
「ってあんた!! やっとちゃんと食べるようになったの!?」
驚きのあまり松基は果実の肩を掴み問いただす。
減量のため、と近頃ゆで卵や蒸し鶏しか食べている所を見ていなかった松基は、それはそれは心配していたのだ。流石に行き過ぎていると感じ珍しく苦言を呈した事もあるのだが、一蹴されてしまい。『夢』を引き合いに出されては強く言うこともできず、以降は様子見に甘んじていたのだった。
「うん。色々あってこのままじゃダメだなって気づいて。今は細すぎず丁度良い体型を目指そうと思ってる。今より+二、三キロ位かな。勿論しっかり食べて、運動して、で綺麗な体作りをするつもりだよ。今まで心配かけてごめんね」
「良かった~。ずっと心配してたからさ。いやぁ本当に良かった~」
掴んだ肩を前後に激しく揺らし喜びを体現する松基。
果実は心配をかけてしまったことを後悔すると同時に、自分がした選択が間違いではなかったと改めて感じた。
少女二人が戯れている所に、前触れなくガラガラッと扉が開く。
音に反応した二人が揃って音の出所へ目を向けると
「え、えぇー⁉ 今年の入学式で答辞読んでたイケメン君じゃん!!」
松基が零れんばかりに目を見開き絶叫する。
そこに立っていたのは杜中聡馬。絶叫を前にしても尚、彼の表情筋は一ミリたりとも動かない。
そんな予想通りの展開に果実はクスリと静かに笑った。
きっとこれから楽しく、どんな困難も乗り越えて真っ直ぐに走っていける。
そんな予感がした。
「揃ったね。ここにいる三人でチーム小林を発足します‼」




